軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

皇帝夫妻の一日目・2

立てないとぐずっていたアイリーンだが、昼頃にはすっかり持ち直していた。

ロクサネと一緒に朝食をとらせたのが功を奏したようだ。フォークでスクランブルエッグをさらにぐちゃぐちゃにまぜながら泣き言を言うアイリーンに、きっぱり「慣れです」と言い切るロクサネは、主人にとって貴重な友人だとレイチェルは改めて再確認した。

妻の使命にめざめたアイリーンは夫を満足、もとい主導権を奪い返せる策を考え始めたようで、今夜も勇ましく寝室に入ってくれるだろう。

たとえよからぬことを企んでいても、レイチェルの仕事は寝台送りにするまでなので、その先はクロードにまかせればいい。

(クロード様のことばかり考えて、皇都中筒抜けになっていることをまったく気にしていないのは、さすがというかなんというか)

――魔法の花、皇后陛下ご懐妊祈願につき特売!

考えようによっては不謹慎極まりない宣伝文句で、花売りが本日一斉開花した瑞々しい花々を売っている。他にもこの季節には収穫できない野菜が、売り逃してなるものかとなるばかりに店頭に並べられていた。皇都の商売人はたくましい。

少し遅めの昼休みに第三層までやってきたレイチェルは、苦笑気味にそれを眺めていた。

クロードの魔力は天災と紙一重だ。その結果がこんなふうに受け入れられるのは、新しく皇帝となったクロードへの評価が高いことのあらわれだろう。魔王の力ではなく愛の力だというくすぐったい謳い文句を耳にするのも、祝福からくるものだ。

しかし今日は本当にさわやかな陽気だ。待ち合わせの相手である婚約者が喫茶店の中ではなくテラス席にいるのも、そのせいだろう。

姿を見つけたレイチェルがぱっと顔を輝かせたのとは反対に、アイザックはものすごいしかめっ面になる。

その理由はすぐにわかった。

ひょいっとドニやジャスパー、リュック、クォーツといったいつもの面々が顔をのぞかせたからである。

「こんにちは! アイザックさんの待ち合わせってレイチェルさんだったんですねー」

「ははーなぁるほど、だからさっきからオジサン達を追い払おうとしてたんだ」

「邪魔をしないでおきましょう。ほらどうせ俺達は古城でこのあと一緒に仕事ですし」

「……そうだな。デートを邪魔しては、いけない……」

「いいから早くどっかいけ! 昼休みなんだよあっちは!」

怒鳴り散らしたアイザックににやにやしながら皆がレイチェルと入れ替わりに席を離れる。「会計は全部あの人が払いまーす」という無邪気なドニの声が最後に響いた。

げんなりした顔でアイザックがつぶやく。

「だからやだったんだよ、外で待ち合わせるの……」

「す、すみません。今度から気をつけます……」

レイチェルが第三層に買い出しの用事があるから、外で昼食を一緒に――となったのだ。しかもこの店は、レイチェルがずっと行きたかったランチがある店で、少し申し訳なくなってしまう。

アイザックはからかわれるのが嫌いだ。

しかし、オベロン商会の面々は遠慮なくここぞとばかりにいじりにくる。こと婚約に関してはその傾向が強いため、レイチェルもアイザックの機嫌が悪くならないよう気をつけているのだが。

「……別にお前が謝ることじゃないだろ。それより早く座って、注文すれば」

机の上に散らばった書類を片づけながら、アイザックが正面の席を顎でしゃくる。

それだけでレイチェルは嬉しくなってしまう。

アイザックは素っ気ないが、ところどころびっくりするほど甘い気遣いを見せる。

たとえば、だいぶ遅い時間なのに昼食をとらずにレイチェルを待っていてくれたところとか、食べる速度を合わせてくれるところとか。

「皆さん、商魂たくましいですね。朝起きたら春になってた、なんてびっくりすると思うんですけど、愛の力だってお祭り騒ぎで」

「ああ、そういうことにしといた。何もせずに作物大豊作ってまずいだろ。これは特別ってことにしとかねーと、不作のときに、なんで皇帝様はお力を貸してくれないんだーとか不平不満言い出す奴が出てくるから」

そしてレイチェルが思いもしないことを、いつも考えている。

「クォーツみたいな奴は、魔王様の力で植物が育つの嫌がるんだけどな。研究の邪魔になるって。でも大半の人間は楽なほうに流れたいもんだろ。魔王様に明日は同じことすんなって伝えとけよマジで。アイリーンにも言っとけ」

「は、はい」

「無駄かもしんねーけどな……」

どこか遠くを見るアイザックの横顔に、ふっと不安がよぎった。

アイザックはどう思っているのだろう。

アイリーンとクロードが本当の意味で夫婦になったことを。

結婚したときに踏ん切りはつけているだろうが、このひとはアイリーンのために魔王すら斃そうと策を講じる。そう思うとおいしいはずのペルシャソースの味がなくなった。

そういうこのひとがいいと、それでこそだと、選んだはずなのに。

「……」

「あ、アイザック! ――と……」

テラス席の入り口で声をかけてから、オーギュストが口をふさぐ。

理由はすぐにわかった。セレナをつれているからだ。

だがセレナのほうが、レイチェルを見るなりつかつかと近寄ってきた。

「デート?」

尋ねられて、返答に困った。

アイザックは素知らぬ顔だ。曖昧に笑うと、眉をつりあげたセレナに腕をつかまれた。

「立って、こっち」

「え、でも」

「オーギュスト、そこ座って待ってて」

戸惑うオーギュストを置いてさっさとセレナはレイチェルを引きずって歩き出す。

アイザックには、肩をすくめて見送られてしまった。