軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

エレファス・レヴィの結婚(14)

「なんで膝の上にのってるんですネイファさん、おかしいでしょうそれは!」

怒鳴ったエレファスに、バアルの首飾りを指でもてあそびながら、ネイファがくすりと笑う。

「あらやっと気づきましたの、旦那様ったら」

「余の膝の上にネイファがのる前に止めにこんか。やめどきがわからんではないか」

「わかりました正妃様呼んできます」

「ふん、こんな程度でロクサネが妬いてくれると思うなよ!!」

堂々と言い切ったあとで、自分で傷ついたのかバアルがソファの肘掛けに突っ伏した。

バアルの膝の上からおりたネイファがくすくす笑う。

「相変わらず正妃様には初心でらっしゃること。ネイファは心が痛みますわ」

「余との離縁を申し出ておいて、ぬけぬけと。お前には目をかけていたのに」

「あら、ネイファを惜しいと思ってくださる?」

「お前はいい女だ」

「ちょっまたなんで近づいていくんですかそこ、必要ないですよね!」

「でしたらバアル様。レヴィ一族に格安で聖石、売ってくださいな」

胸元から取り出した書類を、ネイファがバアルの眼前にたらす。バアルが笑顔のまま固まった。

「あと旧式の工房具一式も譲ってください」

「……おま……この契約書、ほとんど売値が原価……」

「ネイファ、困っておりますのよ。嫁入り道具だと思って。ここにサインしてくださるだけでいいのです。でなければ私、ロクサネ様に色々ご相談してしまうかもしれませんわ……ついうっかり、あの夜のことも」

意味深なネイファの一言に、バアルが頬を引きつらせた。

立ちあがったネイファは、バアルを見おろしながらぴらぴらと書類を振っている。

「……サインする。サインするから記憶から消せ、よいな」

「ネイファは嬉しゅうございます」

「待ってくださいあの夜ってなんのことですか!?」

「修行が終わったら教えてさしあげますわよ」

「もう嫌だ、俺、修行やめたい!!」

「お待ちください、バアル様!」

突然、執務室の扉が開いた。ロクサネだ。扉の外ではアレスが呆れた顔で嘆息し、ロクサネについてこようとするサーラを引き止めていた。関わるな、と言っているようだ。

つかつかと歩いてきたロクサネは、珍しく微笑んで見せた。

「お久しぶりです、ネイファ様。お元気そうで何よりです」

「まあ、ロクサネ様。今は大事な時期でしょう。おとなしくなさっていたほうがよろしいのではなくって?」

「お気遣いありがとうございます。わたくしが見ていない間に今、バアル様に何を書かせようと?」

「契約書ですわ。お優しいバアル様は格安で聖石を売ってくださると。ええ、後宮を追い出されてしまったばかりでお金がないものですから」

ちらとロクサネがバアルが署名しようとしている書類を見た。慌ててバアルが、言い訳する。

「いや、ロクサネ。別に余は脅されただけではないぞ。ちゃんと内容は把握している」

「……。期限は二年ですね。レヴィ一族が軌道にのるまで、というならば確かに妥当でしょう。ですがこのままでは契約しかねます」

「まあ。何がご不満かしら、正妃様には」

「同じように二年、こちらにもほぼ原価で、採掘した魔石を売っていただきます」

ネイファとロクサネの間に見えない火花が散っている。そっとソファの端に移動するバアルの気持ちがエレファスにはわかった。

エレファスもそうっとあとずさって、クロードにおうがかいを立ててみる。

「あの、クロード様」

「僕に関係ない。レヴィ一族はもう大公国だし、自治権があるし、ここはお前が頑張るべきだ」

「いきなりぶんなげましたね!? でもエルメイア皇国の属国ですからね!? ああもう……ネイファさん、そこまでで」

ネイファが眉をつりあげた。エレファスは薄く笑い返す。

「大丈夫です、なんとかします」

目を丸くしたあとで、ネイファがつまらなそうに肩を落とす。

「そうですか、残念。でも旦那様がこうおっしゃるなら、このお話はなしでよろしいわ」

「そうはいきません、バアル様今すぐ署名を」

「ちょっ、ロクサネ。そう引っ張るな」

「あの夜とはなんのことですか」

「聞いて……痛い、いたたたた指を折る気か!?」

もはや契約も何もなく、聖王とその正妃はじゃれ合っている。だいぶ痛そうだが。

クロードもさみしくなってきたのか、昼食の片づけを終えたキースに、アイリーンは、と尋ねていた。引き際を感じて、エレファスは戻ってきたネイファに確認する。

「もういいです?」

「ええ。これでバアル様ももう心配なさらないでしょう」

当然みたいにネイファがエレファスの腕に両腕をからめてくる。まったく悪びれた様子がないものだから、エレファスは少しだけすねたくなった。

「いいんですか。今ならアシュメイルにまだ戻れ――いったあ痛い痛い足踏んでます!」

「馬鹿なことおっしゃってないで、さっさと次の用事にいってくださいな」

「あ、はい……」

「ネイファ」

正妃から指を取り戻したらしいバアルが、ふとこちらを見た。

「すまぬな。苦労ばかりかけた。――幸せになれ」

「うしろでロクサネ様がにらんでますわよ、ああ怖い」

怖いのは聞いているこちらである。

これ以上の騒ぎが起こる前に、エレファスはネイファの腰に手を回して、さっさと転移で退散した。