作品タイトル不明
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どんなに事前に綿密に準備をしても、作戦通りとはいかない。いや、不測の事態をこみで用意してこそ、作戦なのだと思っている。
「力業にもほどがあるな。なんという頭の悪い作戦――作戦ですらないのでは?」
「それは俺だって思ってるっつーの。つかお前も覚えとけよ、魔王様が関わって作戦通りとか今までねーから! 絶対、俺のせいじゃねーから!」
「時間だ、指示を出せ」
自分は関係ないと思ってレスターがぽいと聖石を渡す。
やけくそでアイザックはテーブルの地図を見おろしながら口を動かした。
「おい、聞こえるか。定位置にはついたな」
『はいよアイザック坊ちゃん、レイチェルちゃんじゃなくてごめんなーあはは、すげえでかい竜がこっちに向かってきてまーすあはははは、真正面陣取れってどうかと思うなあ!』
「細かい動きできねえんだろ、ならそれが一番確実な位置取りだ。ドニ!」
『はい! じゃあいきまーす、点火!』
『嫌だオジサン死にたくないぃぃ!』
張り切ったドニの声とジャスパーの声の落差に嘆息すると、聖石の向こうからものすごい雑音が混じる。風だ。
『いや、ちょ、はや、速くない!?』
『あーそうか今半分しかないから計算違うんだ! でも勢いあったほうがいいですよね!』
『ちょっと待って、めっちゃ魔王パパさんが口あけてるうぅぅ』
「大丈夫だ、魔王様が多分防ぐ!」
『多分!?』
ジャスパーの声が、衝撃音にかき消された。思わず首をすくめたアイザックは、すかさず尋ねる。
「生きてるか!?」
『な、なんとか、ぶつか、ぶつかるまで、あと十秒、いや七、六――結婚したかった!』
「エレファス、はずすなよ!」
『わかってますよ……どうせ俺はこういう役回りですよ……俺も結婚したかった……』
『三、二』
『いっけえええ空飛ぶ魔王城二分の一!』
「なんだよその名前」
ドニに思わずつっこんでしまったが、その一瞬ののち、今までで一番すごい爆発音が聖石から響いた。なんとなく聖石が爆発しないかと、おそるおそる眺めてしまう。それを会議室で聞いていたレスターが、しみじみつぶやく。
「やはり特攻など、作戦とは言わないな」
方向と速度を合わせた力業の特攻は、なかなかの威力を発揮していた。
人間はすごいと、クロードはその光景を見おろす。
「神に立ち向かうのは、いつだって人間だな」
神竜の咆哮に一部吹っ飛ばされながら、ドニにのっとられた空中宮殿が正面から突っこんでいく。宮殿といっても島ごと浮いているのだ。大きさで劣るルシェルが逃げようと反転したところで、砲撃が打ちこまれる。
逃げ場を封じられ、悲鳴をあげたルシェルが体勢を崩す。そこへ全速力の宮殿が突撃してきたらどうなるか。
『いっけええ空飛ぶ魔王城二分の一!』
『なんだよその名前』
横っ腹にぶつかられたルシェルごと、宮殿が落下し始めた。宮殿の地下、島の地中部分にある動力炉がものすごい勢いで燃え上がり、速度を増していく。
ベルゼビュートと一緒にそれを飛んで追いかける。途中、暴れるルシェルの意識をそらすのがクロードの役目だ。
(防御はあまり得意じゃないんだが)
だがそれも、砂漠のど真ん中で仁王立ちしている聖王のところへたどり着くまでだ。
早くすませてしまおうと、クロードは上空に巨大な魔力の球を作る。
「エレファス、ウォルト、カイル。ちゃんと皆、脱出するように」
『はああぁぁぁ何言ってるんですかクロード様、まさか』
「僕の魔道士は察しがいい」
魔力を通じてやめろとかなんとか聞こえた気もするが、かまわずクロードは宮殿の背後に回って、魔力の球をぶつけた。
神竜と宮殿が白波をたてて海の上をすべり、陸地にたどり着くと同時に、聖王の結界にぶつかる。
「よし」
「何がよしだこのアホ魔王があぁぁぁぁ!」
あちこちからあがる爆発も振動もすべて遮断するため、両腕を前につきだして結界を支えているバアルが下から怒鳴った。
「お前、本当に落としたな!? 迷惑はかけられないとか思わなかったか!?」
「いい友人を持ったと思った」
「ぬけぬけと、勝手に自爆してけろっと戻ってきて、謝罪のひとつくらいよこせ!」
「王、くるぞ!」
ベルゼビュートの警告と一緒に激突で立ちのぼる煙の奥から、咆哮と一緒に一直線に魔力が走った。熱砂も蒸発させるその攻撃に、バアルが舌打ちし、別の結界を張り直す。
正面からぶつかった魔力と結界が反発し、そのままルシェルも宮殿も巻きこんで爆発した。
「さすが聖王だ、あれをふせぐとは」
「ほめて許されるとでも思うのか」
「バアル様、起き上がります!」
アレスの指摘どおり、ばらばらと崩れていく宮殿の下から、赤と菫の両眼が光る。そして自分を押しつぶしている宮殿を押しのけるべく、全身から魔力の光線を放った。
上空に飛んでそれをよけ、クロードはルシェルの足場になっている砂場を魔力で一気にえぐる。そこから網をはるように、バアルが、もう一度上空から聖なる力で押さえにかかった。
「おい、神竜だとか言っていたな。どういう相手だ。情報は」
「魔竜より強い」
「ああそうか参考になるな! つまり、神剣や聖剣もないこの状況ではお先真っ暗だ!」
「魔神剣ならあるぞ。ドニが作ってくれた、魔神剣だ!」
アレスの首根っこをつかんで浮いているベルゼビュートが自慢げに自分の剣をかかげる。
無言でこちらを見るバアルの視線が痛い。アレスが生真面目に尋ねた。
「それは改造した神剣では?」
「魔改造したと言っていた! だから魔神剣だ! 焔が出るし氷も出るし雷も出る! はめ込むこの石で変わるんだ。かっこいいだろう! お前ももらってこい」
「もらってこいと言われても」
「はい、どうぞ」
突然空中に姿を現したエレファスに、アレスがぎょっと目をむいた。その手にエレファスは勝手に持ってきた剣を握らせる。
「ドニさんいわく『将軍さんなんですよねー聖王の。じゃあ厳しいイメージ!』ということで、滅殺剣だそうです」
「めっさつけん」
「滅殺!って叫ぶと聖なる力が光線になって出てくるそうです」
なぜそんな仕組みにした、というベルゼビュート以外の誰もが思う疑問を口にする暇をエレファスは与えず、ぐるりと首の動きだけでクロードに視線を向けた。
「クロード様。俺達ごと撃墜しましたね」
「お前がいれば転移で全員、逃げられるじゃないか」
「そうですね。でも、ウォルトさんもカイルさんも無言でドニさんが作り直した聖魔銃に弾を詰めこんでましたからね?」
「……」
「俺もさすがに血管切れそうになりましたからね?」
ちょっと視線をそらして、バアルのうしろにすすっと半分隠れてみた。バアルがあきれ顔で下を向く。その目は、内側から食い破られそうになっている自身の結界をとらえていた。
「で、どうするのだ。色々用意があるのはわかったが、どの武器も決定打にならぬ。神を聖なる力で魔界に封じることはできん。斃す方法もない」
「斃す必要はない。あれは妻を失って我を失っているだけだ。正気に戻す。その方法は、僕の妻が持ってきてくれる」
「アイリーンが? ……まあ、あの女なら持ってきそうだが」
肩をすくめてバアルは両腕を組んだ。
ばちんと網目のようになっている聖王の結界が、一本はじけ飛ぶ。
「では、余達の仕事はここでの足止めか。だが余とお前のふたりでも、どこまでできるか」
「いや、僕が足止めする。それを手伝ってくれ」
バアルが組んでいた両腕をほどく。その顔は厳しい。こちらを見たエレファスの目も険しかった。だがクロードの方針はゆるがない。
「あれは僕に『殺せ』と言った。父親の言いなりになるのは癪なんだがな」
「遅めの反抗期か?」
言い得て妙だ。小さく笑って、クロードは眼下を見る。
ばちん、とまた音を立てて、父親を拘束する聖王の力が一本分、消滅した。
「だが、僕にそれだけの力があるということだ。当然だ、僕はあれと、あれが愛した妻の力も継いでいる魔王だ」
「ですがクロード様。今のルシェル様はいわゆる火事場の馬鹿力状態です。楽観視はできません」
「わかっているエレファス。だがお前達もいるし、まあ、僕も正直、あまり理性的ではなくなるだろうから、いい勝負になるはずだ」
クロードが何を考えているのか、バアルもエレファスも察したのだろう。
ベルゼビュートは言わずもがなだし、アレスは使われる側に徹することにしたのか滅殺剣の困惑が抜けきらないのか黙っている。
ほんの少しだけ沈黙が落ちた。
腰に手を当てて、バアルが苦笑いを浮かべる。
「そのまま暴れたら今度こそ迷わず封印するぞ、よいな」
「……ウォルトさんとカイルさんは俺が説得しますよ。アイリーン様とキース様は知りません」
ばちばちと音を立てて連続的に聖王の結界がほどけ出した。皆が身構えた瞬間に、白銀の光が天から振り注ぐ。
屹立した光の柱の中で、翼を広げ、首をもたげたその竜は、まさしく神の化身だ。
「おい、またどこかへ行こうとしているぞ!」
「ここから動かれると被害が広がりすぎます、止めます!」
皆が動き出す中で、クロードは深呼吸する。
(僕は、人間だ)
だが、魔王だ。
どこか諦めるようにずっと言い聞かせてきたそれを、心の底から信じて望め。
人間のしあわせも、魔王のしあわせも、どちらもつかめ。
そうであれと妻が望み、手をはなさなかったように。
びきりと音を立てて爪が鋭く伸びた。皮膚が内側から破れ、鱗が生える。ひびわれた額から突き出す角と、さけていく口。自分の体が異形におかされていく感覚。
だが、恐ろしくない。
まぎれもなく、これが自分であるのだと、そう信じるのなら。
(食イ殺セ)
今までノ自分を、スベて糧ニ、進化しロ。
目前ノ神モ、踏ミツケテ、ソウ――愛スル妻ヲ、泣カセルノハ、イツダッテ。
咆哮したクロードに、海の上に戻ろうとしていたルシェルがかすかに振り返る。
赤と菫の、それぞれ違う色を宿した両の瞳。
神の証だ。
(ソレガドウシタ)
一直線に飛んだ深紫色の瞳の黒竜が、神竜の首に牙を突き立てる。
神が悲鳴をあげた。