作品タイトル不明
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「答えなさい。ルシェル様に何をしたのです? なぜ、竜の姿に?」
心底不思議そうに、アメリアが言った。髪の色は優しい栗色、声も柔らかくなっている。
優しくて真面目そうな、4のヒロインだ。どことなく、リリアに似ているようにも見える。
拳を握った。脚を踏ん張って、地面から怒鳴る。
「それはわたくしの台詞です、リリア様に何をしたの!」
「ああ。これですか。この女は危険なので、この女の聖剣に魂を封じこめているのです。二度と生き返らないように、生まれ変わりなんて奇跡も起きないように、死体から吸い上げる」
「し、たい……」
「グレイスお姉様と同じです。聖剣が、乙女の魂そのものだからできる芸当ですよ。こうすれば本人の聖剣に封じた魂が完全に消滅するまで使える。ああ、生きているかもとか思わないほうがいいですよ? あくまで私がしているのは死後の処理です」
地面の上におりたアメリアが、ほんの少し笑って、浮いているリリアの体をおろし、その首をつかんで見せつける。絞めた鶏でも見せるように。
くたりと折れた首、瞳孔が開いた菫色の瞳、穴のあいた左胸、ぼたぼたと落ちる血、だらりと伸びているだけの両腕と両足。
「この体は私の新しい器にしましょうか。グレイスお姉様の遺体は壊されてしまったので」
悲鳴とも怒りとも似つかぬ声を呑みこんで、奥歯を噛みしめて、唸る。
「よ、くも……っ!」
「あなたには感謝されると思いましたが」
「そんなわけないでしょう!! その、女、は……っ」
友達ではなかった。仲間でもない。ライバルなんて虫唾が走る。
でも確かに何かがあったのだ。
それは乙女ゲームの世界に転生なんていうふざけた記憶を持っていても、ここが現実でここで生きていくべきだと、そう指し示してくれる、唯一の。
「わたくしが、倒さなきゃいけなかったのよ!! なのにっ……!」
愛でも憎しみでも友情でもない、この関係につける名前など、アイリーンは知らない。なくていい。
でも、わかる。
「あなたの負けよ」
嗚咽を嘲笑に変えようと、頬を持ちあげる。こみ上げるものをこらえようとして頬がゆがんだ、それでも笑う。
「あなたが目指す女王エンディングに、リリア・レインワーズは必須。だから彼女は殺されたのよ。そんなこともわからないで、彼女に喧嘩を売るなんて」
「……この女といい、お前といい、わけのわからない話をしますね」
「わからなくていいわ。だって、頭のおかしい転生者の、内緒の話だもの」
自分と、彼女にしかわからない。
「だからリリア様はあなたに負けたんじゃない。勝ったのよ」
もう、自分だけにしかわからない。
「そしてあのルシェル様は、あなたにグレイス様を奪われたルシェル様。もう、誓約もかかっていない。――あなたの願いは、もう叶わない!」
アメリアが菫色の瞳をまばたく。そして一度ふせて――ゆっくりと、笑った。
「では、もう一度同じ誓約をかけてやればいいだけのこと」
「行かせるわけがないでしょう!」
足下の影から右手に持ち直した神剣に魔力を注ぎ、きびすを返そうとしたその背中に向けて斬りかかる。
だがアメリアは眉一つ動かさず、その右手に聖剣を具現化させて、アイリーンの神剣を一瞬でたたき折った。
「本物の聖剣に勝てるとでも?」
だが本当の狙いはそこではない。唇を噛んだアイリーンは、目をそらすまいと両眼を見開いて、その柄に手をかけた。
迷うな、と言い聞かせた。
それが最善だ、疑うな。奥歯を噛みしめて、引き抜く。
リリアの死体から、リリアの聖剣を――リリアの魂を、引きはがす。
そしてアメリアに目がけて、聖剣を横に振り払った。
アメリアの聖剣がそれを受け止め、爆風が吹き荒れる。
「彼女の魂を消滅させる手伝いをするとは」
「あなたに腐らせられるよりはましだって笑うわ、そういう女よ!」
「ですが、所詮形だけ。中身のない聖剣など」
アメリアが一歩だけ踏み出した。瞬間、聖剣から放たれた衝撃波に体が吹っ飛ばされる。
とっさにクロードの魔力を使おうとしたが、相手は聖剣だ。肩や腕、スカートが細かく裂け、頬に朱が走った。
「本物の相手になるわけがないでしょうに」
どうにか体勢をととのえた上から、影がかかる。それも横に転がってよけた。
「ちょろちょろと、こざかしい。さっさと諦めなさい」
「諦めるわけがないでしょう!」
「ではそのからっぽの聖剣で何ができると?」
上からきた攻撃を振り払う。かんという甲高い音はやたらと軽く、重いアメリアの攻撃を防ぐだけで精一杯だ。
「形を保っているだけの聖剣で、何ができると!?」
「……っ!」
「まあいい、多少力は使いますが消してしまえばすむこと。聖剣の乙女の魂が消えればその聖剣も消滅する! お前は所詮魔剣の乙女、聖剣を生むことは決してできない!」
下から剣を振り上げたアメリアに聖剣を弾かれ、両腕が持ちあがる。
がらあきになった腹に、蹴りを叩きこまれた。そのまま吹っ飛んで、宮殿の壁にぶつかったアイリーンの首を、眼前まで迫ったアメリアがつかむ。
「これで聖剣の乙女は今度こそ、私ひとり!」
「……あ、なたは……ッ!」
「アイリーン!!」
横から突撃してきたゼームスとオーギュストの神剣をアメリアが体をひねってよけ、上空にあがる。
咳きこんだアイリーンは、ゼームスに地面におろしてもらったセレナに支えてもらう。
「……み、な……無事――」
「おい、早くしろ! オーギュストも負傷してる、長くもたない!」
「わかってるわ!」
「待ちなさ」
迷わずアメリアにつっこんでいくゼームスとオーギュストを引き止めようとしたら、その手をにぎられた。
セレナにだ。
そのあたたかさに、アイリーンははっと瞠目する。
「セレナ……あなた、それ」
「あの女が、あんたにって。本物だって」
セレナの目を見ると、震える声が答えた。
「愛が、どうこう、言ってたわ。本物の、条件だって……強くしろって……奪い直せって。意味わかんない」
「愛……奪い、直せ」
「私を……かばって……っにげ……逃げろって……なんなの、そんな、かっこいいキャラじゃないでしょ、あの女……!」
うつむいたセレナの目からこぼれるものを見ないために、その頭を抱き寄せた。肩に顔を埋めたセレナは、それでもアイリーンの左手を離さない。
聖剣の乙女からあずかったものを、何倍にもして、わたすために。
(まるで、2の展開ね)
なんてらしいことを考えるのか。
「ど……どうしたら、いいのか、あんたはわかるの」
「わかるわ」
もう一度、奪い直せ。
今度こそ、本物の聖剣を。
「セレナ。……リリア様の遺体を頼める?」
こくりと頷き返したのを確認してから、アイリーンは右手に持っているからっぽの聖剣を、逆手に持ち直す。セレナが、左手を離した。
本物の聖剣とやらは、ゲームの設定や言い伝えとも違い、人間も傷つける。だが、ためらわない。
プレイヤーが主人公を勝たせるために用意した道だ。
「ちょっあんた……っ!」
そしてアイリーンはもう一度、本物の聖剣を奪い直すために、自分の腹に聖剣を突き刺す。
自分の中でもう一度、聖剣をひとつにするために。
二つに折り曲がったアイリーンの内側から、光が爆発した。