作品タイトル不明
エレファス・レヴィの結婚(13)
休暇四日目、最終日。昼過ぎに古城の部屋に戻ったエレファスは、大して何をしたわけでもないのにげっそりしていた。
「いいですか。絶対に変な騒ぎは起こさないでくださいよ、聖王様はともかく魔王もいるんですからここには!」
「旦那様の職場を荒らしたりしませんわよ。いいから早く案内してくださいな」
「ああもう、なんか嫌な予感しかしない……」
だが、仕事中に押しかけられるよりはましだと、連れてきたのだ。
魔具と聖具を作るための工房を牛耳ったネイファは、昨日、長期的な研究として転移装置の開発を決めた。それが完成すれば、いつ乗りこんでこられるかわからない。ならば自分で連れてきたほうがましである。
ちなみに、ネイファの決定に、工房爆破ですっかり消沈していた古参の職人達は喜びあがった。休暇三日目の昨日、ネイファと職人達を見ていたエレファスだが、もうすっかり蚊帳の外だ。ネイファが心から受け入れられたとは言えないが、反発はもう意地やわだかまり程度の話になっている。
全否定からの肯定。飴と鞭だなあとエレファスは心の中で言うだけでとどめておいた。
「あれっエレファス? もう戻って――ってなんだその美女!?」
廊下をまがったところで、ウォルトとカイルのふたりに鉢合わせした。
ということは魔王様は今、聖王様かアイリーンと遊んでいるのだろうと予想しつつ、エレファスは確認する。
「すみません、急いでるので。バアル様はどこに?」
「クロード様と執務室だ。ちょうど昼食で、俺達はアレス殿と交替させてもらった」
ネイファを気にしつつもカイルはきちんと答えてくれる。だが、ウォルトは逃がす気がないらしい。
「なあ、まさかそれが噂のお前の嫁?」
「……そ、その話はまたあとで――いっ!」
背後からネイファに髪を引っ張られた。振り向かなくてもものすごい圧を感じる。
「なにをごまかしてらっしゃるのかしら、旦那様? 紹介できない理由でもおあり?」
「す、すみませ――あの、ネイファ、さんです。俺に嫁いできてくださった」
「……エレファスお前、ちょっとこい」
「な、なんですか」
ウォルトに廊下の隅に引きずり込まれた。がっしり肩に腕をまわされて、真顔で迫られる。
「どういうことだあれ。なんだあの美女」
「……そ、そりゃ聖王様の後宮にいたわけですから美人なのは当然……」
「そういう話じゃないのはわかってるよな? なんっだあれ、うらやましい! 何、あの胸!?」
「どこ見てるんですか!?」
「ちょっと……そちらのあなた」
丸聞こえの会話を無視して、ネイファがカイルに話しかけた。
「バアル様にお話がありますの。この先、どちらにいけばよろしい?」
「申し訳ないが、バアル様は賓客です。警護の関係上、見知らぬ方に簡単に教えるわけにはいきません。ご承知おきください、ご婦人」
真面目なカイルの対応に、ネイファは感心したように頷き返した。
「もっともね。私こそごめんあそばせ。あなたは旦那様の同僚かしら? お名前を聞いても?」
「カイル・エルフォードと申します。お察しのとおり、エレファスの同僚です。あなたはエレファスの奥方ですか? アシュメイルから嫁がれたという」
「ええ。ネイファというの。今後とも宜しくお願いするわ」
「こちらこそ。エレファスは色々難しい事情を抱えてますが、いい奴ですから」
なんだかまっとうな挨拶に、エレファスが感動してしまった。ネイファが笑う。
「あなたのような方が同僚でいらっしゃるなら安心だわ。――そこの方も」
「あっはい!? あー俺はウォルト・リザニスっていいまして」
「見るならこっそりになさいな。それが礼儀でしてよ。もっと紳士に対応なさって」
ネイファが胸の大きく開いたドレスの胸元に手をのせながら、優しく微笑む。
女性慣れしているであろうウォルトが、ぽかんと口をあけて呆けた。
「ではいきましょうか、旦那様」
「あ、はい。すみません、またあとで」
ネイファに呼びつけられて、エレファスは力の抜けたウォルトの腕から逃げる。
廊下の曲がり角で、背後から叫び声が聞こえた。
「何あのいい女!? 変わってほしい! 俺もあんな嫁がほしい!!」
「お前、そういう態度を今、注意されたんじゃないのか……?」
「それでもだよ!! うらやましすぎる、エレファスお前、ぜってーあとで絞めるからな!」
八つ当たりじゃないかと思ったが、原因のネイファは涼しい顔だ。
「可愛らしい方々ですこと」
「はあ……ネイファさんは大人ですね。慣れてるんですね……」
「まさか妬いてらっしゃるの」
「……」
「勝手に修行僧になってるのはご自分でしょうに」
「そうですね!!」
やけくそで肯定したがむなしいだけだった。
だがしかし、ネイファが惜しげもなく見せている胸も妖艶な肢体もエレファスのものである。そう思わないとやってられない。
前夫と会わせろ、などと言われてはなおさらだ。
「ネイファ。なんだ、余が恋しくなったか」
「まあ、バアル様ったら」
執務室の扉をあけた瞬間、余裕の笑みをみせる聖王様とずいぶん柔らかく微笑むネイファを見て、エレファスはすっと目を横にそらして、まず自分の主君に頭をさげる。
「クロード様、ご歓談中、失礼します」
「かまわないが、どうしたんだ? まだ休暇中だろう」
「……彼女が、聖王様に会いたいと言うので……」
「ネイファ。余がお前に渡した聖石が壊れただろう。何があった?」
「やはりお気づきでしたのね。色々ございましたのよ。でも心配なさらないで。ネイファはこの通り、元気にやっております」
やたらと背後のやり取りが大きく聞こえて、笑顔で固まったエレファスに、クロードが目を細めた。
「なるほど。お前も妻に甘いわけか」
「そういうわけでもないですよ。今ちょっと考え直そうかと思ってるくらいで」
「僕はお前の味方だ」
「やめてくださいクロード様、今きゅんとしそうになった自分が悲しくなりました」
「大丈夫だ、僕の魔道士は聖王になど負けない」
そう言われて、エレファスはほんの少し息を呑んだ。今までならば、きっと無理ですよと笑って流したことを、尋ねてみる。
「それは……期待していただいてるんですかね、俺に」
「もちろんだ。なんだ、やっとわかるようになったのか?」
「はあ……まあ、なんかこう、一昨日くらいから、やたら尻を叩かれるようなことを言われまくったので……」
足を組み替えたクロードが頬杖をついてバアルのほうを見ている。いや、ネイファを見ているのかもしれない。
「なら、大公になる決心もついたか」
「……ならなきゃいけないんだろうな、という気にはなってきました」
「ならまあ、お前の嫁としては合格だろう」
「合格って……ならないとか無責任だ馬鹿かどこまで負け犬根性なんだとか滅茶苦茶罵倒されたんですけど……」
――あなた以外、いったい誰がなれるのです。
自信満々にそう言われて、はあまあそうかもしれない、と思ったのは確かだ。
そしてネイファは、ものすごい勢いで外堀を埋めている。曰く、形から入ればよろしいのだそうだ。それはきっと正しい。
形から入るものはある。それはきちんとしていないという意味ではない。ふさわしくなるという決意だ。
本当は、恋愛も同じなのだろう。
「お前以外にレヴィ大公はいない。それさえお前が自覚したなら、僕にとっての彼女は用なしだが?」
いたずらっぽくクロードが目線だけこちらに向けた。エレファスは少し考えて、嘆息する。
「聖王様が前夫とか、なんかものすごくつらいんですけど」
「大丈夫だ、お前なら勝てる。主に陰湿さで」
「ほめてませんよそれ!? ――って近すぎませんかそこ!!」
思わず怒鳴ったはずみで、ネイファとバアルの姿が視界に入る。なぜか、嫁は聖王の膝の上に座って首に手を回していた。