軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

56

突然戻ってきた憎き姉は、妹である自分にはめられたことにも気づかないまま、聖剣の乙女になり、魔王と結婚していた。

女王試験を辞退すると姉は言ったが、周囲がそれで納得するはずがない。

聖剣の乙女となった彼女こそ次期女王にふさわしい。何より魔王と結婚したと言うグレイスこそが、『魔を司る神に愛を教えよ』という女王試験に合格したと言えるのではないか。いや、女王試験の相手は魔を司る神だ、魔王ではない。そもそも魔王と結婚するような女が持つ聖剣が本物であるわけがない、逃亡で女王試験も失格になっている――議論は紛糾した。

その声に、あるいはグレイスが聖剣を手にした事実に、アメリアが女王にふさわしいと予知をくれた女王でさえうろたえ出していた。

そんな周囲を歯牙にもかけず、本当にグレイスはあっさりすべてを投げ出した。

魔物と人間が暮らせる国を作りたいなどというわけのわからないことを言って、また姿を消したのだ。

いない者を女王にすることはできない。

しかたなく、女王試験はそのまま続行された。続いている間にグレイスがまた姿を現さないか、あるいは女王になる気になってくれないかという期待があからさまにすけて見える、引き延ばしだった。

「――『なんとしても聖剣を手に入れる』『魔の神をさがさないと』……グレイスが戻ってから、そういう記述が多い」

アメリアの日記をめくりながら、セドリックが疲労の濃い息を吐き出す。マークスが眉をひそめた。

「休んだほうがいい」

「大丈夫だ。……少し内容にあてられただけだ」

優秀な兄弟を持つセドリックには、自分と重なるところがあるらしい。セドリックの腕にひっついたままリリアはちらと眉間によったそのしわを見た。

(……そういえばセドリックって、劣等感、克服できてるのかしら?)

ゲームでは勝手にクロードが魔王となって道を誤るので、リリアからの肯定を得るだけで克服できただろう。だが、今のセドリックは優秀な異母兄に皇太子の座を取り戻され、あげくその膝を自ら折ることを選んだ。リリアの意に反して。

「? どうした、リリア」

知らず、その腕をつかむ手に力をこめてしまっていた。しかし焦らずゆっくりと、心配そうな顔を作る。

「セドリックが心配で」

「……ああ。大丈夫だ」

白々しい笑みをセドリックが返してきた。自分の言葉をかけらも信じていないらしい。

もちろん気持ちなどまったくこめていないのだが、少しむっとした。

「ほんとよ? 少しでいいから、いったん休んだほうがいいわ」

「いや、すませてしまおう。ハウゼルの期限まで時間がない。アイリーンが行方不明ならなおさら、できることはやっておかないと」

日記の内容が気になるのでまったく休んで欲しくないのだが、ことごとく自分の言葉を切り捨てられるのがなんだか面白くない。

しかし今更、演技をやめるわけにもいかない。

「そう……でも、無茶しないでね」

「ああ。これは……グレイスが一度戻って、半月もしない頃だな。魔物ではないかとルシェルに嫌疑がかけられて、真実の鏡の前に引き出されることになったらしい」

ルシェルが魔王、すなわち魔を司る神であると暴かれるイベントだ。

聖なる力の強さ、すなわちゲームでのパラメーターが足りなければ正体を現したルシェルに殺されてゲームオーバー。

足りていれば、女王ルートか聖剣の乙女ルートなのか――聖剣が現れるか否かで分岐する。

(ルシェルからの好感度が足りてれば、正体を暴かれたルシェルが逃げるときに花を落として、それをきっかけに聖剣がアメリアから生まれる。足りてなかったらルシェルは花を落とさないから、聖剣の乙女にはならず、女王ルートになる)

だが、ルシェルは既にグレイスに攻略されている。この場合どうなるのか。

その答えをゆっくりと、セドリックがめくる。

「アメリアは、ルシェルがたとえ魔物だったとしても、かばう気だったようだ。囚われたルシェルに私がなんとかするから逃げて、と告げている。ルシェルは大丈夫だと答えているようだが……詳細は書かれていないが、逃がす算段も考えていたようだな」

「ちょっと、それって女王候補生としてはまずいでしょ?」

眉をひそめたセレナに、セドリックは頷いた。

「そう――だな。だがそれでも、とある。『ずっとあのグレイスじゃなく、私なら女王になれると励ましてくれたひとだから、これだけは迷わない』そうだ」

「……馬鹿な女」

「セレナ?」

くるりと背を向けてしまったセレナに、オーギュストが話しかけている。その小さなつぶやきは、しんとした部屋に大きく響いた。

「ルシェルって、姉の旦那なんでしょ。それも知らずに」

「あ……」

オーギュストの気づきは、この部屋にいた男性全員の心の声だっただろう。

そう、アメリアは知らずに恋をしていたのだ。

恋をしているとも気づいていないかもしれないけれど、姉の夫に。

セドリックが深呼吸して、続きを読み上げる。

馬鹿な女の、馬鹿な結末を。

「当日、ルシェルが真実の鏡の前に引きずり出される前にグレイスが、現れる」

そうだろう。夫が帰ってこなければ、さがしにくるはずだ。

「事の顛末を聞いて、グレイスはあっさりルシェルが魔物だと――魔王であり魔の神だと宣言したらしい。自分の夫だから、心配しなくていいと」

姉を陥れてまでなりたかった女王の座を捨てる覚悟でその男を逃がす算段をつけていたアメリアは、それをどんな気持ちで聞いたのだろう。

「ルシェルは攻撃の意思はないことを宣言し、たったひとり、自分を守ろうとしてくれたアメリアに感謝して、花を差し出したらしい。魔界でいちばん綺麗に咲く花を――『君は大事な義妹だから』『黙っていてごめん、魔王だって知られたら嫌われるかもしれないと思って』と」

その花は、愛の力で咲く花だ。聖剣を生むための。

「その夜の日記だが……『もうわからない』とあるな」

「……そのまま読んで、セドリック」

静かにうながしたリリアに、セドリックは頷いた。

「――『どうしてこんなに、私は泣いているのかしら。まさか、義妹って言われたから? ううん、そんなことあるわけない。利用されたからよ。それだけよ。そう、私は利用されたんだわ、あのふたりに。何が家族よ、このまま黙って女王になった私を利用しようとしたのよ、そうよ。怒るべきで、泣く必要なんか、ないのに。そうよ、喜ぶべきよ。だってほらやっと、聖剣が、私の手にあるんだから』……ここで、聖剣……!?」

「聖剣の乙女になるいちばんの条件は、愛だもの。家族愛だって……失恋だって、愛だわ」

だから、アメリア・ダルクは正真正銘、聖剣の乙女だ。

「それで、どうなったの? 女王試験、まだ終わってないわよね」

「あ、ああ……聖剣を得たこと、ルシェルに家族と認められたことで、魔を司る神に家族の愛を教えたのだと、女王になることが翌日に決まったそうだ」

――本当は、それも屈辱だっただろう。けれどそう認めることは矜持が許さなかった。自分は勝ったのだと、自分があのふたりを利用してやったのだと、勝ち誇るためにアメリアは女王になる。

そして地下の祭殿で過去視と予知の力を受け継いだ彼女は、知るのだ。

(本来ルシェルと結ばれるのは、アメリア・ダルクだった)

それは、新しい悲劇の始まり。