作品タイトル不明
エレファス・レヴィの結婚(7)
訪問が夜だったので、話し合いは翌日に持ち越された。
だが、エレファスの脅しはきいているのだろう。アイザックは帰れとも言わず追い出しもせず、彼が借りているというアパートメントに一晩泊めてくれた。
そして翌朝、仕事をうまくやりくりして時間をさいて、援軍まで呼んでくれた。
絶対に口説かせてなるものかという強い意志を感じる。レイチェルは強い。
「アシュメイル王国の妃か。誰か降嫁してくるのでは、とは私も聞いていたが、まさかお前に白羽の矢が立つとは」
そして「古くさい」とか「なぜ私が」とか言われながらアイザックのアパートにあがりこんできたのはレスターだった。
このふたり、いまだに交流があるのだ――魔王の諜報員でもあるエレファスは知っていたが。
「要はこいつをレヴィ大公にする布石だろ。魔王様はレヴィ一族はこいつ以外に制御できないって判断したわけだ」
「……それは認めますよ。でも、問題はそこじゃないんです。どうしたらいいと思いますか!?」
だんと両拳で机を叩くと、三人で囲んでいる四角いテーブルのうえでマグカップがゆれた。そのあとでアイザックが投げやりに言う。
「魔王様と聖王様の采配なんだろ? 無理じゃね?」
「不可能を可能にしてください、なりふり構わず勝負しかけますよ」
「自爆特攻はやめろ、策にもならん」
「じゃあどうしろって言うんですか! このままだと俺は確実に食われる! あの胸に!」
貞操の危機なのに、アイザックもレスターも目がさめている。
「羨ましいとは言わんが、そう必死で訴えられてもな。アシュメイルの後宮にいたのならさぞ美人だろう」
「俺の好みは可愛い子なんですよ、レイチェルさんみたいな! 彼女は真逆です! 胸は好みですが!」
「さりげなくこっちに流れ弾よこすな。……離縁する方法なあ……その調子だと、その女の気を変えないと無理なんだろうけど」
「要求は人間になってから言えって言われましたよ、俺」
いまだかつてこんな煽りがあっただろうか。
繰り返すと、変な笑いが出てくる。
「ええ、慣れてますよああいうのは。でもそういう状況って、それだけ特殊な環境にあったわけで。その中だったわけで。真っ向から日常でやられたのは初めてですね。どうやったら人間になれるんですか、俺は?」
「深い闇をこっちに向けるなっつうの。……まあ、あれだよな。お前と離縁っつーより、お前よりもいい相手がいるっていう方向に持っていくとかか? たとえばこいつとか」
アイザックに目配せされて、レスターが眉をひそめた。
「まさかそれで私を呼んだのか? ……まあ、やぶさかではないが」
「ほんとですか!? 正気ですか!?」
「愛人枠でかまわんならな。皇帝陛下の報奨として正式な下賜を受けたのであれば、正妻の可能性もあるが」
とても貴族らしいことをレスターが言う。
「我が家からすれば欲しい女だ。だが、皇帝陛下が許すとは思わん。ドートリシュ公爵家もな」
「……愛人枠なのにですか?」
「彼女は貴重な職人なのだろう。我が家で魔具の技術開発を率先させてくれるほど、皇帝陛下も懐は広くなかろうよ。聖王もな」
なるほど、とエレファスは納得する。
要は彼女はアシュメイルの技術そのものなのだ。それを嫁という形でやり取りしている。
「レヴィ一族にとってはありがたい話なのはわかってます。ですがあの態度だと、うまくいくはずもないですし……ああもう、なんでまたうちにきたんだか」
「……そうだよな……ゼームスでもよかったはずなんだ」
ふとつぶやいたアイザックに、エレファスは顔をあげる。レスターも顎に手を当てた。
「あの半魔か。確かにそうだな……皇帝にレヴィ一族に技術を独占させたい意向があるとまでは考えにくい。ミルチェッタの公子に聖王の支援があるということになれば、半魔であることへの反発をおさえやすくなったはずだ。魔法の話はレヴィが詳しいだろうが、資金ならミルチェッタのほうが潤沢だろうし……」
「はあ、そう言われれば……ゼームス様、特に決まったお相手がいるとも聞きませんしね。……まあでもクロード様は、側近の結婚、結婚式に参加したいだけで本心は嫌がってますから」
「そうだよな。結婚式だってあげられたはずだ、ゼームスなら……」
アイザックがつぶやく。目をひそめていると、レスターが首をかしげた。
「魔王は側近の結婚を許さないのか? なんのために」
「そういう方なんですよ……考えないで感じてください」
「感じろと言われてもな」
「なんで魔王様はゼームスに嫁がせなかったんだろうな。魔王様の望みを叶えるって点でもエルメイアの利点を考えても、一番の好条件はゼームスだろ。聖王様だってそっちのほうが得したはずだ、レヴィ一族なんてものと縁を結ぶよりも。候補にあがらなかったわけがない」
何やら遠くを見ながら考えているアイザックに、レスターが珈琲を飲んで顔をしかめ――苦かったらしい――口を開く。
「本人の意向だろう、普通に考えれば」
「だよな」
ふたりに見られて、エレファスがまばたいた。
「彼女が選んだってことですか? うちを……まさかうちなら牛耳れると思って?」
ゼームスは優秀だ。春には戻ることになっているミルチェッタ公国は、復興中とはいえ、レヴィ一族と土台から違う。
ミルチェッタ公国では大きな顔をできないと思ってこちらを選んだのか、と顔をしかめていると、アイザックがテーブルに膝をついて、苦い珈琲をポットからどばどば注ぎ直した。
「その可能性は否定しねーけど。お前の話聞いてる限り、人によって態度変えるタイプに聞こえないから、違うんじゃねーの?」
「それは……まあ、じゃあなんで」
「お前、確かアシュメイルとの合同解体作業にいっていたな。ハウゼルの、空中宮殿の」
そう言いながら、レスターが持ってきた鞄をあけた。
エレファスが頷いている間に、何やら分厚い資料を取り出してぱらぱらめくる。
「その女の名前は?」
「……ネイファさん、です」
「ネイファ。アシュメイル綴りなら……あった、これだ」
どさりと音を立てて、レスターが書類を出した。欄の上には空中宮殿解体作業参加者一覧、とある。
「……これ、解体作業の資料ですか? なんでこんなものを?」
「気にするな」
「そうそう、気にするなって」
「確か神具とか一部の貴重品これから競売にかけられ……」
談合だ。レスターがここにきてアイザックと何を話す気だったかわかって、エレファスは呆れる。
ゼームスとは話さないあたりが、アイザックらしいと言えばらしい。
「……まあいいですよ、俺は休暇中ですし。で、何の話でしたっけ」
「つまりお前は彼女と会っているのではないか?」
「はい? 覚えはないですよ?」
聞き返したエレファスに、アイザックが言い直す。
「正確にはお前のことをその女が一方的に知ってる可能性があるってことだよ。だから嫁いできたんじゃないのか、お前に」
「はあ……まあ、顔くらい知ってる人間のほうがいいですよね」
「馬鹿なのか。それとも自虐癖が強すぎるのか。ミルチェッタ公子にだって会えただろう、聖王に頼めばいくらでも機会はあったはずだ」
そうですね、とぎこちなくエレファスは頷き返すことはした。
うっすらなんとなく、言わんとすることはわかるのだが、理解が追いつかないというか、したくない。
「俺を狙ってきた、ということですよね。……そんなに俺、御しやすそうですかね?」
「……それも否定せんが」
「お前に嫁ぐのが目的で、技術とかその辺の理屈は手段なんじゃねーのって話だよ。すっとぼけんな」
アイザックにずばり言われて、エレファスは頬を引きつらせる。
それは――つまり。
「……いやいや、聖王様を慕ってるふうでしたよ?」
「だったら後宮に残ったんじゃないのか。アシュメイルにとっても価値がある人物だったはずだ」
「……それは……えええー……」
「聞いてみれば? 俺に惚れて押しかけ嫁にきたのかって」
おめでとう、とアイザックが勝ち誇った顔で告げる。
暗に、だからもう余計な騒ぎは起こすな、と釘をさされた気がした。