作品タイトル不明
エレファス・レヴィの結婚(1)
休暇というあまり縁のなかった言葉を皇帝から直々に聞かされて、エレファスは護衛ふたりと一緒に目をしばたたいた。
「え、クロード様。それってなんの罠です?」
「その手にはのりません」
真っ先にウォルトが無礼な反応をし、それをいつもとがめるカイルまで真顔で追及を始める。
近臣を私室に呼び出したクロードは、肘かけに頬杖をついて眉をひそめた。
「どうしてそんなふうに言われるんだ。お前達をいたわろうと思ったのに」
「クロード様は今、アイリーン様とお花畑真っ最中ですよね。俺をまた身代わりにして皇帝業務を放り投げる場面ですよね?」
「エレファス。お前、最近、小言の言い方がキースに似てきてないか?」
「恐れ入ります」
けろっとそう返すと、つい先日、皇都をお花畑にした皇帝は、お茶を淹れている従者に目を向けた。
「キース、どう思う?」
「自業自得ですよ、我が主」
「……。即位式まで休みなしだっただろう。だからお前達に少しでもまとまった休暇をと思ったんだが、なぜここまで言われるんだ……」
「だから自業自得です。安心してください、三人とも。罠ではありませんよ」
「わかった、じゃあドッキリですねー」
「休暇に見せかけた任務ですか?」
「私めが保証しますよ、本当に休暇です」
ウォルトとカイルにたたみかけられて、キースはふんわり笑う。
その瞬間、ウォルトとカイルの間に衝撃が走ったらしい。
「え、どういうことですか。死ぬんですかクロード様!?」
「そんなに悪くなる前にどうして俺達に相談をしなかったんですか!」
「休暇を与えようと言っただけで、なぜ僕はここまで言われるんだ?」
「はいはい、話が進みませんから私めが説明しますよ。あなたたちが心配しているとおり、クロード様を放ってはおけないので休暇は順番です」
「順番、ですか」
エレファスの確認にキースが頷いた。
「今は聖王様がご滞在なので、それでいけます」
「待て、どうしてそこであいつが」
「見つけたぞクロード! お前、何をしとるんだ。今日は余と魔物の森を散策する予定だろうが!」
呼ばれたようなタイミングでぱっと空中にバアルが現れた。ありえないと思われていた魔王の友人という地位を確立した聖王は、魔王相手にもまったく物怖じしないうえ、魔物の生態に興味があるらしい。
「さっさと用意をしろ、別にお前を置いていっても余はかまわんのだぞ」
「待て、魔物が脅える。お前はすぐ追いかけ回すから」
「魔物が逃げるからだ」
「聖王が追いかけたら当たり前だろう!」
「いいから早くしろ。夕方は晩餐会がある。そこの出席する面々の情報も話せ。ああそうだ、今夜は呑みにつきあってもらうぞ」
「お前、身重の妻を置いて夜遊びする気か」
「ロクサネも了承済みだ。アイリーンがよくしてくれるのでな、快適にすごせているらしい。今夜はふたりで月見をしたいと言っておったから」
「ちょっと待て、僕はそんな予定は聞いていない」
「休ませてやれ。昨夜もほとんど寝ておらぬと聞いたぞ。がっつきすぎだ、馬鹿が。パフェを食べるのもついていったし、もうそろそろ妻個人の時間を持たせてやれ。べったり妻にひっついているだけが夫の役割ではなかろう」
クロードが黙った。
たとえばキースが注意しても「考慮しよう」とか流してしまうクロードだが、バアルに言われると屈辱なのか、目が据わっている。
しかし、バアルがそんなことを気にするわけがない。
「ということで、お前の予定は余が埋めてやった。おい従者、さっさと支度をさせろ。余を待たせるとは――」
「失礼致します、バアル様はこちらにおられますか! おられますね!」
ばんと派手な音が鳴り響いて、今度は聖王の護衛が現れた。おう、と聖王が目を丸くする。
「よく余の居場所がわかったな、アレス」
「俺は逃げ回るあなたを政務に引きずり出すのが、長年の日課でしたので!」
「あーうるさい、昔のことを持ち出すな。で、なんだ。お前、休暇をやると言っただろう」
「異国でこんな紙切れ一枚でそう告げるなんて、正気の沙汰ではない!! いったい何をたくらんでおられるのか!!!!!」
ほとんどクロードと同じ理由の雷が落ちた。
そのままバアルは、アレスに「あなたはいつもそうだ」とか「子どものときは」とか小言をくらっている。そこにクロードが加勢するものだから収拾がつかなくなってきていた。
「――ということで、あなた方は休暇です」
あっちも苦労しているなと思いながらその騒ぎを見ていたエレファスだが、キースに話を戻された。
ウォルトが困惑気味に確認する。
「マジでいいんです?」
「大丈夫ですよ。今、見たでしょう」
「聖王様がいればクロード様はそっちと遊ぶ、そうするとアレス様が護衛としてそのあとを追いかけ回すので手がたりるということですか」
エレファスの確認に、キースは感慨深く頷いた。
「そうです。私めもずいぶん楽です」
聖王は偉大だ。ウォルトが苦笑いを浮かべる。
「聖王様は聖王様で奥さんの手綱強いからな。政務関係は絶対はずさないし」
「詐欺ではないことは理解しましたが……」
「とはいえ、聖王様と一緒に暴走すると厄介ですから、順番でひとり四日です。最初はエレファスさんから」
「え、俺から? いいんですか?」
臣下になった順番を考えれば、エレファスはいちばん後輩だ。ここはウォルトやカイルからではないのかと思ったのだが、キースは頷き返した。
「まだ即位の関係で集まりも多いので、ウォルトさんとカイルさんは飾りでも置いておかないといけないんですよ。ですので、まずエレファスさんからです。それからまたスケジュールをみて休暇、というふうに調整して回します。三人目の休暇に入る頃には確実に聖王様もお帰りになっている時期ですから、身代わりがいるかもしれませんし」
つまり、一番仕事、もとい魔王様のお世話が楽な時期に抜けて、一番大変な時期にいろということである。ウォルトとカイルから憐れみの視線を向けられた。
はあ、と肩を落としながら、エレファスは頷く。
「そういうことなら。明日からですか?」
「ええ。ああ、でもひとつだけエレファスさんには条件があって。故郷に帰ってほしいんですよ」
「それはもちろん、帰るつもりです。せっかく故郷が戻ったんですから」
新皇帝就任の恩赦はふたつあった。
ひとつめは、異母弟であるセドリック皇子の婚姻を認めること。
ふたつめが、エレファスの故郷の復権――レヴィ一族に以前とほぼ同じ領土で、レヴィ大公国としての復権を許すことである。
もちろんそう「決まった」だけで、大公を誰にするのか、中身は吟味中だ。猜疑心を募らせた一族の中には、エルメイア皇国の判断を信じていない者も多い。
折を見て、皇帝の使者としてではなく、一族の人間として故郷に戻らねばならないと思っていた。今回の休暇は話し合いのいい機会になる。特にエレファスは同族というより魔王の臣下と見られがちだから、仕事でない時間をとれるなら有り難い。
(……まさか、そのために?)
今後の予定についてバアルと何やら話し合っていたクロードが、ふとこちらを見た。
「いってくるといい、エレファス。そのかわり、ちゃんと休暇が終わったら僕のところへ帰ってくるように」
微妙にこみあげてくるものをあわてて押さえ込み、エレファスは頷く。
「ではお言葉に甘えて。……あの、そういえばキース様の休暇はいつ」
「キースに休暇?」
首をかしげたクロードの横でキースが眼鏡の鼻当てを持ちあげ、そっと窓の外へと目をそらす。
すべて察して震えたエレファスたちは「休暇、有り難う御座います!!」とそろって直角に頭をさげた。