軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

エレファス・レヴィの結婚(11)

ネイファがエレファスを初めて見たのは、砂漠の上だった。

神秘に包まれたハウゼル女王国の技術。その叡智をつぎこんだ空中宮殿。エルメイアとの国境付近での作業であり、もともと宣戦布告されたのはエルメイアであるから、解体作業という名のお宝発掘作業は合同事業となった。

浮気すると姦通罪に問わねばならなくなるぞと笑うバアルのはからいで、ネイファは後宮の妃であるにもかかわらず、特別に参加を許された。

ぼろぼろになったハウゼル宮殿の内部は危険と隣り合わせだ。聖なる力は魔力から身を守ることに特化していて、それほど万能ではない。ちょっとした崩落はしょっちゅうで、そのたびに駆り出されていたのがエレファスだった。

魔王の寵臣ということで、アシュメイル側からすれば緊張を強いられる相手だった。実質的なエルメイア側のトップだったと言ってもいい。だが、エレファスは人当たりが柔らかいうえ、影が薄く、事なかれ主義だった。数ヶ月かける現場では諍いも起きやすい。仲裁に入るたびに下手に出る弱腰な姿に、魔王の寵臣らしい威厳はなく、ネイファも気楽な反面少々呆れていた。

そうしてエレファスは作業員達とはじょじょに打ち解けていくようになり、一方でなめられていった。

そのあたりから、発掘した物の一部が紛失することが多くなった。ハウゼル女王国の技術品だ。高く売れるだろうし、欲しがる権力者も大勢いる。ネイファも想定していた事態であり、バアルもそれを見越してネイファを諜報がわりに送りこんだことはわかっていた。女性相手だと口が軽くなる相手は多い。すぐに犯人に当たりはつけられたが、そこから困った。

まず、アシュメイルとエルメイア、双方に犯人がいること。統率が取れているせいで、どちらか告発したら国際問題になりかねない。そして――どう考えてもその犯人達の間を調整し、指示を出しているのがエレファスだったからだった。

これは自分の手に負えない事態かもしれない。バアルの判断を仰ぐべきかと思い始めた頃だった。

ある日突然、アシュメイルとエルメイアの双方から警備団が一緒にやってきて、作業中にも関わらず問答無用で犯人達をしょっ引いていった。

啞然とする皆の中で、犯人がエレファスを指さした。あいつも仲間だぞと。

エレファスはどこにそんな証拠があるのだと一笑に付した。

「俺は魔王の魔道士ですよ。それをお忘れですか」

そのときのエレファスの冷たい嘲笑は、今でもネイファのまぶたに焼き付いている。

つまりあの男は、へこへこ頭をさげて御しやすく腑抜けな監督者を演じ、犯人達の中に潜りこんで、一網打尽にしたわけだ。盗まれた盗品すらすべて管理していたのだというから恐れ入る。

話をしてみたい、と思った。

だがそこで気づいた。後宮の妃である自分がバアル以外の男性と話したいなんて、浮気ではないだろうか。

おそらく浮気なんて疑念を抱いた時点で、そうだったのだろう。

抑圧すると余計に欲望が膨らむのが人間の性だ。気づいたら自然に目がエレファスを追うようになり、たくさんの声の中から聞き分けられるようになった。

だが、あの自虐的な言い方。自身を粗雑に扱うあの姿勢。何度文句をつけてやろうと思ったか――この自分がこんなに気にかけているのに、あの男は平気で自身を貶める。なんて屈辱だろうか。その場で説教してやりたかったが、そんな立場にないことはわかっているので、耐え抜いた。

そして、エルメイア皇帝の恩赦の話を聞いたネイファは後宮に戻り、バアルに後宮を出ることを願った。

聖竜妃が住むようになり、ロクサネが寵愛されるようになった後宮に、もはや自分の出番がないことはわかっていた。あるとしたら、ロクサネが子を産めなかった時の二番手でしかない。

バアルはいい男だ。いい王でもある。愛情などなくともその子どもを産んで、次の王を育てる――そういう人生も悪くはないと思っていた。

だが抱かれるよりも抱きたい男ができてしまったのだから、もうしかたない。

世の中とはそういう不条理を恋という。

――そう、だから楽しみにしていた初夜に夫に逃げ出されてさすがに少し落ちこみ、どうしてくれようと策を練っていたせいで周囲への警戒がおろそかになり、間抜けな魔石職人どもに遅れを取ったのだ。

(我ながら間抜けだわ)

そう思いながら、縛られたネイファは嘆息する。

両腕ごと巻きつけられた魔力込みの鎖。両手首も前できっちり縛られている。起き上がるのにも一苦労な、ぎちぎち具合だ。工房の溶炉の前にある柵と鎖がつながっている念の入れようである。

魔石職人はネイファが聖石の力を使えるのは指輪のおかげだと見抜いていたようで、指輪はすぐさま取りあげられた。だが体の隅々まで、裸にしてでも調べようとしないのが、間抜けというか愛嬌というか。

見張りすらいないのをいいことに、ネイファは身をかがめて胸元をさぐる。ころんと小さな魔石が出てきた。

「――だからここまでするのはまずいって! 彼女はアシュメイルの人間なんだぞ!」

「エレファスに嫁いできたんだったらうちの一族だ! 罰しようが何しようが文句言われる筋合いはないだろうが!」

「それが通用する相手だと」

「今までそれでやってこれたんだ! 俺達にはそれだけの力がある! アシュメイルがなんだ」

しかも一部の暴走だったらしく、ネイファを捕まえておいて今後どうするかでもめている。

馬鹿か、とネイファはさめた目で思うと同時に、夫の苦労を思った。

だが馬鹿は罪ではない。学べばいいだけだ。大事なのは環境である。

それに、レヴィ一族をここまで馬鹿にしてしまったのはエルメイア皇国だ。クロード・ジャンヌ・エルメイアはその責任を取ろうとしている。

だから今がチャンスなのだ。きっとそれを理解しているのは、自分と夫だけだろう。

――そう思うと、悪くない。

周囲をうかがいながら、ネイファは指先でスカートをたくしあげる。最初くらい慎ましくしようかと考えて服を選んだばかりに、生地が重たかった。まったく、らしくないことなど考えるべきではない。

「アシュメイルからの密偵かもしれないんだぞ!」

「そうだ、あいつら、俺達から魔石の技術を取りあげる気なんだ! 俺達があの転移装置を完成させるのにどれだけ」

「だがもう、ハウゼル女王国では国内で普及しているものだと……」

「そんなこと本当かわかるもんか!」

「本当ですわよ」

声をあげたことで、ネイファが目をさましたことにやっと気づいたらしい。

「ハウゼル女王国の技術はめざましいものでしたわ。あんなものが普及したら世界が変わります」

「……っだったら!」

「だから魔王があなた達にその力を持たせようとしてくれている、今、このときがチャンスなのです。甘ったれなあなた方が魔王や聖王や私の旦那様にすがる以外、何ができるのかおっしゃってみなさいな」

「そ、そうやって俺達を、馬鹿にしやがって!」

「あなた方を誰より馬鹿にしているのは、あなた方自身でしょう」

しんと静寂が落ちた。

自分達はやれる、できる、なめるなとわめくくせに、誰一人自分達の価値を把握できていないのだ。ネイファは呆れる。

「あなた方には世界を変える未来があります。なぜそれを、あなた方が信じていませんの。……まあ、肝心の私の旦那様もそんなところがありますが」

「な、なんだよ今更。あ、アシュメイルのほうが、技術は進んでるって、散々……」

「当たり前でしょう、それだけ努力してきた国です。私も学びました。多くの技術者が失敗を繰り返しながらも諦めず技術を確立し、バアル様もそれだけの投資をなさった」

「じ、自慢かよ」

「自慢ですわよ。だから今から追いつかねばならないあなた方に、覚悟が問われているのです。……ああなるほど、ひょっとしてそれがお嫌? 勝負することが。失敗することが、負けることが」

反論はない。ふんと笑って、ネイファは膝を立てる。思惑通り、真っ白な脚が衆目にさらされた。ぎょっとするこの一族はなんとまあ、初心なことか。

ガーターに仕込まれている装置にも気づかずに。

「散々旦那様が甘やかしたせいですわね。実力もないのに気だけが大きい人間ばかり」

「な、なんだと」

「そんな臆病なあなた方でも、ここがなくなってしまえば、立ちあがるしかないですわね?」

この古びた工房で作っていたのは、彼らの悲願。

きっといつか、一矢報いてみせる、それで滅びを招いてもと作り上げた転移装置。

もうこの一族は滅びなくていいのに。

「この工房はもういらないと思っていたので、爆発するようしかけをしておきました」

「は?」

「ちなみにこれ、その起爆装置ですの」

さあ、燃えてしまえ。

そうすれば違う時代がやってきたと、ひっぱたかれて目がさめるだろう。

ネイファは縛られたままの指先で、躊躇なく魔石を押しこむ。

跡形もなくするには、爆破にも順序がある。ネイファの計算どおり、最初に離れの工房が爆発し、皆が悲鳴をあげた。

「止めて欲しければ、指輪をお返し――」

続けて背後のほうが爆発して、誘拐犯達が一斉に逃げ出す。あら、とネイファは首をかしげた。

(順番を間違えた? そんなはずは……ひょっとして転送装置と連鎖反応したとか? あら、なら結構なものを作っていたのではなくて)

この工房は最後に爆散される計算なのだが、なんてことだろう。感心すべきか、慌てるべきか考えて、ネイファは自分の格好を見る。

どう考えても逃げ出すのは無理だ。しかも既に周囲には誰一人いなくなっていた。

しかたなく、脚を振ってサンダルを脱ぎ、ひっくり返す。裏側には聖石が仕込まれていた。

聖王を呼べる聖石だ。どこに仕込んどるのだお前は、と呆れていたバアルの顔が思い浮かぶ。

バアルに助けてもらうしかない。

「ネイファ!! ――さん」

聖石に口づけようとしていたネイファは、頭上から響いた声に動きを止めた。

エレファスだ。転移してきたのだろう。慌ててネイファの前に降り立つ。

「よかった、無事ですね!?」

ぱきんと音を立てて、あっという間にネイファを拘束していた鎖がほどけて消える。さすが、魔王の寵臣。魔王の魔道士だ。

その間にも右手側の建物が吹っ飛び、工房がゆれる。焦った顔のエレファスに、ネイファは言った。

「ここは最後に爆発されますので、まだ大丈夫でしてよ」

「何が大丈夫なんですか、やっぱりここも爆破予定なんですね!? ああもう、いきますよ」

「あ、待っ――」

サンダルを取る前に、問答無用で抱き上げられてしまった。

「なんですか、話はあとです!」

このままではバアルからもらった聖石も駄目にしてしまう。

だが怒っているらしいエレファスを見たネイファは、その手をエレファスの首にまわした。

「落ち着きのない。助けにくるのが遅いからですわよ」

「いやこの爆破、あなたがやったんですよね!?」

魔法で転移するのは初めてだ。

笑ったネイファは、夫にまかせて目を閉じた。