作品タイトル不明
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アイリーンが階段に飛びこんだ瞬間にきた衝撃波は頭上を通り抜けて、壁を支えている支柱を折った。ありがたいことに、そのまま支柱が階段の出入り口をふさいでくれる。
(……奥さんを頼んだよ、僕の義娘)
それだけを願って、ルシェルは前を向く。
勝機はある。案の定、違和感に気づいたウォルトとカイルが眉をしかめていた。
「……はずした、だと? クロード様が?」
「まだ本調子じゃないとかだと、とっても助かるけどね」
「あの女はどうした?」
こちらに向き直ったまま、静かにクロードがそう尋ねた。
ゆっくりと立ちあがり、ルシェルはそれを笑う。
「あの子が気になる?」
「……一応、息子の妻だ。私だとて、憐れみはある」
「うんうん、そうだよねえ。わかるよ。お前と僕はおんなじだ」
「何が言いたい」
「今ので確信したよ。お前、クロードを完全に押さえこめていないんだろう?」
ウォルトとカイルが両眼を開いた。
ルシェルはかつて神だった自分とそっくりな見た目をした、赤い瞳の息子を見る。
「クロードが自爆を選んで、お前、ひるんだんだろう? 僕だってびびったもん」
「……大事な器だからな。だが、それだけだ」
「そのせいでクロードにやり返された。だからお前は、アイリーンに攻撃できない」
クロードが顔をゆがめた。
「おかしいと思ったんだ。僕にとどめを刺す格好の機会だったのに、お前はアイリーンが出てきただけで手を引いた。あとから僕をよこせと言うくらいなら、あの場でアイリーンごと僕を攻撃してしまえばよかったのにね」
「……!」
「アイリーンだけじゃない。この護衛達もだ。さっきから攻撃が甘い。お前なら一瞬で消し炭にできるだろうに」
ウォルトとカイルが、のろのろと立ちあがる。
「――僕と……僕らと同じだ。クロードは命と魔力をかけて、お前に誓約を課した」
妻を傷つけるな。
自分が愛したものを、守りたいものを、手に入れたものを、奪うことは許されない。
「もし、誓約を反故にしたら、クロードがお前をのみこんで出てくる。まさに自業自得だ」
「逃げるしか能のない残り物がぺらぺらと」
瞳を眇めて、冷たくクロードが切り捨てる。
「誓約だと、馬鹿馬鹿しい。所詮私のスペアが、私を縛るなど不可能だ」
「スペアじゃない、僕の息子だ。僕と妻の――っお前は、いつまで自分をだます気だ! あの女は僕の妻じゃない!」
「黙れ、何もわかっていないのはお前のほうだ!」
怒りに目を赤くきらめかせたクロードの魔力が立ちのぼる。
「なら私の妻は誰だったと!? あの女は私をだましたんだ、そうに決まってる! 本当の私の妻なら――死ぬわけがない、あれが私の妻でいいはずがない、そうだろう!」
首だけになって。魔剣の乙女だと貶められて。そんなことがあっていいわけがないから。
(そこにつけこんで、誓約をすり替えたのか!)
今、なお自分をさいなもうとするその苦しみを、ルシェルは胸をつかんで押し殺す。
「違う! 聞け、僕の妻は、きっと――っ」
「だから間違っているのはお前だ!!」
駄々のようなその攻撃が周囲の壁を壊し、天井を落とし、玉座を瓦礫の山に変えていく。
空に飛びあがったウォルトとカイルが、魔力の中心をにらんだまま叫んだ。
「聞く耳を持ってくれないのはお約束として、どうすりゃいいのこれ!?」
「クロードの意識をゆさぶるんだ! 誓約に反するこの状況で目をさまさせろ!」
鍵はクロードが大事にしている者達だ。一番はアイリーンだろうが、判断を誤れば逆鱗に変わる。だからこのふたりを選んだのだが。
「それってまさか俺達が死ねばクロード様復活で解決するやつ!?」
「そうなる――のか!? 死にそうくらいじゃだめか!?」
「死ぬ覚悟は必要だろ、クロード様だぞ!」
戦闘中だというのに、護衛ふたりが微妙に気が抜ける怒鳴り合いを始めた。
「僕のために死んでもいいと思ってくれないなんてとか絶対すねる! 出てこれるのにわざと出なくなる、そういう人だろ!」
「だが、死んだら死んだで、僕の許可なく勝手にとか言い出すような……つまりどっちだ!?」
「わかった、雇用主が死んだってことで転職を表明する!」
「待て、辞職願いは諸刃の剣だ!」
「作戦に変わりはないよ! 君達は僕の護衛をしてくれればいい、本体の狙いは僕だ!」
自分の息子がどう思われているのかは非常に気になったが、迷わせてはならないと叫ぶ。
「僕がいなくなれば本体は完全に神の力を取り戻す。そうなれば、クロードの誓約も意味がなくなる。僕が死ねばクロードも終わりだ!」
「おしゃべりはそこまでだ」
背後から首を目がけて手刀が振りおろされる。振り返る前に胴に腕が組みついて、地面までたたき落とされた。カイルが飛んできてくれたのだ。それを庇うように前に出たウォルトが、クロードの魔力に跳ね飛ばされる。
「手加減されてるって絶対嘘だろこれ、うわ、ちょ、死ぬってマジで!」
壁にたたきつけられたウォルトに、魔力の刃が飛んでいく。だが叫ぶ余裕があるらしく、ウォルトは壊れた柱を縦向きに走り、瓦礫を足場に空中を飛びながらその攻撃を全部よけていた。
立ちあがったカイルが振り返って尋ねる。
「他に何か情報はないですか!?」
「宮殿の結界が生きてる内になんとかしないと。本体はまだ魔力をベースにした攻撃しかできない。でも結界が破られたら、僕よりはるかに強い膨大な魔力を使ってくる……!」
「敵の結界に助けられてるわけですね。勝負は宮殿が落ちるまでか……!」
クロードの攻撃をかいくぐったウォルトが、その横に降り立つ。
「どうするよ、絶対威力あがってる。ってーかあげてるだろ、そういう人だ!」
「落ち着け、クロード様がそんなことをするわけが……あるかもしれないがないと信じたい」
「クロードらしさが出てきてるなら正解だ。本体も頭に血がのぼりやすいし」
もともと、本体は魔力と感情の塊だけでできたような存在だ。
それも自分だという事実は皮肉として受け止めて、ルシェルは笑う。
「できれば他にも誰か、いたらいいんだけどね。エレファスはあっちで手一杯だろうし」
「他……アイリちゃんと魔物以外で、クロード様が手を止める……」
「……ものすごい適任がひとり、いますが。笑顔でクロード様と心中しそうな方が」
「とにかく今は僕らでなんとかするんだ、くるよ!」
突き出した右の手のひらの向こうで、魔力が爆発した。すさまじい魔力の圧に、建物が吹き飛んでいく。
(聖なる結界の中でこの威力……っ早くクロードの意識をさまさせないと)
背後に回ったウォルトとカイルをどこからか取り出した神剣ふたつで叩き落とし、クロードの目がまっすぐこちらに向けられる。と同時に、ふたつの神剣がまっすぐこちらに向かってきた。一本をよけて、もう一本をつかんだルシェルは笑う。
「でも、お父さんには一切容赦ないって、ひどすぎないかな」
傷つくなあと思いながら、左右対称、そっくり同じ動きで神剣をぶつけ合う。合わせ鏡のような撃ち合いに床が沈み、むき出しになった地面に亀裂が走る。
それに呼応するように、結界の外側で爆音が鳴った。そのまま、結界にひびが入る。
「げ、嘘」
にいと目の前でクロードが、自分そっくりに笑った。
「死ね、妻の名も呼べぬ愚か者」
「ルシェル様!」
こちらにやってこようとするふたりは、クロードの、息子の、大切な護衛だ。
爆発する魔力の盾になったルシェルの影が、光に焼けた。