軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

57

気づいたら、アイリーンは透明な円錐の結界に守られて空に浮いていた。

「少し待っていてくれ」

クロードそっくりの口調でそう告げたグレイスが手のひらに握っているのは、腰にさげていた剣だ。聖剣ではない。

だが、剣からはきらきらと聖なる力の粒子がこぼれている。

鮮やかな曲線を描いて剣をかまえたグレイスが、突っこんでくる魔竜に正面からそれをたたきつけた。

光の洗礼を浴びた魔竜の瘴気が、吹き飛んでいった。だが魔竜はひるまない。頭からつっこんできたそれをグレイスはひらりと一回転してよけ、あろうことかその長い首をつかんでぶん投げた。

あっけなく放り投げられた魔竜がアイリーンの横を通りすぎたところでどうにか姿勢を整え、吼える。

振り向いたグレイスが目を細めた。

「……まさか、そのお嬢さんを人質にするつもりか?」

「え? あ」

そう言われて初めて、背後にいる魔竜がアイリーンを盾に取っているのだと気づく。

振り向いて見た魔竜は、聖竜妃よりも二回りほど小さかった。大きく見えるのは瘴気をまとっているせいだ。それも先ほどのグレイスの攻撃を受けたせいで、だいぶ薄くなっている。

「そういう卑怯な真似は感心しない」

「ギャウゥ……」

「そのお嬢さんを巻きこむなら、私も容赦しないぞ」

腰に手を当ててこちらを見ているグレイスの声が低い。

「離れなさい」

「ギャウ!」

「わがままを言うんじゃない。私は魔王の妻だ。つまりお前の母親代わりだ。お前が間違っているとわかっていて、放置するわけにはいかない」

「こ、この子の言葉がわかるんですの、グレイス様」

「わかるわけがないだろう、勘だ!」

つまりわかっていない。だがあながち間違ってはいないのだろう。

魔竜は低く唸ってグレイスとにらみあっている。息づかいから興奮が伝わってくるし、もどかしそうに翼を上下させていた。

しかし、アイリーンに襲いかかろうとはしない。

(あ)

決して侮れない魔物だというのは、アシュメイルの一件でわかっている。だが、もとは人見知りが激しくて、内気な子だ。

ついに苛立ちが限界に達したのか、魔竜が吼えた。魔力が制御できていないせいなのか、ぐあんとその周囲がゆがみ、アイリーンの体が円錐の結界ごと引きよせられる。

腰に下げた鞘に剣をおさめたグレイスが、今度は手のひらを輝かせる。聖剣だ。

グレイスが一瞬で魔竜の前まで移動し、聖剣が描く剣先の軌跡で、魔竜を囲い込んだ。それは編み目のようになって魔竜の全身をしばりあげてしまう。

「ギャウギャウギャウ!」

そこから逃れようと暴れる魔竜がますます興奮して、まるで花火のように魔力をそこら中で爆発させる。

光と音の衝撃が結界内にも響き、アイリーンは思わず耳をふさぎ、目を閉じた。

それを見てグレイスが怒り出す。

「他人様をまきこむのはやめろと言っているだろう! 本当に鱗をはぐぞ!?」

「ギャウッギャウ!」

「聞き分けのない……!」

「ま、待ってグレイス様! この子はちゃんとわかっています!」

ぴたりと動きを止めた魔竜が、今まで一瞥もしなかったアイリーンを上から見おろした。

そばにやってきたグレイスが、眉をひそめる。

「わかっているなら、なぜ……」

「不安なんですわ。人に迷惑をかけていることは、あなただってわかっているのよね?」

魔竜が低く唸った。その目はまだ不信感でいっぱいだが、アイリーンから視線を動かさない。

一息ついたアイリーンは、その顔を見あげて立ちあがる。円錐の結界はきちんとアイリーンの靴底を支えてくれた。

「あなたは、成竜にならなければならないとはわかっている。賢い子だもの。でも、成長したって少しもいいことがない――そう思っているのよね。だって上位の魔物であるあなたは、成長したらきっとみんなに怖がられてしまう。ただでさえ、家族もいないのに」

「……」

「大人になったら、本当のひとりぼっちになってしまうかもしれない。だったら、今しか使えないこの力で仲間の形見を集めていたい。当たり前の気持ちだわ」

グレイスがまばたいて、嘆息する。

同時に聖剣がその手から消え、魔竜を縛っていた光の縄も消失した。

「――ひとりぼっちだなんて、そんなわけがないだろう。成竜になったってお前はお前だ」

「ギュウゥ……」

「それにどんなに強くなると言っても、私より弱いだろうに……」

少し問題がずれている気がするが、グレイスはふわりと魔竜の近くまで移動して、その頭をぽんぽんと叩いた。

「馬鹿な子だ。ああでも、そうだな。私は成竜になる必要性ばかり説いて、どんなに素晴らしいことなのかは教えなかったな。しかし――大人になってよかったことと言われると……特にない気がするな?」

「ウギャッ!?」

「グレイス様! ええと、そう、あなた女の子ですわよね!」

「そうなのか?」

知らなかったのか。脱力する反面で、笑ってしまった。

(こういう、妙に抜けているところがクロード様とおんなじ)

あの人もなんだかんだ力まかせで解決しようとするし、人の話を聞いているようで聞いていない。思い出して、愛しさが胸にこみあげる。

だからアイリーンは、いずれまた出会うこの子に教えられることがある。

「いいこと? 大人になったら、あなたは素敵な女性になれるわ」

「ウッキュ……?」

「そうしたら――好きな人と結婚できてよ?」