作品タイトル不明
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他愛ない二匹のハエを地面にたたき落としてやった、その直後だった。
振り返ったそのとき、その女は光り輝いていた。
黄金の髪をなびかせ、サファイアの瞳がきらめく。その手にあるものを、アメリアは信じられない想いで見つめていた。
(聖剣)
正真正銘、本物の輝きが、そこにある。姉や自分と同じだ。
それを、聖剣の乙女でもない女が持って、立っている。
ぞくりと背筋が粟立った。震える唇が弧を描く。喉が震えた。
まるで泣き出す前のように。
「……っそ、れを」
そうか、これを待っていたのだ。
どれだけ鍛えても、正しい運命を知っていても、姉の魂を削り取りふたりぶんの聖剣を手に入れても、まだ埋まらなかった、足りなかった、その力が。
――お前、まさかルシェルを。
そう憐れんだ姉の首を斬り落としても少しも晴れない、敗北感を振り払うその機会が。
「それを、よこせエえぇぇぇぇっ!!」
歓喜の叫びと一緒にアメリアが全力の聖剣を振りかぶる。
真っ向からアイリーンはそれを受けて立った。
ぶつかった光と光が暴風にかわり、ドレスの裾がはためく。
(――重い! 体力の消耗も段違い……長くはもたないわ!)
背後でゼームスが、セレナとオーギュストを抱えて飛んでいく姿が見えた。
巻きこむわけにはいかないと一歩前に進み出ると、アメリアがひどく楽しそうに笑う。
「どうやったか知らないがそれを手にしたことはほめてやるよォ、でもお前は所詮、魔剣の乙女だ!」
「……っ!」
「武器が対等になったくらいで、勝てるとでも思うのか!?」
軽やかに身をひるがえしたアメリアが、振り向きざまに聖剣を払う。その一閃は、背後の宮殿も何もかもを一直線に斬った。
間一髪でそれをよけたアイリーンは、舌打ちする。
かつて竜になったルシェルを斃したのは、この女だ。つまりこの女はルシェルより強い。
「さぁ、簡単に死ぬんじゃねえぞおぉぉぉ!」
歓喜に染まった菫色の瞳がこちらに向かってくる。
尋常でない速度で聖剣で撃ち合うたびに爆発が起こり、よけた一閃が地面をえぐり、木々をなぎ倒す。
ヒールの踵が削れても、お気に入りのドレスが切り裂かれても、かまってなどいられない。
突き出した聖剣の切っ先がアメリアの頬をかすめる。
傷のついた頬でアメリアがにたりと笑い、身をひるがえしてアイリーンの左腕を斬りつけた。その無駄のない鋭い動きは洗練された舞のようだ。
赤く染まっていく左手に力が入らない。撃ち合うたびに少しずつうしろへ押されていく。
強い。
それはそうだと、ふと笑ってしまう。
「何だァ笑いやがって、頭でもイカれたか、魔剣の乙女!」
「イカれてるのはお互い様よ、パラメーターカンストのヒロインに会えるなんて!」
互いに視線をそらさないまま、壊れた瓦礫の壁を駆け上がる。それもアメリアのほうが速度が早い。すぐさま上をとられてしまう。
「光栄だわ。相手にとって不足なしよ!」
「わけのわからない強がりだな、でも嫌いじゃねぇぞそういうのはよォ!」
上空から振り下ろされた一撃を空中で受け止めた。
地面にたたきつけられる前に、下半身をひねって、半壊した屋根を蹴る。アメリアの背中が建物の壁を突き破る。だが聖剣を握るその手の力も、その輝きも、損なわれない。
「あなたは間違いなく聖剣の乙女よ!」
アメリアが不意をつかれたように両眼を見開いた。
「欲しかったんでしょう、ルシェル様が! どんな手を使っても手に入れたかったんでしょう、たとえ他人にそしられても誰ひとり理解してくれなくても! ならここまできた自分を誇りなさい!」
「……な、にを」
「あなたはグレイス様に勝ったのよ!」
グレイスは殺されて、アメリアは生き残った。
それが現実だ。
「だからあなたの聖剣は本物で、強い!」
「そ、――うだ、当然だ! 私は本物の聖剣の乙女で、本物の聖剣なのに」
「なのにあなたはなぜ、自分のしあわせのためにこの力を使わなかったの! そのための聖剣でしょう! 聖剣の乙女が、自分のしあわせをつかむための!」
そして、アイリーンが持つこの聖剣は。
両手で握り直した聖剣を振り下ろす。焼け野原になっている中庭に向けて、アメリアが背中から落ちていく。それをすかさず追撃した。
(愛が、聖剣が本物であるかどうかの条件)
それは乙女ゲームなら当たり前で、でも大事なこと。
そしてとても切ないこと。
(リリア様。あなた、セドリック様を……)
でもプレイヤーだという彼女は、感傷など笑い飛ばすのだろう。
今だってほら、きらきらと聖剣から光がこぼれている。
「だからわたくしが勝つのよ」
――勝ってね、私の主人公。
スカートをひるがえして、聖剣の乙女が笑う。
「だって主人公はわたくしだもの!!」
歯を食いしばって、涙も蒸発させて、見据えた敵に振りかぶる。
アメリアはなぜだか呆然とそれを見て――そして本物の聖剣がその首に食い込む瞬間、幸せそうに微笑んだ。
輝きが闇も光も払うように、周囲を白銀に染め上げる。聖剣の乙女も何もかも、光の粒に変えて呑みこむ。
聖剣を振り下ろしきったアイリーンは膝を突き、そのまま地面に倒れた。