作品タイトル不明
エレファス・レヴィの結婚(10)
変わるってどういうことだろうか。
そんなに簡単にできることだろうか。
でも、いつかは踏み出さなければいけないことはある。
たとえば、エルメイア皇国を受け入れること。新しい価値をのみこんで、国を建て直すこと。どんなに泣き叫んだところで、過去には戻れず、未来においていかれるだけだから。
失敗しても次に進むことをアイリーンから教えられた。
流されて大公にはなってほしくはないとクロードから願われた。
さあ行けそして帰ってこいと、魔物達から仲間から見送られた。
(……まさか人間になれって、そういう意味だったわけじゃないよな?)
悩みながらエレファスは結局、開花セールをうたった花を一本買った。そして実家に転移する頃には、夕方になっていた。
しかも転移した先は、家ではなく家の玄関前だ。
「想像以上のへたれだな、俺……」
夕日が目にしみて我ながら笑える。
とはいえさすがに悩むのも疲れてきたので、さっさと家に入った。わりあい、自分は追い詰められるとやけくそになるらしい。
勢いをなくさないよう、玄関をあける。しんとして静かだった。
「……いないのか?」
まだ日は傾き始めたばかりだ。外出しているのだろうか、と思いながら転移する勇気がなかった居間に入る。
そこで異変に気づいた。
踏み荒らされた絨毯。われた花瓶の欠片と、にじんでいる水。
倒れた椅子と、脚の折れたテーブル。切り裂かれたようなカーテンに、何か焦げ付いたような壁紙――魔力の残滓。
灰だらけになっていた暖炉に残った、設計図の燃えかす。
「ネイファ――さん!? どこですか!」
踵を返したエレファスは自分を叱咤したくなった。
聖具を持っている、知識がある、作れる。それだけで彼女はただの人間だ。道具というのは、誰でも使えるという利点があるかわりに、消耗品でもある。
そしてここはレヴィ一族の村。魔力を使える者達が当たり前にいる場所だ。
昨日のあの騒ぎからして、ネイファはだいぶ反感をもたれている。いくら聖具で対応しても、物量で押されたら、ひとりの彼女に勝ち目はない。彼女が聖王からの下賜だというのも、反発を覚える村の皆には、人質の価値を確信させるだけになってしまったのかもしれない。
元々、特攻まがいに魔王に挑もうとするような視野の狭い、そして未来のない一族だった。皇帝となったクロードを未だに警戒している人間も多い。耐えることに我慢ならずに暴走しようとするのを、エレファスが裏で手を回して押しとどめてきたのだ。
そう、そうしてエレファスがことをおさめてきたせいで、どこか現実味のない考えを抱いたままここまできてしまった。
ネイファの物言いはきつかったが、耳が痛いだけ当たっていることも多かった。自分達は一切変わる必要などないという甘えは、ひとりで一族をなんとかしてきてしまったエレファスの落ち度だ。
だがネイファに何かあって、聖王の怒りを買ったら、もはやエレファスの手に余る事態になる。
(ああくそ、あの性格が強烈で……!)
想定できた事態だった。聖具を過信するな、レヴィ一族を侮るなと、エレファスはもっとネイファに言い聞かせるべきだったのだ。
「エレファス兄ちゃん! いた、よかった!」
外へ出たとたん、幼馴染みの弟が駆けてきた。その顔色からエレファスは自分の想像が間違ってないことを確信する。
「職人達がうちから誰かつれていかなかったか!?」
「う、うん。兄ちゃんのお嫁さんを追い返すとかなんとかいって、つれてっちゃって……!」
「どこに!?」
「使ってない工房! 村はずれにある、あっちの、一番大きな」
巨大な転移装置を作っていた工房だ。まさか、彼女をどこぞに捨て去るつもりだろうか。
その方角に振り向いた瞬間、爆音が響いた。
風が巻きおこり、砂と枯れ葉が空に舞い上がる。続けてもう一発。今度は先ほどより大きく、キノコ雲があがる。報告にきてくれた少年も、あんぐりとそれを見あげていた。
ここで本来、ネイファを心配するべきかもしれない。
だが散々、アイリーンやリリアで鍛えられたエレファスの観点は違った。
「――ひょっとして、村の皆があぶないんじゃないか!?」
「……う、うん。僕もそんな気がする……」
アイリーンが聖剣を振るって村を制圧した姿を知る少年は、こくこくと頷いた。
それを半分申し訳なく思いながら、エレファスはまず工房前に転移した。
中から逃げ出してきた職人たちや消火に走る人達で、現場はすでに混乱していた。だがいれば強烈な存在感を放つ彼女の姿がない。
煙があがる建物から逃げてきた職人の肩をエレファスはつかむ。
「おい、彼女はどうした!?」
「し、知らねえよ、あんな女!」
「知らないですむか、彼女は聖王からの使者でもあるんだぞ! それを――」
「そんなこと知るかよ、知るかよ知るかよ俺達は悪くない!!」
子どものように壮年の職人がわめく。他の職人達も目を泳がせるだけだ。
舌打ちしたエレファスは、迷わず転移した。
結婚したくないなら、一族をいつものように助けるためならば、ここで不幸な事故があって、ネイファは命を落としたことにすればいい。およそ人間とは思えない自分が腹の底で計算する。
でもそれが正しいとは、もう思わなかった。