軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

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時間だ。

時計の秒針が容赦なく進んでいくことから目をそらし、セレナは眠っているサーラを見つめる。

自分とサーラがいると、敵に奪われた場合も想定しなければならなくなる。そう言ってアイザックは準備にだけセレナの力を使い、戦場に出向くことを許可しなかった。だからセレナは眠り続けるサーラと一緒にまだ古城にいる。

サーラが眠る寝台脇に椅子を引きよせて座る。なんとなく、話しかけてみた。

「あんたの旦那も行ったわよ、戦いに」

大丈夫だから。

そう笑うオーギュストが持つ神剣にありったけの力を注いで、見送った。

皮肉にも、左足に聖石を埋めこまれたアレスを見送ったサーラと同じように。

「でも……待つのはやっぱり性に合わないのよね、私」

「そうよね!」

「遅い。監視はまけたの?」

突然現れたその姿に驚きもせず、立ちあがった。リリアががっかりした顔になる。

「セレナが反応してくれない……アイリーン様でももっと驚いてくれるのに!」

「時間がないでしょ、早く手、出して。オーギュストの神剣にした細工、見つかったら転移できなくなるわよ」

「そうだけどお。わかってるけどお」

「リリア……っやっぱりここか!」

部屋にセドリックが飛びこんでくると同時に、リリアに手をつかまれる。その手を取って、力を貸すことにも慣れてきた。足下に転移の魔法陣が光る。

「いってくるわね、セドリック! 置き手紙はしておいたから!」

「そ、そういう問題じゃないだろう!? どうしてそう、いつも俺に何も言わず勝手に」

呑気に手を振っていたリリアが、ふっと嘘くさいその笑顔を和らげた。

「ごめんね。私はプレイヤーなの」

息を呑んだセドリックの顔が、かすんでいく。次にもう目を開けば戦場だ。

そうしてこの女は、聖剣を振るうのだろう。今まででいちばん、聖剣の乙女らしく。

海も雲も真下に見える空中で、オーギュストがセレナに力を借りた神剣をもう一度振るう。

その攻撃を受けた宮殿が、浮いた島の地面ごと、狙い通りにかたむき始めた。宮殿全体を覆っている結界は変わりないが、物理的に方向があえば今はそれでいい。

「さあ、僕の妻と息子をさがしに行こうか」

「ええ、お義父さま」

宮殿の真ん中から上空に、人影が現れた。目を細めたアイリーンをかばうように、オーギュストとゼームスが背中をこちらに向けてそれに立ちはだかる。

言えることはたったひとつだ。

「頼んだわ、オーギュストにゼームス」

「まかせろって」

「ウォルト、カイル、アイリーン様を頼んだぞ」

「まかされた、さあ予定通りだアイリちゃん、行くよ」

「急ごう」

アイリーンは唇を噛んで、ルシェルに手を引かれながら宮殿の正面玄関に降り立つ。

そしてうしろを振り向かず、駆け出した。

「お義父さま、クロード様はどちらに?」

「まっすぐ、この奥だね。昔と造りが同じなら、玉座だ」

「ドニが言っていた『構造上、隠し部屋があると思われる場所』の手前ですわね。できればさけて通りたいですけれども……」

玉座の間につながる螺旋の階段と回廊に、白い兵隊がずらりと並んでいる。ふわりと浮いたルシェルが、ぱちりと指を鳴らした。

「人形が神に挑むとは」

一瞬で白い兵隊が蒸発した。白い支柱に支えられた回廊を見おろすその瞳の色に、アイリーンは息を呑む。

赤と菫、それぞれ違う色の瞳。

「お父様、目の色が……」

「本体の封印がとけて、神の力がだいぶ戻ってきてるからね。全盛期ほどじゃないけど魔力も聖なる力も使える、この結界の中でもね。――まあ、それはあっちも同じだけど」

玉座を守る扉を一瞥したルシェルに答えるように、奥の扉が内側から爆発した。飛んでくる扉の破片や壁や階段、折れた石柱を、先頭に立っているルシェルがすべて結界で弾き飛ばす。

「期限まであと一日あったはずだが、わざわざ寿命を縮めにきたか」

その声は、玉座から響いた。

「クロード、様……」

ゆっくりと立ちあがったその姿形は、髪の色以外、そのまま同じだった。

「しかも、ぞろぞろと……息子の妻まで連れて、なんのつもりだ」

だが口調が違う。まとう空気が違う。

「そこのお前はまさか、愛人にでもしてくれと、命乞いにきたか?」

アイリーンを見おろすその目が、浮かべる笑みが、違う。

「わたくしを愛人? なかなか言ってくれるじゃありませんの。妻のことすらわからない駄目夫のくせに」

「……なんだと」

「わたくしの夫を返してくださいな。そうしたら、あなたの奥様をちゃんと見つけて差しあげます」

ぴくりとクロードは眉を動かしたが、すぐに口端を持ちあげる。

「面白い女だ。だが残念ながら、息子はもういな――」

背後に現れたふたりの護衛の影が、玉座めがけてつっこんでいく。クロードの姿が玉座から消えると同時に、その床が粉々に砕け散った。

「失言は控えていただけませんか」

「そうそう、あとでフォローするのは俺達――って!?」

カイルとウォルトめがけて上空から飛んできた魔力の塊の前に、ルシェルが立ちはだかる。

玉座の床がめくれあがり、光で前が見えなくなる。爆風を正面からあびながらアイリーンは叫んだ。

「ルシェル様! みんな無事――」

「アイリちゃん、うしろ!」

こつりと音を立てて背後に降り立ったのはクロードだった。咄嗟にアイリーンは振り向きざまに、クロードに神剣を叩きこみ、一歩引かせた眼前で魔力を爆発させた。光を炸裂させるだけの目くらましだ。その隙にルシェル達がいる玉座まで飛んで、距離をとる。

「ご無事ですか、お義父さま」

「今、何の躊躇もなく息子に攻撃したね、君……」

「わたくしの攻撃ごときでやられる方ではありませんわよ、クロード様は!」

「それはそうかもしれないけど、もう少しためらいとか欲しいなあ!」

「アイリ、下を見ろ」

ぎゃあぎゃあルシェルと言い合っているうしろから、小さくカイルが声をかけた。

カイルとウォルトに粉々にされ、クロードの攻撃をもろにくらってめくれあがった玉座のうしろだ。高い壁しかないはずのその下に続く、階段がある。

「……これって……隠し部屋?」

「お約束だよね」

振り向いたアイリーンを隠すようにして、ウォルトが立ちはだかる。

「聖なる力で満ちてる。……クロードは魔王のままだから見つけられなかったんだろうな」

少し離れた場所で、クロードがゆるく首を左右に振っている。目くらましをもろにくらったらしく、眉間にしわをよせてなかなか目を開こうとしない。

クロードから目線を動かさず、カイルが言った。

「アイリ、行くんだ。俺達は人間だが、魔香で強化されているせいで聖なる力に弱い。ルシェル様もここを離れられたら困る。それに神剣を持っているお前が、無事に突破できる可能性がいちばん高い」

中に入ればルシェルから借りた魔力は消し飛んでしまうだろうが、どうせクロード相手では付け焼き刃だ。

何より、この中にあるものが、アイリーン達が読んだとおりだとしたら。

「……お義父さま」

「頼んだよ。僕の妻を」

きっといちばんに確かめたいだろうルシェルが、それだけ告げた。

深呼吸したアイリーンは、飛びこむようにその階段を駆け下りる。一瞬、膜を通り抜けるような感覚があったが、それだけだった。

頭上で爆発音が鳴ったがそれもすぐ、聖なる力に阻まれて聞こえなくなる。

(お願い、正解であって!)

――妻を失い竜と化したルシェルは。アメリアに斃されるその間際、魂を持つ人間と再会できるよう願い、誓約を課した。だがそれはアメリアに知られることになり、逆に利用されてしまう――そうできたのは、アメリアが既にグレイスの魂を捕らえていたからだ。

だからアメリアはグレイスの魂を使って、運命の相手は自分だと誓約を書き換えた。

ここにどうか、グレイスの魂を封じている、あるいは縛っている何かがありますように。

それを壊せれば、グレイスの魂が解放されれば、本体だってきっと目をさます。アメリアが入れ替えたその願いから、誓約から、解放される。

灯りひとつないのに、床だけが白く光るその道はただひたすらまっすぐだった。

(おかしいわ、罠も妨害もないなんて……)

ここに侵入したことくらい、アメリアは気づいているだろう。例のあの白い兵隊くらい出てきてもおかしくない。なのにただ静かなだけだ。何か幻惑がかかっているかもしれないと、アイリーンは唇を噛む。だが走るしかない。

聖剣のないアイリーンには幻術かどうかなど、わからない――。

「……今」

何かが聞こえた気がして、アイリーンはまばたく。

かすかな声だ。聞き覚えはあったが、誰だかわからない。あまり聞いたことのない、けれど懐かしい、可憐な少女の声。まるで、乙女ゲームのヒロインのような。

「――サーラ様!?」

アイリーンの声が、暗闇に反響した。その返事のように、どこからか聞こえる呼び声がはね返ってくる。

白く光る道の先ではない。何もない暗闇の先だ。

「……そっちなのね?」

信じる根拠などアイリーンにはなかった。そもそもサーラはほとんど面識もない相手だ。

でも、セレナが助けようとしていることを知っている。

おっかなびっくりしながら肩を治そうとし、右手を奪い返されまいと必死で抵抗した姿を知っている。

何より、どうしようもなく馬鹿だった男が屈辱も何もかも呑みこんで『助けてくれ』と頭を床にこすりつけて願ったその姿を、オーギュストがそれを許したことを知っている。

だから踏み出す。

何もない暗闇に、ヒールの踵が音を立てて鳴った。