作品タイトル不明
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リリアが持っている聖剣は三本。マークスルートの聖剣と、ユリアンルート、ギルバードルートの聖剣だ。要は1の攻略キャラすべての聖剣である。
全力でぶつけたギルバードルートの聖剣は、あっという間に蒸発させられた。だが取りこまれたわけではない。
(あと二本!)
ユリアンルートの聖剣をすかさず出したリリアに、アメリアが目を瞠る。だが想定外ということには慣れているのだろう。その動きに動揺はなく、弾き返される。
「私の聖剣は食べてくれないの?」
「半端な聖剣を取りこんでも、意味はないので」
だが、中途半端と称されていたアイリーンの聖剣は取りこんだ。
(使い手が悪役令嬢だから、中途半端だと判定された? なら私が使えば同等?)
三回ほど撃ち合っただけでユリアンルートの聖剣も衝撃に耐えられず欠けていく。
以前、アイリーンと聖剣でやり合ったときとの違いはなんだ。考えろ、考えろ――こんなに楽しい考察など滅多にない!
「その聖剣は本物?」
「当然です」
「じゃあ、グレイスの聖剣は偽物になるの? 違うわ、そうならあなたはこうまで本物に執着しなかったはず。発生条件だってルシェルからの花と愛を満たしてた」
「何をわけのわからないことを」
「歴代ヒロインの中で唯一、ヒーローを手に入れられなかった負け犬ヒロインのくせに、ここまで 破格(イレギユラー) なキャラになったことだけは、ほめてあげる! 聖剣は人間を傷つけられない、その設定を打ち破った聖剣を見れるなんて思わなかった!」
高笑いしながら素手でリリアは笑う。目を細めたアメリアが容赦なくその心臓目がけて聖剣を突き出したが、それをマークスルートの聖剣で弾き返した。
「まだ聖剣を持って……!」
「そうよお、で、これは私の予想通りなら結構もつと思うの!」
聖なる結界を踏みしめて思い切り上から打ち下ろす。初めてアメリアが顔をしかめた。
「ねえついでに教えて欲しいの。ルシェル以外の攻略キャラはどうしたの? いたでしょ、同じ学生のリチャードとか他国からの留学生だったケイネスとか!」
「……どうして、そんなことを」
「いたのね? でも女王ルートも聖剣の乙女ルートもルシェルのみのルート。それにパラメータあげに必死だったあなたはよそ見する暇なんてなかったかあ、残念。ということはどっちかって言うと、グレイスが規格外だったのかしら? あなたからルシェルをとっちゃったんだもの! そのせいで聖剣が二本、だから聖剣の設定に補正がかかった! それが発生条件と別の、ゲームにはない本物になる条件!」
「……黙りなさい、いくら聖剣を持っていようとすべてまがい物!」
「そうね、あなたは本当にルシェルが好きだったんだものね!」
「黙れえぇぇぇ!!」
アメリアが振り払った聖剣と一緒にくりだされた爆風に吹き飛ばされて、リリアの背中が聖なる結界の上をすべる。
だが今までと違い、マークスルートの聖剣はまだ健在だった。そのことににやにやが止まらない。その顔を、セレナがのぞきこむ。
「ちょっとあんた、大丈夫なの!? 血が出て」
「えっ何が? すごく楽しい!」
「楽しいって……」
顔をしかめたセレナのうしろで、オーギュストが左手に神剣を巻きつけていた。その周囲には血が飛び散っている。右腕に突き刺さっていた神剣を引き抜いたのだろう。だが右腕から出血はしていない――おそらく、ゼームスの魔力とセレナの力で止血と痛み止めをほどこしたのだろう。
(神剣でできた傷はサーラでもなかなか治せないものね)
半魔の魔力ではいくらセレナの力で補助してもそれくらいがせいぜいだろう。
「ね、オーギュストは邪魔しないでね?」
「えっでもひとりじゃ」
「その腕じゃろくに戦えないでしょ。それに神剣は強化しても聖剣の劣化版。それよりちゃあんと聖騎士らしくセレナを守って。ゼームスもよ! セレナはキーキャラなんだから」
「……何をする気だ」
「自分の考察を確かめにいくのよ」
ふふっと頬を紅潮させて笑ったリリアにオーギュストもゼームスもなんとも言えない顔をする。
だがセレナは、リリアをにらんだ。
「あんた、やっぱり……!」
その体をオーギュストのほうへ突き飛ばし、上空から襲いかかってきたアメリアの剣を受け止める。ぶつかり合う聖なる力に耐えられず、ぴしぴしと音を立てて結界が崩壊し始めていた。
「結界が壊れちゃうわよ? そろそろ限界? ねえねえ、もうそろそろ本当のあなたが見たいの、スチルと顔が同じかまだちゃんと確認してないもの!」
「さっきから、わけのわからない話ばかり……!」
「それにはまずこの体を捨ててもらわなきゃね」
グレイスの遺体だと思うともったいないが、遺体でしかないとも言える。たとえ魂が解放されても、もう生き返ったりはしない。この体はもう、血も何もないのだ。
「さあ、覚悟してお母様。私、4の女王ルートエンディング、大嫌いなの。あなたの力を引き継いでハウゼル女王になるつもりなんてないから」
「……お前、どうしてそれを」
4の女王ルートエンディングでは、ふさわしい後継ができたからこそ、アメリアは女王の座から引く。そして、リリア・レインワーズは FD(ファンディスク) でセドリックと婚約していたところまでは描かれていたが、エルメイア皇国の皇后になったとはされていない。
女王エンディングの時期は明確にされていない。だが、この時代なら女王の座にふさわしい人物はリリア・レインワーズだ。
2で魔物の脅威を耳にすれば助けの手を差し伸べる聖剣の乙女、しかも女王の娘だ。世界の平和のため、まして母親を救うためなら、ハウゼルの女王にだってなる。
「実は男爵令嬢で王子様ゲットしてさらに他国の王女様だったって設定盛れば、ファンに喜ばれると思ったんでしょうけど。確か『私にまかせて、自由になってください』だったかしら?」
「……どうして、予知夢の内容を知っている」
「さあ、あなたの娘だからじゃない?」
ほんのわずかに、マークスルートの聖剣が押され始めている。でもよくもってくれた。
「冗談じゃない。乙女ゲームでまで、母親の尻拭いなんて」
「……認識を改めました。さすが私の娘、聖剣の乙女です。――お前は危険だ、消えろ!」
「それはこっちの台詞よお、お母様あぁぁぁ!」
下から上に打ちあげたマークスルートの聖剣が、音を立てて粉々になった。にいとそのかけらの向こうで、アメリアが笑う。だが想定内だ。
迷いなく、リリアはその体の真ん中目がけて手を突き出す。
この女がサーラにしたように、その体の中から聖剣をさがすために。
「こ、の――ッ何をしている、所詮、私のスペアの分際でえぇぇぇ!!」
アメリアが腹の中に手を突っこまれたまま、両手で聖剣を振りかぶった。
聖剣。聖も魔も、すべてを滅ぼす、乙女のレガリア。
剣先が左肩に食いこむ。体を斜めに焼き切ろうとする熱に、リリアは笑った。
(――あった!)
引き抜け。自分はプレイヤーだ。
握りしめたその聖剣を本物にできる、そうだと知っている、プレイヤーだ。
アイリーンを勝たせる、プレイヤーなのだ。
「は、はは、ざっまあみろ油断したなクソババアあァァァァ!!」
自分の体が引き裂かれていくことなどかまわずに、右手に握りしめた本物の聖剣を横に一閃する。
リリアの体を斜めに切ったまま、アメリアの――グレイスの上半身と下半身が別れ、そのまま爆散した。
唇の端を持ち上げ、落下しながらリリアはそれを見る。
だが、その煙の向こうに見えた影に菫色の瞳を見開いた。
同じ菫色の瞳が狙っているものがわかった。
なぜなら、自分だったらそうするからだ。
本物の聖剣を手に入れたこちらを、絶対に勝てないようにするためには。
「セレナ!」
聖剣を持たず右腕もろくに使えない聖騎士も、半魔も、本物の聖剣の乙女にかなうわけがない。
そう考えたのは、自分の体を盾にしたあとだった。
「……ッリリア! なんで、あんた!」
腹が、腕が、撃ち抜かれていくのを、まるで他人事みたいに感じていた。
「いつだって……ヒロインの、愛、が……本物の、条件……」
「なに、何いって、なんで、なんであんたが私をかばって、待ってすぐ……」
突きかけた膝を、聖剣で支える。口から血を吐き出すと、喋りやすくなった。
「これは、助から、ないから」
「何言ってんの、馬鹿なの!?」
「それより、これを、お願い」
大事なのは、手を伸ばしたセレナに触れる、指先だけだ。
それだけで理解したのだろう。セレナが大きく両眼を開く。その弾みで目尻から散ったものは、まさか涙か。
「逃げ、早く……アイリーン、様に……ふふ、ゲーム、どおり。でも、間違え、ないで。奪い直せって、伝えて……私、死んでるかも、しれないから……」
「何それ! またそんなこと」
「強く、して。できるでしょ」
セレナが両眼を見開く。そこから散るのはやっぱり涙だ。
馬鹿なキャラだ。キャラのくせに、プレイヤーがいなくなるのがつらいのか。
「――連れて行きなさい、2のヒーローとラスボス! あなた達のヒロインでしょう!!」
叫ぶと、我に返ったようにオーギュストがセレナをうしろから抱き締め、ゼームスが全員を抱えて飛んだ。
セレナが何か叫んでいる。でもその手に預かったものは、しっかりと握ったままだ。
(ああ、楽しいゲームだったなあ)
血が止まらない腹を押さえて、聖剣を支えに、立ちあがる。
これでアイリーンが勝てば、自分が読み勝ったということで、自分の勝ちだ。
とどめとばかりに飛んできた白銀の攻撃に、振り返る。
一瞬見えたのは、スチル通りの聖剣の乙女。新旧の聖剣乙女対決だ。
後悔はない。
でも握り直した最後の聖剣が負けてしまうのは、少し悔しい。
(本物の、聖剣なのにね。セドリック)
でも自分はプレイヤーだ。
さあ笑え。アイリーンがそうしてきたように、相手に優越感など与えない。
「勝ってね、アイリーン様。そうしたら……」
心臓をつらぬかれたあとでも、自分の勝ちはゆるがない。