軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

エレファス・レヴィの結婚(3)

手加減という文字はエレファスの頭になかった。

目の前にいるのは魔王である。ついでにチェスの盤面を挟んで聖王までいる。ここで全力を出したところで何か問題あるか、いやない。

現に爆発してもおかしくない部屋は、窓硝子ががたがたいうだけですんでいるし、これだけの爆風が吹き荒れてもテーブルの上のカップひとつ倒れない。

テーブルを挟んでチェスをしているクロードとバアルも、涼しい顔である。焦っているのは、申し訳ないことに同僚のほうだ。

「エレファス、なんだどうした、休暇じゃなかったのか!? やっぱり罠だったのか!?」

「お、落ち着いてほしい。愚痴なら俺達が聞く!」

「ありがとうございます、ウォルトさんにカイルさん。ですがまずクロード様、お話があります……!」

ぎろりと視線を向けるとクロードがすっとぼけた顔で言った。

「帰りが早かったな。そんなに僕を心配しなくても」

「そういう話じゃないってわかってますよね!? 結婚ってなんですか!?」

「驚いただろう」

ぶちっとこめかみあたりの血管が切れる音が自分で聞こえた。

同時にエレファスの魔力で家具が浮く。だがバアルがぱちんと指を鳴らせば、あっという間に鎮まった。

「なかなか強いな、この魔道士」

「僕のかわりもできるからな」

「そんな話はしてません! どういうことか説明してください! なんで実家に帰ったら俺に嫁がいるんですか!!??」

ええ、という顔でウォルトとカイルがクロードを見る。

「エレファスに嫁? お前、いつの間に結婚したの」

「聞いていないぞ。お祝いとか、そうだ結婚式も」

「知りませんよ俺だってついさっき聞いたんです! 久しぶりに実家に帰ったら知らない間に知らない嫁がいたんです!!」

チェスの手を止めたクロードは、怒鳴るエレファスに向き直った。

「お前の幸せを願って」

「俺の! 目を! 見て! 言ってください」

「やかましいぞ、お前。ネイファの何が不満だ。あれは余の後宮でも五本指に入る美人だぞ」

横からバアルが口をはさんだ。

「人買いに連れてこられた娘だが、後宮入りのために教育されてきた女だ。教養もある、礼儀作法もできる。厨房の下女をやっておったから料理もひととおりできるはずだ。年は二十三、まだ十分若いだろう。お前より一つ上だったか? 釣り合いも十分とれているはずだ」

「……本当に、後宮にいたんですか」

「なんだ。余は手を出しておらんぞ安心しろ」

「そういうことを聞いてるんじゃありません! 何が理由でこんなことをしたのかという」

「お前の幸せを考えてだ」

まだぬけぬけと椅子に座ってクロードは主張する。椅子の横に立ち、エレファスは主を見おろした。

「俺の目を見てもう一度どうぞ」

「……」

「俺はまだ空中宮殿であなたが俺達ごと撃墜したこと、忘れてませんからね」

「…………」

「何をたくらんでこんな真似したんです」

「……言えば怒ると思ったから」

「言わないともっと怒りますよ決まってるでしょうが!!」

怒鳴ったエレファスにクロードが首をすくめる。うしろで、ウォルトがつぶやいた。

「エレファス、だんだん怒り方もキース様に似てきてないか」

「まあ、エレファスの仕事はキース様と重なってるところが多いからな……」

「……彼女は、聖具を作れるそうだ」

しぶしぶといったように口を動かしたクロードに、エレファスは眉をひそめる。だが一気に頭が回り始めた。

エルメイア皇国は魔石から魔具というほどのものを作れない。皇族に生まれたクロードが魔王だったせいで、魔力自体が忌み嫌われたせいだ。レヴィ一族も被支配階級に落とされたせいで、まったく研究も技術開発も進まなかった。

かたやアシュメイルは聖石を発掘し、聖具を作ることにも長けた国だ。魔力と聖なる力、魔石と聖石。それぞれ相反するものではあるが、ハウゼル女王国が魔石と聖石を合わせて神具を作ったように、根本の理論は同じである。

ハウゼル女王国の空中宮殿でドニを手伝っていたエレファスは、聖石の技術が魔石にも転用できると考えていた。

それがレヴィ一族に持ち込めれば未来がある、とも。

「つまり、彼女は布石ですか。レヴィ大公国を魔石の技術国――魔具を作れる国にするための」

「そうならなければ、またレヴィ一族は魔力を使って労働力を提供するしかない。それでは同じことの繰り返しだ。魔力以外にも魔具という新しい価値を提供できるようになるのが最善だと判断した。人間というのは魔物も魔力も恐ろしがるが、それが道具に変わると脅えなくなる生き物だ」

何ひとつ文句はない、むしろ諸手をあげて賛成したい展望だ。

だが。

「それでなんで俺が結婚することになるんです……!? アシュメイルから技術者を呼べばいいだけですよね!?」

「レヴィ一族は警戒心が強い。下手によそ者を呼んだところで学ぼうとせず、摩擦が増えるだけだろう。あからさまに僕や聖王がレヴィ一族を支援すれば、周辺貴族から反発も買う。そこで僕の寵臣である、お前だ」

はっきり寵臣だと真正面から言われると、なんだか勢いが削がれた。

「お前なら、聖王の後宮に勤めていた女性を娶ってもおかしくない。いずれ大公になるだろうと思われている人間だからな」

「……俺は承知してませんけどね、その話」

「お前の感情の話じゃない、お前がどう思われてるかの話だ。お前にはいい加減、大公になりますと自分から言う気概を持ってほしいんだが」

エレファスは嘆息で回答をごまかして、話を戻した。

「要は最初の緩和剤になってもらうんですか、彼女に。それ、彼女も承知してるんですか?」

「しておるぞ。後宮から妃をなくすのは余の勝手だ。妃からしたら突然のクビだからな。本人の希望くらい確認している」

「希望? あいにくですが俺は身分もなければ財産も権力もないですよ」

自虐をこめて牽制すると、バアルに胡乱気に見返された。

「聖具とか魔具とか作るのが好きなのだ、ネイファは。余もそれで目をかけて、上級妃にした。魔竜に対抗する力がほしかったからな」

バアルが魔竜と戦うため、聖なる力を持つ女性を後宮に集めていたことは、エレファスも聞いている。聖なる力がなくても聖具を作れるならば、ネイファもその戦力として見込まれたのだろう。

だがバアルは今、後宮から妃をなくそうとしている。実家に戻れない者や聖竜妃の世話係は残すようだが、正妃ロクサネに寵を偏らせる以上、他の妃をできるだけ支援しつつ解放する方針のようだった。親の都合で後宮に入れられた娘などは、思い人が功をあげればバアルからの褒美として降嫁が許されると、迎えを待っている妃もいるらしい。また逆に、後宮に思う娘がいる男達が功を立てて降嫁を許してもらおうと動き始めているとも聞いている。

そこから総合するとつまり――。

「……彼女にとって俺の妻の座は、魔具の開発ができる次の就職先になった、ということですか」

しっくりくる経緯に、エレファスは息を長く吐き出す。

「それならさっさとそう言ってください。なにごとかと思ったじゃないですか」

「お前は説明したらうまく逃げるじゃないか。根回しだけはやたら早いしうまいし」

「褒め言葉として受け取っておきます」

冷めた目で言うと、クロードがしかたないとでもいうように深く息を吐き出した。

「政略的なものだということは理解しました。ならこれ、政略的に意味がないなら離縁できますよね?」

「おい、余の妃を突っ返す気か。たかが魔道士の分際で」

「でないと彼女が可哀想です。うちは筋金入りの引きこもり一族なんですよ。しかも俺の立場は微妙です。アシュメイルからの技術集団として訪問したほうがまだ動きやすいはずですよ。彼女にとっても悪い話じゃないはずです。説明して離縁してもらいます」

「でもお前、この間、結婚したいって言っていただろう?」

撃墜したくせに、そのあたりちゃっかり覚えていたらしい。エレファスは呆れ半分に答える。

「それはあのとき、死ぬかと思ったからです。自分の結婚相手くらい自分で選びますし、さがしますよ」

「お前が……?」

「なんですかその顔は。できないって言いたいんですか」

なぜか沈黙を返された。

むっとしつつ、むきになると負けな気がして、エレファスは話を戻す。

「ということでこの話はなしです。アシュメイルとの仲や体面的な問題があるなら、離縁の時期については応相談で」

「……ふん、よい。離縁したければすればよい。余がエルメイアにいる間なら、無条件でネイファを引き受けてやる」

ぱちりとクロードがまばたいて、バアルを見た。

「いいのか?」

「かまわん。国の問題にはせぬことも約束してやろう。ただし、ネイファが承知したらだ」

「きちんと説明はしますよ」

まったく、貴重な休日の一日目の大半がつぶれてしまった。

彼女には事情を説明して、そうだ、もしよければレヴィ一族の視察でもして帰ってもらおう。皇都アルカートへと彼女を送れば問題なくアシュメイルに送還してもらえることを確認して、エレファスは再び転移した。

「……言っておいたほうがよかったのでは、彼女の気持ちについて」

「こういうのは他人が口をつっこむことではなかろう」

「でも僕は反対だ。結婚させたくなかった。僕の魔道士なのに」

「諦めるんだな。余の後宮で上級妃にのぼりつめた女だぞ。惚れた男は逃がさぬわ」

ぎょっとしたウォルトとカイルが叫ぶ。

「え!? 政略結婚じゃなくて!?」

「エレファスを? どこで」

たちまち色めきだつ護衛に、クロードは人差し指を立てる。

「内緒だ。お前達も、エレファスには黙っているように」