作品タイトル不明
エレファス・レヴィの結婚(5)
一族の面々に帰郷の挨拶と事情聴取という名の愚痴を聞き終わった頃には、日が沈んでいた。
魔石の職人達、主に親方と呼ばれるクラスの面々をなだめるのに時間がかかったせいだ。ネイファのやり方に鬱憤がたまっていたようで、同じ話を延々と聞かされた。
(傲慢、常に命令口調。しかもいらない工房を見せしめに爆破したって……)
思った以上に強烈な人物だった。
早く追い出してくれと訴える職人達に、彼女は聖王から降嫁した女性、つまり扱いによっては国際問題にかかわる女性だと説明したが、元々エルメイア皇国にさえ反感を抱いている年寄り連中はどこまで理解してくれたのか。
(胃が痛い)
見た目はあいかわらずおんぼろな自分の家を見あげて、エレファスは何度目になるのかわからないため息をつく。
気は進まなかったが逃げるのも癪だ。そもそも、自分の家である。帰宅したエレファスは、そっと居間をのぞいてみる。
何か書き物をしていたらしいネイファが顔をあげた。
「おかえりなさいませ」
「あ、はあ」
「ただいまくらいおっしゃったらどうなの、礼儀のない」
叱られてしまった。
(……出て行ってくれって俺は言ってるんだけど、こたえるどころか全然聞く気ないな、これ)
再度出て行ってほしいとまた交渉すべきか。迷っている間に、ネイファはさっさと話を進めてしまう。
「夕飯の支度はできておりますわ。それとも湯浴みを先に? 工房で汚れたでしょう」
これはひょっとしてあれか、食事にするかお風呂にするかという新婚さんによくある問いかけか。
そんな甘さはひとかけらもなく、どちらかと言えば冷たい目を向けられているが――まあ、慣れているといえば慣れている。
これは出て行けと言っても無駄だろう。お前が出て行けと言われそうだ。
そうなると主導権争いになるわけで、現状、エレファスに打てる手はない。皇都に転移で連れて行っても、聖王からはネイファが了承しない限り離縁は認めないと釘をさされている。
つまり、やり過ごすしかないのだ。いつものことである。どんなに厄介だろうが、彼女は賓客なのだ。無下に扱えない。
職人達との軋轢も考えると、自分の家にいてくれたほうがまだましである、という結論にエレファスは達した。
「……では、先に湯浴みをいただいても?」
「そうですか、ではその間に夕食を用意しますわね。着替えは浴室の棚にありますわよ、タオルも」
「俺の着替えがどうして」
まだ旅行鞄から何も出していないはずだ。
まさか勝手に、と思ったらネイファが笑った。
「あら、まるで私以外に用意する女性でもいらっしゃるのかしら」
「そ、それは……でも、あなたが?」
「あとは見ればわかります。あなたなら使い方もわかるでしょう。早くおいきなさいな」
それだけ言って、ネイファは立ちあがって台所へと向かってしまう。
なんだか釈然としないまま、エレファスは記憶にある浴室へ向かおうとして、ふと気づいた。火を投げ込まれ、ぼやを起こされたのはそのあたりのはずだ。使えるのだろうか。
「……なんだこれ」
そう思っておそるおそる見た浴室は、完全に様変わりしていた。
もちろん家の形が変わっているわけではないが――タイルになった浴室の手前に、新しい棚がしつらえられてある。そこには確かにネイファの言うとおり、タオルやら何やらがそろえてあった。硝子の棚の中に、着替えもある。その棚の横には洗濯籠、とあった。
ここに脱いだ服を入れればいいらしい。
(確かに見ればわかる、が……)
半分呆然としながらエレファスは埃っぽい服を脱ぎ、奥の浴槽とのしきりになっているカーテンをあける。
そうすると、湯気がのぼっている浴槽が出てきた。
「……どうやって?」
そっと手を差し入れると、丁度いい温度だ。不思議に思っていると、水面の下、新しい浴槽に何か見知らぬものがはめ込まれているのがわかった――魔石だ。魔石で保温しているらしい。
同じようなしかけはエルメイア皇国にもある。だが魔王様の無茶苦茶な魔力で維持しているものも多い。それがこんな、言ってしまえば一般家庭に使われるなんて。
「……これが彼女の技術か……」
「右にひねればお湯が、左にひねれば水が出ます」
「わあっ」
突然響いたネイファの説明に、反射で湯船に飛びこんだ。だが浴室の曇り硝子の向こうにある人影は動じた様子もなく、話を続ける。
「昼間のシチューを温め直しているのですが、何かだめな食べ物はおあり? 好き嫌いではなく」
「……ナッツ系は、かゆくなることが」
「そういうことは早くおっしゃって」
また叱られた。
(いや、早く言えって言われても、初対面じゃないかほぼ)
と言いたかったが、なんとなく言い返せる空気ではない。
「他には?」
「……大丈夫です」
「そう。ではのぼせないようにだけ気をつけてくださいな」
言うだけ言って、ネイファは戻っていった。
湯船の中でしばらくぼけっとしていたエレファスは、説明通り、浴槽についた蛇口をひねってみる。
右にひねればお湯。左にひねれば水が出た。
「……すごいな。これで温度調整するのか」
ドニが知れば、それはもう話が盛り上がるだろうなと埒もない考えが浮かぶ。
(いやいや、離婚するわけだから……でもなあ……)
知識を得るだけなら、彼女との結婚はありだ。
そう思ってしまう自分に苦笑した。いつだってそういうふうに自分は動ける。きっとこうやって流されて大公にもなるのだろう。
でもそれでいいのだろうか。
「いやでも彼女、あれはな。……使えない……」
使えないから、結婚しないのか。
だったら使えれば、結婚するのか。
嫌な二択だ。
あたたかい湯の中にいるせいか、考えることに疲れたエレファスは、そのまま顔を半分湯に沈めた。