軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

エレファス・レヴィの結婚(15)

休暇最後のネイファの願い事はふたつ。

まずはバアルに挨拶と報告をすること。

そして残るはこれだ。

「ほんと、色々勘弁してくださいよもう……胃が痛い」

「あら大変。今晩は消化にいい食べ物にいたしましょう」

「うわあ有り難うございまーす……」

力なく答えたエレファスは、皇城のはずれにある城壁の壁に背をもたれかける。

晴れてはいるが、真冬の空の下だ。風が吹けば身震いがくる。エレファスは防寒用のマントを着ているからましだが、ネイファの格好はどうにも寒そうに見える。

なのにネイファは平然とした顔で、城壁の中を見ていた。何か衣類に暖の取れる魔具でも仕込んでいるのだろうかとは思いつつ、尋ねずに、そっと自分のマントを広げて包み込むようにうしろから抱きついてみた。

「寒くありませんわよ」

「……見てるほうが寒いので」

「修行はどうなさったの? やめるんでしたっけ?」

細い腰についそえてしまった手のことを言っているのだろう。

言い訳のようにエレファスはつぶやく。

「だってこれはもう、男の性というか……こう……これはさわるでしょう!?」

「修行がたらないのではなくて?」

「そのとおりです、はい」

ネイファの肩に額をつけるようにしてうなだれると、笑われた。

情けない。

「修行やめたい……そう思ってしまう俺が憎いです、ちょろすぎやしませんか……」

「安心なさって。私を目の前にして四日もよくたえてらっしゃいますわ」

「そういう、また俺が気にしてぐるぐるすること言わないでくれます!?」

「勝手にやましい妄想なさってるだけでしょうに」

「くそ、修行がたりない……なのに修行やめたい……そもそもなんで修行してるんでしたっけ、俺……」

「我慢することが女性への誠実さだと勘違いしてらっしゃる殿方は多いですわよね」

ああ、なるほどと納得してしまった。

同時にとても無駄なことをしている気がしてきた。

(きちんとした恋愛ってなんだっけ)

このまま考えていると、哲学の域に入りそうだ。

「気が済むまで好きになさったら。私はどちらでもよろしいわ。明日からあなたはお仕事ですし、あまり離れがたいことはなさらないほうが体によろしいでしょう」

「ほんと俺の理性ぐらつかせるのうまいですよね!!」

「後宮の妃をやってましたのよ」

これが手練手管か。ぐりぐりネイファの首筋に額を押し当てながら、エレファスは唸るように告白する。

「……ちょっと妬けました」

「ちょっと?」

「すみませんかなり妬きました! ……妬いた自分にびっくりしましたね、ええ。相手、聖王様ですよ。普通に考えてかなう相手じゃないでしょうに、思い上がりにもほどがある」

「それでこそ人間らしくていいのではなくって」

「……。たとえば今日の夕方くらいで修行を終わったことにするのって、人間らしいですか?」

ふっとネイファは悟ったような顔をした。

「さわってますわよ、腰」

「すみませんつい手が! 未熟な手が勝手に!」

「好きになさったら。あなたの問題なんですから。……あれがリリア様とアイリーン様?」

ネイファが指さした先に、エレファスも視線を動かす。

騎士団の訓練の視察だ。ただしご令嬢方へ向けたものであるので、クロードではなくアイリーンがホストである。エルメイア皇国の軍事力を見せつける――といえば聞こえはいいが、要はかっこいい騎士達を見せてきゃあきゃあ黄色い声をあげる会である。サーラがやたら騎士にきらきら目を輝かせているので、ためしにと考案したらしい。他国への牽制もかねて、第二皇子の妃であるリリアも駆り出されていた。ここぞとばかりにリリアにひっつかれてアイリーンが頬を引きつらせている。

寒空の下でも元気いっぱいだ。はしゃいだ声がここまで聞こえている。

「そうですよ。あの群青のドレスを着た方がエルメイアのアイリーン皇后陛下。それにひっついている方が第二皇子の妃の、リリア様です」

そう、と淡泊に応じるネイファに、エレファスは目をぱちぱちさせた。

(見たいって言うからつれてきたのに)

シャツにべったり口紅をつけた犯人について、エレファスはそれなりに吐かされた。リリアの説明をするためにアイリーンのことも話した。

それでもこの性格なので、初恋の子でしたとか、実は二番目に惹かれた女の子でした、とかは決して言わず、さとらせずを心がけていたのだが――まさか、何か気づかれたのだろうか。そういう勘はとんでもなく強そうだ。

しんとした沈黙が怖くなってくる。

と同時に、なんだかそわそわした。

もしネイファがあのふたりを気にしているなら、それは嫉妬ではないのか。

(いやまあアイリーン様やリリア様に喧嘩売られても困るんだけどな!?)

でもどうしよう、嬉しいかもしれない。

自然と気持ちは行動に出た。ぎゅっとネイファの細い体を抱きしめてしまう。普段のあの怖さから想像もできないほど、柔らかくて華奢だ。

離したくなかった。

そう思った時点で、もはや修行は意味をなさない気がする。

まだネイファはじっとアイリーン達を見ている。その目をこちらに向けてほしかった。

「……あの、ネイファ、さん」

「何かしら」

「修行、やめてもいいですか……」

おそるおそる申告すると、くるりと振り向かれた。驚いている間に、よしよしと頭をなでられる。

嬉しいのが悔しかった。

「じゃあ、家に帰りましょうか」

「……いいんですか?」

往生際悪く尋ねると、ネイファが笑った。とてもきれいに。

「あのお子様体型なら、私の敵ではありませんもの」

「それ絶対、アイリーン様とリリア様に言わないでくださいね!?」

エレファスは手を差し出す。ネイファは迷いなくその手を取ってくれた。

きちんとするならば、結婚指輪が必要だな。

そんな当たり前のことを考えながら、エレファスはその手をにぎり返した。