軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

82

他愛ない二匹のハエを地面にたたき落としてやった、その直後だった。

振り返ったそのとき、その女は光り輝いていた。

黄金の髪をなびかせ、サファイアの瞳がきらめく。その手にあるものを、アメリアは信じられない想いで見つめていた。

(聖剣)

正真正銘、本物の輝きが、そこにある。姉や自分と同じだ。

それを、聖剣の乙女でもない女が持って、立っている。

ぞくりと背筋が粟立った。震える唇が弧を描く。喉が震えた。

まるで泣き出す前のように。

「……っそ、れを」

そうか、これを待っていたのだ。

どれだけ鍛えても、正しい運命を知っていても、姉の魂を削り取りふたりぶんの聖剣を手に入れても、まだ埋まらなかった、足りなかった、その力が。

――お前、まさかルシェルを。

そう憐れんだ姉の首を斬り落としても少しも晴れない、敗北感を振り払うその機会が。

「それを、よこせエえぇぇぇぇっ!!」

歓喜の叫びと一緒にアメリアが全力の聖剣を振りかぶる。

真っ向からアイリーンはそれを受けて立った。

ぶつかった光と光が暴風にかわり、ドレスの裾がはためく。

(――重い! 体力の消耗も段違い……長くはもたないわ!)

背後でゼームスが、セレナとオーギュストを抱えて飛んでいく姿が見えた。

巻きこむわけにはいかないと一歩前に進み出ると、アメリアがひどく楽しそうに笑う。

「どうやったか知らないがそれを手にしたことはほめてやるよォ、でもお前は所詮、魔剣の乙女だ!」

「……っ!」

「武器が対等になったくらいで、勝てるとでも思うのか!?」

軽やかに身をひるがえしたアメリアが、振り向きざまに聖剣を払う。その一閃は、背後の宮殿も何もかもを一直線に斬った。

間一髪でそれをよけたアイリーンは、舌打ちする。

かつて竜になったルシェルを斃したのは、この女だ。つまりこの女はルシェルより強い。

「さぁ、簡単に死ぬんじゃねえぞおぉぉぉ!」

歓喜に染まった菫色の瞳がこちらに向かってくる。

尋常でない速度で聖剣で撃ち合うたびに爆発が起こり、よけた一閃が地面をえぐり、木々をなぎ倒す。

ヒールの踵が削れても、お気に入りのドレスが切り裂かれても、かまってなどいられない。

突き出した聖剣の切っ先がアメリアの頬をかすめる。

傷のついた頬でアメリアがにたりと笑い、身をひるがえしてアイリーンの左腕を斬りつけた。その無駄のない鋭い動きは洗練された舞のようだ。

赤く染まっていく左手に力が入らない。撃ち合うたびに少しずつうしろへ押されていく。

強い。

それはそうだと、ふと笑ってしまう。

「何だァ笑いやがって、頭でもイカれたか、魔剣の乙女!」

「イカれてるのはお互い様よ、パラメーターカンストのヒロインに会えるなんて!」

互いに視線をそらさないまま、壊れた瓦礫の壁を駆け上がる。それもアメリアのほうが速度が早い。すぐさま上をとられてしまう。

「光栄だわ。相手にとって不足なしよ!」

「わけのわからない強がりだな、でも嫌いじゃねぇぞそういうのはよォ!」

上空から振り下ろされた一撃を空中で受け止めた。

地面にたたきつけられる前に、下半身をひねって、半壊した屋根を蹴る。アメリアの背中が建物の壁を突き破る。だが聖剣を握るその手の力も、その輝きも、損なわれない。

「あなたは間違いなく聖剣の乙女よ!」

アメリアが不意をつかれたように両眼を見開いた。

「欲しかったんでしょう、ルシェル様が! どんな手を使っても手に入れたかったんでしょう、たとえ他人にそしられても誰ひとり理解してくれなくても! ならここまできた自分を誇りなさい!」

「……な、にを」

「あなたはグレイス様に勝ったのよ!」

グレイスは殺されて、アメリアは生き残った。

それが現実だ。

「だからあなたの聖剣は本物で、強い!」

「そ、――うだ、当然だ! 私は本物の聖剣の乙女で、本物の聖剣なのに」

「なのにあなたはなぜ、自分のしあわせのためにこの力を使わなかったの! そのための聖剣でしょう! 聖剣の乙女が、自分のしあわせをつかむための!」

そして、アイリーンが持つこの聖剣は。

両手で握り直した聖剣を振り下ろす。焼け野原になっている中庭に向けて、アメリアが背中から落ちていく。それをすかさず追撃した。

(愛が、聖剣が本物であるかどうかの条件)

それは乙女ゲームなら当たり前で、でも大事なこと。

そしてとても切ないこと。

(リリア様。あなた、セドリック様を……)

でもプレイヤーだという彼女は、感傷など笑い飛ばすのだろう。

今だってほら、きらきらと聖剣から光がこぼれている。

「だからわたくしが勝つのよ」

――勝ってね、私の主人公。

スカートをひるがえして、聖剣の乙女が笑う。

「だって主人公はわたくしだもの!!」

歯を食いしばって、涙も蒸発させて、見据えた敵に振りかぶる。

アメリアはなぜだか呆然とそれを見て――そして本物の聖剣がその首に食い込む瞬間、幸せそうに微笑んだ。

輝きが闇も光も払うように、周囲を白銀に染め上げる。聖剣の乙女も何もかも、光の粒に変えて呑みこむ。

聖剣を振り下ろしきったアイリーンは膝を突き、そのまま地面に倒れた。