軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

エレファス・レヴィの結婚(4)

逃げ出した実家の居間にそのまま転移して戻ったのだが、ネイファはいなかった。

置きっぱなしだった荷物は邪魔にならないよう壁際に移動されていたが、暖炉の火も消えている。

とにかく説明する必要がある。無理に結婚せずともかまわないこと、すでに離縁の許可は得ていること。それが彼女の今後の人生に不利には働かないこと。

そう思って、彼女をさがすために居間を出た。廊下にも埃がない。手入れはしてくれていたはずだが、ここまで綺麗にしてくれたのはネイファだろう。

エレファスが夫だから、ここが自分の家だと、そう思って――そう考えると、申し訳なさが出てきた。少なくともここ一週間、この家を綺麗にしてくれた彼女の努力や気持ちを無駄にすることになる。

(――技術者として滞在することになったら、宿代わりに使ってもらうか)

どうせ部屋も余っている。それも打診してみようと判断して、エレファスは次々部屋の中を確認するが、肝心の彼女が見つからない。

外出したのだろうかと、外へ出た。

かつては立派な街並みがあったレヴィ一族だが、今は村といった方がいいほど狭い。領地はあるが、人がいないのだ。

だがそれもこれから変わっていくだろう。

そう願いながら進んだ先で、人だかりが見えた。何事かと思っている間に、怒鳴り声が飛んでくる。

「どういうつもりだ、この小娘!」

「どうもこうも。そのやり方は非効率だ、と言っておりますのよ」

冷たい鋭さがある声は、ここまではっきりと通る。

彼女だ。エレファスが慌てて向かうと、見知った顔が道をあけてくれる。その間にも喧噪はひどくなっていった。

「俺達には俺達のやり方が」

「そのあなた方のやり方で通用せず、レヴィ一族はここまで無能に成り下がったのでしょうに」

「なんだと」

「黙って聞いていればよそ者が!」

「よそ者? 私はエレファス・レヴィの花嫁、いずれ大公になる男の妻ですのよ。その指示がきけないというのは、いったいどういう了見なのかしら?」

勝手に何を言っているのか。思わず舌打ちが出た。

その権威の振りかざし方は一番困る。少し考えればわかることだろうと、エレファスはやっと人の壁から抜け出る。

(物作りができるだけで、政治ができないタイプか? なら厄介だ)

早々にお引き取り願いたい。そう思って見た見知らぬ妻は、背筋をまっすぐ凛と立っていた。

大勢を前に、一歩も譲らない瞳で、真っ向から立っている。

「頷けないというのならば、あなたがここから出ておいきなさいな。あなたはこれからのレヴィ一族に不要です。あなたのような方々がここまでレヴィ一族を困窮させたのだと、自覚していただきたいものだわ」

「な、に、を……!」

「恥ずかしくないのですか。老害とよばれることに――変化に耐えられぬほど、弱くなったことに」

対峙しているのは、レヴィ一族の中でどうにか魔石の加工技術をつないできた職人集団だ。だが魔石の職人と言ってもレヴィ一族。当然、魔力は持っている。

はっとエレファスが顔をあげたとき、その怒りは魔法に変わっていた。

ごおっと風が巻き起こり、炎になったそれがまっすぐ彼女に向かっていく。

だが彼女は眉をかすかに動かしただけで、指にはめている指輪をまわし、手を前にかざした。瞬間、魔法が霧散する。

「な……」

「私がどこからきたのか、もうお忘れですの? 私は聖王バアル・シャー・アシュメイルの後宮にいたのですよ。そこで聖具を開発していた、と最初に説明したはずですが」

魔力は聖なる力の前では消え失せる。

彼女を魔力で叩き出そうとしても無理だ。

「こんなこともあるかとバアル様は私に聖石を渡してくださいました。自分達の狭量さを聖王に見抜かれていたこと、恥を知ればよろしいわ」

ふんと勝ち誇った顔に、エレファスは苦い顔になる。

(プライドが高い。加えて聖王を慕っている、か……色々面倒そうだ)

聖王の命令だと張り切ってここにやってきたのであれば、使命感に燃えているのだろう。

だが、これでは協調性も何もあったものではない。面倒ごとしか引き起こさない可能性が高い。

だから言ったのに、と思いながらエレファスは進み出る。

「そこまでです」

「エレファス」

帰っていたのかという皆の視線を受けながら、エレファスはまず笑顔を向ける。

そうするといきなりネイファからにらまれた。

「なんですか、その顔は」

「え?」

「へらへらと、しまりのない。しゃきっとなさったらどう、阿呆ですか」

人生経験上、笑顔は得意である。あの皇太后ララの暴挙に耐えてきたのだ。

こんな見知らぬ女性に何を言われたところで流せるはずなのが、ほんの少し笑顔にひびが入りそうになった。

たぶん、心の奥底に、結婚したとかいう衝撃が残っていたからだろう――つまりこう思った。

ほぼ初対面とはいえ、仮にも夫に向ける態度か、それ。

「大体どこに行ってらしたのです、いきなり目の前から消えて」

「……皇都に」

「ああ、魔王様に泣きつきにいってらしたの? 結婚など聞いてないと」

鼻で笑われた。なんか傷ついた。

「あなたも無駄なことがお好きね。それで? まずこの場はどうされるの。この者は私を傷つけようとしましたけれど、処分は?」

「……先に手を出したのは彼です。ですが、あなたの言い方も問題」

「言い方? 言い方で人は死にませんわ、魔法を向けられれば死にますけれど」

「尊厳を傷つけられれば、人は死にますよ」

エレファスの反論に、ネイファが目を細めた。そのあと、嘆息する。

「一族を衰退に追い込む一個人の尊厳、ですか。そんなものを認めるのは、ただの甘やかしだと私は思いますわ。そうやってあなたにおんぶに抱っこされて、恥ずかしい一族ですのね」

「あなたは俺の一族を侮辱しにきたんですか」

「ではおうかがいしますけれど、私の言っていることに間違いがあって?」

「正論で人は動きません」

「間違ってはいないとお認めになるのね。でも、そう口にはしない。ただうまく立ち回り、いつの間にか自分の希望を叶える――まあ、それでもよろしいのでしょうけれど」

いつものやり方を見透かされて、エレファスは一瞬言葉につまった。

だがすぐに、気を取り直す。

「丁度いい、話があったんです。アシュメイルの後宮の現状は俺も知っています。あなたが技術者で、レヴィ一族にそれをもたらそうとしてくれていることも。ですが、俺に結婚する気はありませんし、あなたがレヴィ一族に必要だとも思いません」

「まあ。ではどうなさるおつもり?」

動じるどころか面白がるように、ネイファが首をかしげてみせる。舌打ちしたいのをこらえて、冷静にエレファスは告げた。

「すべての話を白紙にしてもらいます。離縁してもあなたに不利益がかぶらないよう、バアル様とクロード様に確約はとりました。あなたがここにいる必要はありません、どうぞお引き取りを」

「離縁するとおっしゃるの。私はアシュメイルでも五本指に入る技術者ですのに」

「ここまでのやり取りで十分、理由はおわかりでしょう。あなたはここに向きません、そしてここもあなたを受け入れられません」

エレファスの言い分に、うしろの面々が大きく頷く。

決してエレファスはこの者達に支持されているわけではないのだが、共通の敵がいればそういうものだ。半分呆れつつも、エレファスは眼前に集中する。

「出て行っていただけませんか。……俺の実家を綺麗にしてくれたことには、あとで報酬を払いますので」

ネイファが目を丸くする。と、突然くっと喉を鳴らしたあと、笑い出した。

啞然とするエレファス達の前でひとしきり笑ったあと、ネイファが妖艶な笑みを浮かべてこちらを見あげる。

「……私のこの一族に対する見解を言いましょう。時代遅れ、伝統と悪習の区別もつかぬ愚か者達が牛耳っている。現状を理解できず、無能なことも受け入れられず、駒に使われるだけの負け犬集団。できるのは魔法という曲芸だけ。ひょっとして猿が魔法で人間に化けているのかしら?」

「こ、この女……っ」

「俺にまかせてください。……でしたら出て行っていただけますね?」

いきり立つ皆を制して、エレファスは笑顔で確認する。ネイファは鮮やかな笑顔を返した。

「そんなお山の大将の男の言い分など、私が聞く必要があって?」

エレファスは頬を引きつらせる。

今まで何かと非人間扱いされてきたが、正面から猿扱いは初めてだ。いっそゴミとかのほうがましな気さえしてきた。

しかもこんな上下関係もない赤の他人状態の美女に言われると、かなり傷つく。

「何か私に要求するなら、せめて人間になってからおっしゃいな」

ぴしゃりと言い切って、ネイファはきびすを返そうとして――振り向いた。

「さきほど私が言った作業。明日までに終わらせなさい。でなければ工房ごと不要とみなしますわよ」

エレファスのうしろにいる面々ににらみをきかせて、ネイファが背を向ける。颯爽としたその背中はいっそかっこよくさえ見えるのだが。

(……早く離縁しよう、うん)

自分の自尊心の安寧のために、エレファスは笑顔のまま固くそう誓った。