作品タイトル不明
エレファス・レヴィの結婚(6)
料理もできるはず、というバアルの説明は正しかった。
風呂からあがって少ししたら運ばれたきた食事は、決して豪勢ではないが家庭的な料理だった。温め直されたシチューと、どこか穴のあいたパン。ひょっとして、クルミかナッツかをくり抜いてくれたのだろうか。
黙々と食事をしているネイファの顔を、エレファスは盗み見る。
(なんか、こう、もっとひどい扱いをされるかと思ったんだが)
こう、這いつくばって床で食べろとか言われそうな気がしていた。どんなプレイだ。
ほとんど会話のないまま食事をすませる。片づけはエレファスは自分から手をあげた。では私は湯浴みに、とネイファはさっさとそちらへ向かってしまう。
台所を見てまた驚いた。火を入れずとも火がつくようになっているし、一番驚いたのは冷えた箱だ。アシュメイルでは必須の食料を冷えたまま保存する入れ物である。ハウゼル女王国の空中宮殿をアシュメイル王国と合同解体したが、そのときにも同じものを見て感心した。
アシュメイルから持ちこんだのか、それとも彼女が自分で作ったのか。
皿洗いをすませて、居間に戻って、ふとネイファが座っていたソファへと足を向ける。
ソファの前には長細い机がある。そこに広げられているのは地図――いや、設計図だろうか。
レヴィ一族の村のどこに何があるかと、その改造案。そして――聞いたところによると彼女が爆破したという工房の、新しい設計図。
(――本当に優秀だな、これ)
五本指に入る技術者、という自己申告に偽りはないようだ。
ソファに腰かけて、エレファスは天井を仰ぐ。
ネイファの評判は悪い。特に魔石加工を請け負ってきた職人からの評判は最悪だ。
だが、一部の若手職人からは、高い評価がこっそりあがっている。技術の高さによるものからだ。
他には女性達がこっそりエレファスに耳打ちしてくれたことがあった。
ネイファは自分が作った魔具や聖具を試作として、女性達の家事に使ってくれと渡したらしい。先ほどの風呂で見た湯を保温の魔具などは冬の今、重宝されていた。足腰の冷えを訴えた近所のおばあさんには、魔力をこめると温かくなる毛布を渡したらしい。
レヴィ一族で魔石を取り扱うときは、採掘がこれまで難しかったこともあって、まず戦争用に使われてきた。村はずれの大きな工房はかつて、巨大な転移魔法装置やどことでも通信可能な機器などを完成させるために使われていたものだ。
打倒エルメイアのために職人達がめざした夢の道具だった。今でも職人達は完成に精を出している。
一方でネイファは、生活に根ざしたものを作る。それが女性達にはうけるが、壮大な夢を捨てられない職人の大半には受け入れられない。
くわえてあの性格と態度――うまくいくはずがない。
やはり離婚一択、そして今度はできるだけ当たりのいい技術者を連れてきてもらえるようなんとか根回ししよう。
反発している職人達も、内心ではネイファの技術を価値があると思っている。だがそれにはネイファが頭ごしに自分達を否定するものだから、受け入れられない。技術だけなら間違いなく受け入れるだろう。ネイファの次にきた技術者が人当たりがよければ、逆にうまくいくかもしれない――。
「どうですか、その図案」
座っていたソファのうしろに立たれて、悲鳴をあげそうになった。
「なかなかいいできでしょう」
「は、はあ」
「あと二、三つ、面積だけとっている工房を吹き飛ばせばもっとよくなるはずです。村はずれのあのやたら大きなだけで使われてない場所もいいですわね」
「あの、簡単に吹き飛ばさないでもらえますか!?」
「残す価値があると証明してくだされば」
そういう態度が、と文句をつけようとしたエレファスの肩当たりに、身をかがめたネイファのいい匂いが漂う。ふと見たら目の前に薄い布越しの胸があって、慌てて前を向いた。
それを知ってか知らずか、ネイファはエレファスの肩越しに腕を伸ばして、図面を指さす。
「エルメイアではまだ普及していない生活用具からまず手がけますの。でなければアシュメイルからの輸入に負けてしまいます。あちらのほうが技術は上ですし、聖石の採掘量も違います。でも関税がかかるはずですから、値段は勝負できると思いますの。早く大量生産の目処を立てなければなりませんわ」
「……」
「ああ、その前に魔石の採掘ですわね。これはあなたが皇帝陛下とうまく交渉なさって。あとは魔法関係のもの全般、レヴィ一族が手がけるようになれば――ちょっと、聞いてますの?」
「……聞いては、いますが」
頭に入ってこない。どもるエレファスに、ああとネイファが何か気づいたような声をあげた。
「胸を見てますの」
「見てません! 絶対見てません!! めっちゃ図面見てるじゃないですか、俺!」
「別に怒りませんわ、夫に見られても。むしろ見せる時間でしょう」
「は?」
思わず振り向くと、ソファの背もたれに腰をかけたネイファが胸の紐をわざとらしくゆらしながら首をかしげる。
「まさか、私に恥をかかせたりなさいませんわよね」
「……え、いや、俺は、はっきり言うとあなたと離婚するつもりでして、いやそもそも結婚したつもりがなくてですね」
「却下したはずです」
そうだった。となると――まさか。
(え、いいのか? いやいやいや違うそうじゃない!)
「そういうっ、ことは! なしで! 気持ちがないのはもうなしで! 俺はもうそういうのやめたので!」
「いい大人のくせに、童貞くさいことを言わないでくださる」
気遣いと尊厳が丸めてゴミ箱に捨てられた。絶句したエレファスの顎に、綺麗な指がかかる。
「安心なさって。胸ひとつ見せた程度であなたを落とせるだなんて思ってませんわ」
「……なん、なんの罠ですかこれ!?」
「ねえ、旦那様」
湯上がり姿だが、顔を近づけられて、うすく化粧をしているのがわかった。
「口で言ってもおわかりにならないようだから、いっそはめ殺してさしあげましょうか」
弧を描く唇の紅が、鮮やかなほど赤く、エレファスに迫ってくる。
いい匂いがした。くらくらするほど、甘い匂いが――咄嗟に目を閉じたエレファスが取った行動は。
「……お前、なんでここいんの」
「…………」
さすがに一日四回も皇都と故郷を転移してたら疲れるな、とエレファスは床に手をつく。本当の疲れはこれが原因ではない気がするが。
(あれは駄目だ。無理だ。俺ひとりでは戦えない……っ!)
だからエレファスは顔をあげる。エレファスが考える限り、魔王様と聖王様相手になんとかしてくれそうな人物に。
「お前、休暇だったんじゃねえの?」
「助けてください、はめ殺される……」
「はあ?」
「でないと今からレイチェルさん口説きますよ本気で!!」
最初から容赦なく脅しをかけると、自室でまだ仕事をしていたアイザックが眉をひそめた。