軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

エレファス・レヴィの結婚(9)

女性から好かれることは今までだってあった。

どこかの魔王様のように顔だけで人生を渡っていけるほどではないが、それなりに甘い顔立ちだし、笑うと優しく見えるらしく、ペット扱いしたい女王様から王子様を夢見る少女までそこそこに経験はあったと思う――大体、上下関係がついていたが。

(……こう考えるとまともな女性から好かれた経験ない気がする、俺)

自分から好きになったのは、リリアとアイリーン。

それもなんだかふわふわと始まり、気づいたら終わっていた。レイチェルは可愛いな、と思っていたが、好みだっただけだ。というか、古城に勤めている男でレイチェルを好ましく思っていない男なんていなかった。

総合すると、まともな恋愛経験がない、ということにならないか。

「いやいやいや……」

アイザックのアパートから叩き出されたエレファスはひとり、皇都の公園のベンチで首を振る。

だがすぐにぐったりとうなだれた。

「せっかくの休暇がもはや休暇じゃない……仕事よりひどい」

「あ、やっぱりエレファスだ」

うなだれていたエレファスを覗きこむようにして、突然顔が出てきた。

ベンチにすがりつくようにしてエレファスは飛びのく。昨夜から悲鳴をあげそうなことばかりだ。

「リ、リ、リ、リリア様? ど、どうしてここに!?」

「ふふふ、お散歩」

「あ、あな、あなた、今、監視中では――いえ、もう休暇中だからいいですけど……」

見て見ぬふりをしよう、と思った。どうせ魔王様は把握済みに違いない。というか異母弟をいじめるネタくらいにしか思ってないだろう。

立ちあがったリリアはどこで手に入れたのやら、紙に包まれたパイを持っていた。着ているものもどこから調達したのか、周囲とまったく違和感のない素朴なワンピースだ。それでもやはり顔が可愛いからか、ちらちらこちらを見られている。

「久しぶりね、元気だった? ふたりきりで話すのって……そう、あれだ。レヴィ一族の反乱がどうこうっていう話以来?」

リリアは無邪気に笑っている。そう、リリアの予知夢とやらを聞かされて、エレファスはレヴィ一族の反乱を止め魔王の記憶と魔力を奪う作戦を立てた。

「あのときはごめんなさい? 私のこと嫌いになっちゃったかしら」

「いえ……まあ、巡り合わせだろう、とは」

だまされたとも言えるのだろうが、不思議と腹は立たなかった。苦々しい思いもない。

どちらかといえば、羞恥心がこみ上げてくる。

(酔ってたんだな、俺はきっと)

結ばれない恋とか、そういうものに。

それももう、追い詰められていたということにしておきたい過去だ。

「ねえ、結婚したってほんと?」

「……それ、どこから」

「アイリーン様から。ちょっかい出すなって言われちゃった。失礼よね。私だって人妻なのよ」

ぷんとむくれるリリアに気のない返事をしながら、エレファスは内心で歯噛みする。

(アイリーン様もグル。ということはアイリーン様を使ってクロード様を懐柔するのも無理か……だいぶ詰んだ)

嘆息していると、リリアがエレファスの横に腰をおろした。

「ねえねえ、結婚相手はアシュメイルの後宮にいたってほんと? 美人?」

「はあ……まあ、美人ですよ」

「んーモブで美人なキャラ……あっ黒髪の美女? きつそうな、ぼんきゅっぼーんの。サーラを貧相って笑ってた!」

そう言って鼻で笑うネイファが想像できてしまった。

エレファスの顔から返事を得たのか、リリアが足をぶらぶらさせて、エレファスの顔を横から覗きこむ。

「好きになれそう?」

なんとなくリリアから顔を背けて、乾いた笑いを浮かべてごまかした。

そうするとふふっと意味深に笑い返された。

「そうよね、あなたがいつも好きになるのは、別のことや別の人に夢中な子だものね」

「――え?」

「気づいてなかったの? やだ、今更私にゲームみたいなこと言わせないで。あなた本当は誰かに好かれるのが怖いんでしょう、なんて」

――ほんの一瞬だけ、翻弄されるように彼女を目で追っていた浮かれたあの時間に戻った気がした。

ただ、木漏れ日の下で浮かべる彼女の笑みは、残酷だ。

(……ああ、そうか。俺は)

何もかも見透かしたような、それでいて自分を相手にしていない彼女に、安心していた。

羨ましいほどの愛を、違う相手に捧げるアイリーンに、安心していた。

その強さが、愛が、世の中のきれいな欠片たちが、自分とは関係ない場所にあることに、安堵していた。

「……俺、うしろむき……ですかね」

「どうかな。どうせ自分は、っていう卑屈なキャラだったけど」

「あー……いえ、自虐癖は自覚してましたが。自覚してやってたつもりなので、それは……」

でも本質的なところで、自分は思い違いをしていたらしい。

「……いやでもそれ以前に知らない人間と結婚とか無理でしょ! たとえ好きって言われても、いきなりすぎて……戸惑いますよね、普通!? おかしくないかって疑って当然ですよね!」

「そう? 私は好きって言われたら好きになっちゃうなあ」

そんなに軽くていいのか。

愕然とするエレファスの横で、リリアはぱくぱくとパイを食べている。なんだかそれが彼女がおいしいからというだけでつまみ食いされた自分と自分を含む他の誰かのような気がして、複雑な気分になった。

「……いえ、うっすらわかってるんです。あれです、俺は、俺なんか相手にしてもらえませんよねっていうのが、気楽で……失望されるより先に失望したいみたいな……うわあ駄目男の典型だこれ」

「ゲームのあなたは、俺は幸せになる資格がないーみたいなだいぶ爆笑ものの台詞吐いてたわよ」

「誰の話ですか、それ。いや片鱗はありますけど、俺は幸せにはなりたいですよ……普通に。でもこう、色々あるんですよ。故郷の事情とか、そういうの。あと合わない、絶対合わない。人間扱いもされてない……」

「珍しい、あなたがそれだけ気にするなんて。相手にせずにけろっと流すくせに」

そのとおりだ。唐突に自分の不誠実さを突きつけられた気がして、口調が弱くなる。

「……いきなり嫁とか言われたら、そうですかといくほど、達観してないので……」

「だったらよかったじゃない。ゲームのあなただったら多分、てきとーに受け入れたんじゃないかしら」

「だって結婚ですよ!? 適当にしていいもんですか結婚!?」

「いいんじゃない。わたしはしょうがないかなで結婚したし」

けらけら笑っているリリアはどこまでも軽い。自分が間違ってる気がしてきた。

そもそも、なぜこんなことをよりによってリリアに話しているのだ。自問自答しながら、エレファスはうなだれる。

「でも、そうねーこのまま全年齢を守ってくれても嬉しいかな。応援してあげよっか?」

「ものすごく嫌な予感がするので結構です!」

全力でお断りすると、リリアがまた笑う。これ以上は危険だと、エレファスの長年の勘が言っていた。

(とりあえず、話してみるしかない。彼女と)

どうして彼女がレヴィ一族に嫁いできたのか。それでも譲れることと譲れないことはあるが、話し合いがなければ離縁も何もない。

「どうも、愚痴につきあっていただいて有り難うございました。では」

「私を捕まえなくていいの?」

「さっきも言いましたが休暇中ですので、これ以上関わりたくな――って!?」

立ちあがったエレファスの背に、ぴとりとリリアがくっついた。何だ何かの罠かと硬直している間に、背のびをしたらしいリリアの吐息が首筋近くにかかる。

「あなたも楽しいものを見せてくれたから、そのお礼」

「は?」

「あなたはゴミなんかじゃない。ちゃんと人間よ」

意味深な言葉に次は何がくるかと構えていたら、リリアはすっと離れてしまった。おそるおそる振り向いたエレファスから一歩身を引く。

「感動しないか、やっぱり。アイリーン様に飼い慣らされるとみんなそう」

「……ごく最近人間になれとか言われたので、優しいなって思いましたが。俺は……自覚してますよ、よくないんだろうなって。俺の今までのやり方とか、生き方」

「そう。でもそれ、いいことよ。今のあなたじゃだめだって言ってくれる人がいるんでしょう? あなただってこのままでいいと思ってないから、その人の言葉が気になるんでしょう?」

思いがけなく、その言葉はエレファスの胸をうった。

嬉しそうに、でもどこか切なそうに目を細めたあと、リリアは手を振る。

「ネイファだったかな、そのモブキャラ。よろしく言っておいて」

リリアは言うだけ言って、振り向きもせず軽い足取りで公園の散策に向かってしまう。

ぞわぞわした首筋あたりをなでながら、エレファスはそれを見送った。

「なんだったんだ……」

拍子抜けしながら、エレファスは場所を移動する。人目につく場所で転移するのは面倒だ。

とりあえず夜になる前に戻ろう。夜になったら負ける気がする。

今のままではだめだから。

(……でもどうするんだ、俺。聞くのか。本人に)

まさかそんな。俺のことを好きですかなんて、聞いたら――ぶん殴られそうな気がした。殴られるだけならまだしもゴミみたいな目で見られて、踏んづけられる気がした。あの綺麗な足で。

「っていやいやいや違う!! やめよう、自虐癖。治そう。まだ戻れる今のうちに」

ぶつぶつ言いながら、深呼吸し直す。

すでに休暇は半分使ってしまった。時間はあまりない。