作品タイトル不明
エレファス・レヴィの結婚(8)
「ネイファ様ってどんな方ですの?」
アイリーンの質問に、スコーンにジャムを塗るのがうまくなってきたロクサネがまばたいた。
相変わらず聖王の正妃は星のように静かなきらめきと美しさを兼ね備えている。このロクサネと戦う後宮にいた妃なのだから、さぞかしネイファという女性も美人なのだろう。
綺麗な手つきでスコーンを皿に置いて、ロクサネは考えこむ。
「そうですね……とても美しい女性です。そして強い方です。わたくしの立場がまだまだ弱かった頃、サーラ様におもねるでもなく、バアル様におもねるでもなく、ひたすら作業に没頭しておられて」
「職人気質なんですのね」
「そうですね。……一度、禁色である赤の衣装をそろえて着よう、などとくだらない嫌がらせがはやったんですが」
アイリーンも目撃したあの嫌がらせだろう。
「あの方は一切話を聞かず、作業着でおすごしでした」
「……ロクサネ様をかばった、とかではないんですのね?」
「そうですね。そんなものが必要ならば正妃から退いて出て行けと、目が語っていました。宮殿も賜っている上級妃でらっしゃったので、あの当時ならばわたくしよりバアル様に近い存在でしたし……そういう御方です」
なかなか不遜な女性だ。だが、アイリーンはそういう女性は嫌いではない。
お茶をひとくち飲んで、ロクサネがまぶたを落とす。
「わたくしは思ったものです。この方はバアル様の寵愛を受けるかもしれない、と。実際バアル様は彼女の頭の回転のよさや技術を買っておいででしたし、きつくてもはっきりした物言いや、誇り高さを好ましく思っておられました。しかもあの肉体……わたくしにもサーラ様にもないものをお持ちです。どうしたらああなれるのか……」
「ロ、ロクサネ様?」
「いえ。物言いはきつく厳しい御方ですが、情もある女性です。ハウゼルの一件で、バアル様を向かわせるために偽証もしてくれました。彼女だけがなんの対価もなく承諾してくださったのです。その彼女の頼みですから、聞かないわけにはまいりません。わたくしも、バアル様も」
いい話だと思うが、アイリーンからすればエレファスに関わることだ。
「うまくいけばいいのですけれど……クロード様が心配でそわそわなさってますわ。お気に入りの魔道士が悪女に食べられやしないかって」
「わたくしは魔道士の方をあまり存じ上げないのですが……アイリーン様も心配ですか?」
「いいえ、わたくしはいいことだと思ってますの。エレファスは……もしゲームどおりならきっと……」
余計なことを言いかけてしまって、アイリーンは慌てて口をつぐむ。いけない。最近、リリアが好き勝手言うのになれすぎてしまってネジがゆるんでいる。
「ただ、クロード様はちょっと過保護がすぎますわ」
「バアル様も心配しておいでです。そのたび、わたくしは思います。よかったと」
目を丸くするアイリーンにロクサネがひっそりと笑う。
「彼女はわたくしに言いました。もしわたくしがバアル様の子を、聖なる力の強い跡継ぎを産めなければ、次は自分の番がくるだろうと。わたくしは否定しませんでした。もしそういったことになった場合、バアル様はわたくしの合意をとるでしょう。そのときわたくしは彼女ならまだましだ、と思っていたので――身分的に決してわたくしを脅かさず、わきまえている彼女なら」
「……」
「そんなわたくしの気持ちを承知で、彼女はわたくしに取引を持ちかけたのです。後宮を出て行く、そのかわり自分を好きな男のところへ嫁がせろと。……お相手が難しくない相手でよかった。バアル様は何もご存じありませんが」
ふっとロクサネがアイリーンに微笑む。だいぶ表情が豊かになってきた。
バアルのおかげなのだろう。
「わたくしを軽蔑なさいますか?」
「いいえ、好きですわそういうの。わたくしも他人事ではありませんし」
「お互い苦労しますね」
「本当に」
「ロクサネ様! おいしいクッキー買ってきました! セレナさんに教えてもらって……って」
くすくす笑い合っているふたりに、飛びこんできたサーラが首をかしげる。
給仕しているレイチェルは素知らぬふりで、からになったお茶を注ぎ足した。