作品タイトル不明
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本当の夢を、久しぶりに見た。予知夢でも過去視でもない、ただの夢だった。
即位式にかけつけてくれた姉と義兄が、お祝いだと夜の町にこっそり連れ出してくれる、なんだか馬鹿げた夢――夢だ。実際にあった現実だった気もするが、あるべき過去ではない。
(……気が、ゆるんでいるのかしら)
ぼんやりとアメリアは寝台から起きあがる。
何百年と自分を嘲笑い続けた過去視も予知夢も、ここ数日見なくなっていた。きっと願いが叶ったからだろう。
姉に奪われたものを全部取り返し、めでたしめでたしだ。
でもこの部屋は相変わらず、時が止まったように動かない。運命の人のぬくもりもない。
「……きっと、まだ終わっていないからよ。望んでいたものを全部、手に入れてないから」
新たに目覚めたルシェルを完全な存在にすれば、きっと。
ずたずたにされた肖像画を見あげながらつぶやく。そこにはかつて、自分の本当の顔が描かれていた。でも、正しい運命を知ったそのときに自分の手で引き裂いた。以来ずっと放置させている。宮殿はもう何百年と前から無人で機能するよう作り替えたので、誰も気にしない。
それに、魂に適合する体が元々の自分の体と姉の体しかないため、歴代の女王の肖像画を描かせると顔がすべてどちらかの顔になってしまう。女王はそうそう顔を出さないし、宮殿内も早くに神具を使って無人化させたが、それでも人の目に触れるとややこしい。
ふと頬に手を当ててみる。もし今肖像画を描くとしたら、どの顔を描くべきだろう。
少なくとも今、この顔は――本物ではない。姉でもない。これはそうあるべきだった姉の顔で、本当の姉はこんな死んだような目をしていなかった。では、本当の自分の顔を今度こそ飾るべきなのか。
どの案も気乗りしなかった。だからどれも欲しいものではないのだろう。
今、手にしているものは、手にした瞬間に、価値が消えた。
それはそうだ。
だって自分は奪ってやりたいだけだった。奪うことに、価値があった。だから、もしまだ足りないとしたら――それは、新しい顔をした、新しい体ではないだろうか。
聖剣を持った魂に適合する器はそうそうない。自分の血を引く子どもならとためしたが、体の時を止めているせいか、自分そっくりの子どもしか生まれず、そろって意思や感情――魂が欠落していて、器には最適だがすぐ壊れてしまう使い捨ての自分にしかならなかった。
唯一違ったのは、リリア・レインワーズだ。
生まれた瞬間から大声で泣き、自分の手をはねのけ、生きる意思を持ち、まぎれもない魂を持っていた。ああ、自分は次の聖剣の乙女を生んだのだと、予知夢を見なくてもわかった。
手元で育てなかったのは、いつかその体が使えるかもしれないと思っていたからだった。
アイリーン・ローレン・ドートリシュの持っていた聖剣は奪ってやった。
残る脅威があるとしたら、あとは自分の娘ただひとり。
「……そうね、それを手に入れれば、今度こそ、幸せに」
思考より先に、体が反応した。どこかで遠く爆発音が響いたのだ。気のせいかと思った瞬間に、遅れた衝撃で床がゆれる。
「なっ……!」
結界はそのままだ。魔力も聖なる力も感じない。
まさかどこか壊れでもしたのか、と思った瞬間に、もう一度爆発が響いて、宮殿全体がかたむく。ななめにすべる家具がぶつかる前に、アメリアは転移する。
向かったのは、運命の人がいる玉座だった。
「ルシェル様! これはいったいなんの騒ぎ――」
ふっと閉じていた赤い目が開かれる。
「なんだ、まるで私が何かしたような言い方だな」
「い、いえ……ただ、何も感知できなかったので……他に思い当たらず」
「いるだろう。ただの人間なら、聖なる力で捕捉できない」
だが、この宮殿は侵入者を排除する白い兵隊達がいる。その疑問に、玉座で頬杖をついて、魔を司る神が笑った。
「聖石で擬態しているようだな。動力炉だ。この宮殿を落とす気か。さて、どうする?」
「問題ありません。落とすと言うならば、エルメイアに落としてやれば――」
外から衝撃と光がきた。今度こそはっきりと、アメリアは攻撃を感知する。
(聖なる結界を攻撃するなんていったい、誰が――聖騎士!)
目を閉じた一瞬、まぶたの裏に映った外の光景に、神剣を持った聖騎士と、それと並んでいる半魔の姿が映る。それに力を分け与えている義兄の姿も見えた。
同じものを見ているのだろう、ルシェルがくっと喉を鳴らして笑う。
「エサは用意したから出てこい、ということらしいな。人間というのは、したたかだ。たとえ聖剣を失っても」
どうしてだろう。何よりもその姿に、ゆっくりとアメリアの口端があがる。
真正面で立ちはだかる女――持っているのは、魔剣だ。聖剣を模倣して造られた神剣が魔力を注がれてなり果てた姿なのだから、その名も間違いとは言えない。
(魔剣の、乙女)
聖剣を奪いその地位をおとしめるその乙女の名前を、そう呼ぶ。
かつて聖剣を姉のあとで手に入れた自分が、そう呼ばれていた。
魔王の妻となった姉を、そう呼ばせていた。
不思議だ。
金色の髪に青い瞳をした、自分にも姉にも似ていないあの女を、どうして自分たちのようだと思うのか。
立ちはだかるその姿に、どうしてこんなに気分が高揚して、殺してやりたくなるのか。
「――動力炉には兵隊達を向かわせます。外は私におまかせください、ルシェル様」
「かまわないのか?」
「ええ、あなたを二度と、奪わせたりしません」
ああ、これが幸せだ。
これこそが、自分が望んだ幸せだったのだ。