作品タイトル不明
エレファス・レヴィの結婚(2)
故郷に帰るといっても移動は転移で一瞬だ。ただ、支度に時間がかかってしまう。
清々しい気持ちで迎えた休暇一日目、部屋の掃除をし、雑務をすませ、故郷ですごす三泊分ほどの着替えやら何やらを旅行鞄に詰め終わる頃には、昼前になっていた。
まるで旅行するかのような慌ただしさと忙しさである。
(しかたないか。ろくに帰ってないから、用意していかないとさすがに三泊はつらい)
エレファスの家族は全員死んでいる。
家だけは残っているが、人が住んでいないので傷んでいくばかりだ。皇太后ララに仕えていた頃は、あんな奴はレヴィ一族ではないと、嫌がらせまがいで火をつけられたこともあった。エレファスの行動に理解を示してくれた側が消し止めてくれてぼやですんだのだが、その修繕もせず、放ったらかしになっている。
家についたら真っ先に寝場所を作らねばならないのではないかと思いながら、荷物を確認する。
「ああそうだ、お土産を買っていかないと」
ぼろぼろの実家を月に一回、掃除にきてくれている子ども達やなじみの女性達を思い出し、エレファスは森の古城に与えられた自分の部屋を出た。
重い荷物を魔力で運ぶ途中、廊下でゼームスとすれ違う。
「ああ、休暇か。――これから故郷に?」
「はい。ゼームス様に休暇は?」
「私はドートリシュ公爵に政治を教わっている身だからな。クロード様が休めと言って休めるものでもない。いずれミルチェッタは視察に行きたいと思っているが」
「オーギュストさんの転属と合わせて、移動になるんですかね」
「そうなると思う。……ああ、すまない。もう休みだったな」
いつも通り仕事の話になってしまった。エレファスが苦笑いを浮かべると、ふとゼームスが口を開きかけてやめる。
「何か?」
「……いや、気をつけてな。こっちは心配しなくていい。ああそうだ」
すっと右手を差し出された。
「レヴィ大公国、おめでとう」
まばたいたエレファスは、ゼームスの顔を見て、手を握り返す。
「ミルチェッタ公子に俺が返すのはつりあわない気がしますが、有り難うございます」
「何を言う。お前が大公になるんだろう」
「クロード様はそう考えていらっしゃるみたいですが、俺にはつとまりませんよ。その気もないですし」
曖昧に笑ったエレファスに、ゼームスはそうかと引いた。
「何かきっかけがあれば変わることもあるだろう。それも含めて、考えてくるといい」
「はは。話し合いはしますが、もめそうで怖いですよ、今から」
笑ってゼームスと別れたエレファスは、古城を出る。
旅行鞄を持っているエレファスの頭上を、白いカラスが飛んでいった。
「エレファス! 休暇! 見送リノ舞!」
そんなものまでできたのか。
上空を見ていると、綺麗に整列して飛んだ烏たちが青空をまっすぐ太陽に向かって上昇し、と思ったら左右に綺麗にわれた。光の影になって、まるで太陽が花びらを降らせたように見える。
「すごいですね。綺麗だ」
「任セロ! イッテラッシャイ!」
「魔王サマ、待ッテル! 帰リ、楽シミ!」
「オ土産、忘レルナ!」
「ええ、もちろんですよ。君達も、聖王様につかまらないように頑張ってくださいね」
見送られるということは、帰る場所があるということだ。そんなことを思いながら、まず第三層へ足を運び、お土産を選ぶ。
女性達には、この間の一斉開花でまだ安売りが続いている花を買い、子ども達にはオベロン商会のお菓子を選んだ。会員割引の恩恵は大きい。
「さていくか」
準備万端だ。転移が人目につくと厄介なので、人気のない建物裏に移動し、エレファスは両目を閉じる。
両目を開けば、ぼろぼろで、見るたびにもう自分には戻るところなどないのだと教えてくれる我が家になるはずだ。
いつもそうやって、エレファスは故郷を取り戻さなければ、守らなければと決意を新たにする。
ああでも今回くらいは、少しくらいゆっくり、掃除でもしようか。
――そう思って、目を開いた。
「……あれ?」
まず、綺麗に磨かれた床が見えた。
顔をあげたエレファスは、薪が燃え落ちる音を聞いて、振り返る。いつも灰と埃と蜘蛛の巣にまみれている暖炉は綺麗に掃除されており、あたたかい火が灯っていた。
(誰か掃除にきているのか? いやでも、火をいれるなんて)
そばにあるテーブルに抱えた土産をおろそうとして、そこにも埃がないことに気づく。花瓶には、花が活けられていた。
まさか転移先を間違えたかと見回すが、家具や置物は記憶と同じだ。ただどれもきちんと磨かれている。やたらと部屋が明るく見えるのは、ぼろぼろだった壁紙が張り替えられているからだと気づいた。
薄汚れていた窓硝子も、室外の気温差で曇っているだけで、汚れていない。
建物の構造が変わったとか、劇的に何か変化があるわけではない。ただ、綺麗になっている。温かみがある。部屋の匂いが違う。
まるで、家族が生きていた頃のように。
(……しかも何か、食べ物のにおいも、する、ような……?)
ドアノブが回る音がした。やはり誰かいる。
反射で身構えたエレファスは、ドアを魔力であけた。
いきなり開いた扉にびっくりした顔をして、盆を持った女性がひとり立っていた。
知らない女性だ。レヴィ一族でもない。レヴィ一族は人数が少ないのだ。もちろん、どこかで捕らえられていたレヴィ一族が戻ってきたということはあるが、それならエレファスがクロードの代理で一度は面談しているはずである。
(――というか、エルメイアの人間じゃないな)
エルメイア皇国では珍しい墨色の髪に、紫がかった青藍の瞳。何より、着ているものがどこか異国風だった。落ち着いた紫紺の生地で作られたドレスは大きく胸元が開いたワンピースの形をしているが、縫いこまれた刺繍の意匠がこちらのものではない。たくさんのビジューやレースがついた踵の高いサンダルも、なんだかアシュメイルのものを無理矢理エルメイア風に変えたような形をしている。
「おかえりなさいませ」
盆を持ったまま、女性がそう言った。
静かで、いっそ冷たくも聞こえる声色だった。
「お戻りならそう、言ってくださいませ。驚きますでしょう」
責めるように言われて、エレファスはまばたく。
敵意は感じられなかった。経験上、そういったものには敏感なほうなので、読み違えることはないだろう。
女性は涼しい足取りで居間に入ってきて、綺麗に拭かれたテーブルの上にお盆からシチューの入った皿を移す。
「お昼がまだでしたら、お先にどうぞ。私の分もすぐ持って参りますので、遠慮なさらず」
「……あの、君は?」
一応、愛想笑いを浮かべながら尋ねると、じっとためすように見返された。
「聞いておられません?」
「……聞いておられませんね」
「そうですか」
素っ気なくつぶやいたあと、女性はお盆をテーブルに置いて、エレファスに向き直った。
初めて正面から見て、ものすごく美人だということに気づいた。
逆卵形の顔のかたちに、整えられた眉。目元はきりりとしていて、紅の引かれた唇と相まって色っぽい。すらりとした肢体、艶のある長い髪も、肌のきめ細かさも、整えられた爪も。とても一般庶民には不可能な手入れ具合だ。
これはどこか、いいご身分の女性に違いない。そんな女性がなぜ――何か、保護する案件でもあっただろうか?
(いや、俺は休暇中だし。それなら故郷に戻れと言われたときに、何か言われているはず)
まさか伝達ミスだろうか。ひょっとして失礼なことをしているのでは、と頭が回ったところで女性が口を開いた。
「一週間ほど前に、アシュメイルからこちらに嫁がせていただきましたのよ。ネイファと申しますの」
エレファスは首を横に倒した。
「これまではアシュメイルの後宮で上級妃としてバアル様にお仕えしておりました。ですので、私は再婚になりますわね」
「さい、こん」
誰と誰の話だ。理解が追いつかないので、とりあえず聞こえた単語だけを繰り返した。
ゆったりと頷き、ネイファと名乗った女性が首をかしげていたずらっぽく続ける。
「不本意でしょうが、あなたも命令とあらば従わぬわけにはいかないでしょう? 諦めて観念なさることです」
「……」
「ああ、疑うのであればこちらをご覧になって」
なぜか胸の間から、丁寧にたたんだ羊皮紙をネイファが出した。そして、ぴらぴらとそれをエレファスの目の前にかざす。
「話はおわかりになって?」
「……おわかりにならないです。なんですかこれ、俺、知らないです」
「あなたの知らないところでも世の中は動きますものね。これはエルメイアの皇帝陛下とアシュメイルの国王陛下、それぞれからいただいた婚姻許可証――」
最後まで話を聞く前に、エレファスは単身、転移した。
もちろん行き先は、さっき出てきたばかりの魔王様のもとである。