軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

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その場は、すぐに戦場になった。

「早く、学園の外に走って!」

魔獣を一撃で気絶させ、頭を抱えた男子生徒にアイリーンは怒鳴る。

転びそうになりながらも、男子生徒は駆け出した。その背中にトロールが樹木を引き抜き、投げつけようとする。

眉をつり上げて、名前を呼んだ。

「ウォルト!」

「わかってるよ――っと!」

超人的な足腰でカイルとウォルトが自分の身長の二倍は飛び上がり、申し合わせたように左右からトロールの後ろ首に蹴りを叩きこんだ。木を投げられないまま、トロールの体が沈む。

「皆さん、早く! こっちです!」

逃げ遅れた生徒達を誘導しているのはレイチェルだ。他にもジャスパーやリュック、クォーツがアイリーンとウォルト、カイルに助けられた学生を担いだりして、働き回っている。

「いーかそこの防衛線、絶対守れよ! おいそこの半魔、空は終わったか!?」

「私を半魔呼ばわりするな」

アイザックの呼び声に空から答えたのはゼームスだ。翼を消し、地上に降り立つ。

「上はすべて撃墜した」

「殺してないわね?」

「……殺していない。殺せたらもっと早く始末できるものを」

苦々しく息を吐き出してゼームスが答える。地中から現れた魔物をぼこっと殴って、オーギュストがこんな状況でも笑った。

「ゼームスって魔物なのにそういうこと言うのな」

「……。お前、そういうことを言うなら私が魔力付加してやった武器を返せ」

「えっやだよ。これ、すげーかっこいいもん。魔剣!って感じで」

言いながら、オーギュストはひょいと魔物の牙をよけ、的確に峰打ちして魔物を気絶させていく。意外にも一番この状況で役に立っているのは彼だった。

(さすがは聖騎士になるはずのキャラ……! 魔物の戦いに順応早すぎる!)

ただ、聖騎士ではなく魔騎士にしてしまった。

聖剣の力を付加すれば魔物を殺してしまうし、ただの武器では心許なかったためとった方策なのだが、いいのだろうか。本人は喜んでいるが、健全な青年の将来をゆがめた気がしてならない。

「あっちが魔剣ならこっちは魔銃かな」

「……本当にあとで直せるんだろうな」

同じように魔物を殺さないよう、聖銃にゼームスの魔力を付加してもらい麻酔銃に変えられたウォルトとカイルが複雑そうにつぶやく。

「なーなー、なんかこれぞ警備隊って感じだな!」

「お前はこんなときまで脳天気か」

「おい、生徒全員避難確認した! 撤退しろ! 門を封鎖して学園内に魔物を閉じこめる!」

アイザックの指示に、真っ先にウォルトがアイリーンの腰を抱き寄せた。

「ほらアイリちゃん、撤退だ。もういいだろ」

「わたくしはここに残るわ。魔物がよってこなくなるまで見届けないと」

「ばらまかれたのは原液だ。一ヶ月は魔物を呼びよせ続ける。戦い続けてもきりがない。大物が現れる前に撤退すべきだ」

カイルの説明に、オーギュストが目をまばたいた。

「え、じゃあこの学園ってどうなるんだ?」

「休校になるだろうな。とにかく今は撤退すべきだ。そして俺達に、君の正体をきちんと説明してもらおう」

「別にそんなどうだっていいこと――」

「どうだっていいわけあるか!」

そう言ったゼームスがばさりと投げつけるように、制服の上着を投げつけた。そして妙に威圧感のある顔でアイリーンの真正面に立つ。

「非常事態だからひとまず言いたいことを呑み込んでいるだけで、こっちには聞きたいことが山のようにあるんだ……!」

「そーだよ! アイリーン・ローレン・ドートリシュってほんとなのかとか! 全然姿絵と違うじゃん!」

「いきなり言われても信じられないし、信じたくないんだよこっちは! 証拠出せって言いたくなるんだよわかる!?」

「ひとまず男か女かはっきりしてくれ、頼む……!」

カイルの懇願に、全員がこくこくと頷いた。アイリーンは呆れてしまう。

「わたくしが誰かなんて、そんなこと重要じゃないでしょう」

「こっちにはものすごく重要だ!」

「カイルに全力で同意するね、俺も! 誰か夢だと言ってお願い!」

「そーだよ! お、お、女の子だってことは」

「――待て。くるぞ、何か」

ゼームスが半壊してしまっている舞踏会場を見つめる。

セレナが原液をたたきつけた場所だ。

(そういえばセレナはどこに逃げたのかしら……?)

思考は突然やってきた地鳴りに中断された。

地面が割れ、突然陥没した。

巨大な蟻地獄のように沈んだ中心から、大きな爪が這い出る。岩のような鱗にびっしり覆われた巨躯、ぎょろりと不気味に動く目。牙の見える口は、人一人簡単に丸呑みできるだろう。何気なく払った尻尾が会場の瓦礫をなぎ倒し、一歩動くだけで地面が揺れる。

巨大な魔物の影がアイリーン達を覆い尽くすまで、そう時間はかからなかった。

おいおい、とウォルトが乾いた笑みを浮かべる。

「地竜……大物すぎるだろ」

「竜!? それじゃ……」

まさか、クロードと同じくらい強いのか。確認する前に、地竜が咆吼した。鼓膜を破るような声に咄嗟に耳をふさぐ。

その間にぎろりと地竜が周囲を見渡し、アイリーン達を見つけた。

捕食者の目だ。しかしすぐにその呪縛から我に返ったゼームスが叫ぶ。

「早く行け! 私が空から奴の気を引く」

「ウォルト、カイル!」

ゼームスが翼を広げると同時に、横なぎに払われた尻尾にウォルトとカイルが吹き飛ばされた。

それを追ったオーギュストは、二人に襲いかかる爪を剣で食い止める。空中からゼームスがアイリーンに怒鳴る。

「おい、もしお前が本当にアイリーン・ローレン・ドートリシュなら聖剣の力を使え!」

「だめよ、使ったら殺してしまうわ!」

「あれは今までの魔物と違う! 私でも押さえられるかどうか――っ」

「ゼームス!」

もう片方の腕でゼームスがなぎ払われ、地面に墜落した。オーギュストは下から踏ん張って押しつぶされまいとしているが、もう膝をついている。

アイリーンは息を吐き出した。

殺したくない。けれど――意志をくみ取った聖剣が輝きを増す。

地竜がそこら中の建物をなぎ払いながら、アイリーンめがけて尻尾を勢いよく振り下ろした。自分を覆う陰に、アイリーンは唇を噛む。

「アイリっ……危ない!」

オーギュストの悲鳴の途中で、地竜が吹き飛んでいった。

まだ何もしていないアイリーンはまばたく。重圧から突然解放されたオーギュストもきょとんとしていた。その背後で、ウォルトが起き上がる。

「カイル……生きてるか」

「――ああ……だが、何があった」

「……膨大な魔力が地竜を吹き飛ばしたようだが」

がれきから這い出たゼームスがそう答えて、息を呑んだ。

「君は、何をしている?」

その声に、アイリーンの頭から血の気が引いた。

夜の帳をおろしたような黒髪とマントが夜風になびく。

月明かりを背に、魔王が微笑んでいた。恐ろしく美しい、赤い瞳で。

「クロード、様……」

とんとクロードががれきの山の上に足を下ろす。

途端、地竜が再度咆吼した。そのままクロードめがけて突進してくる。

「クロード様! あぶな――」

最後まで言う前に、クロードの右腕が肘からびきびきと音を立てて変化した。

黒光りする美しい鱗と、巨大な爪。そのおよそ人間にありえない掌が地竜を押さえつけ、ひっくり返す。

地響きを立てて地竜が目を回し、今度こそ昏倒した。

一瞬の勝負だった。

「……」

一度腕を振り払う仕草をしたクロードの腕は、すぐもとに戻った。いつの間にか自由自在に魔物になれるようになったらしい。

そよ風に吹かれたような顔をしているクロードの圧倒的な強さに、アイリーンはごくりとつばを飲みこむ。

あれだけ暴れていた魔物達が、魔香の効力など忘れたかのようにひれ伏し、震えてクロードの前を自らあけた。

(こ、この人、生きのびたからゲームバランスがおかしい人になってない……?)

人間のクロードに聖剣はきかない。しかし人間であっても魔王である以上、魔物も彼にかなわない。

自分は一番厄介なラスボスを生かしたのではないか。そんな気さえしてくる。

なぜなら、彼は一度も視線をそらさず、アイリーンだけを見つめているので。

「君は何をしている?」

もう一度、クロードは繰り返した。美しい顔立ちは完璧で、何一つおかしなところはない。口元に浮かぶ笑みは圧倒的強者にのみ許された余裕のあらわれだ。

不穏な風が吹く。夜空に立ちこめた雷雲がごろごろと音を立て、嵐の訪れを明確に告げていた。

「僕の愛しいアイリーン。――君は、皇都にいるはずでは?」

かっと光った稲妻を背景に、魔王の唇がゆっくりと弧を描く。

けれどその赤い目は、まったく笑っていなかった。