作品タイトル不明
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「ええと。つまりグレイス様は、幼い頃体が弱くて死にかけたときに、大丈夫この子の命はここで尽きる運命ではないとお母様に言われて、なら多少無茶をしても死なないのではないかと医者を振り切って体を鍛え、何度も死にかけたせいか聖なる力が異常に強くなり、しかも途中で武芸に目覚めていっそ極めようと切磋琢磨。結果、女王試験にも参加はしたけれど、どう見ても戦っているほうが楽しいから双子の妹さんに譲る気でいたら、魔界になぜか落っこちて、魔王たるルシェル様に出会い――なんかこう、結婚してしまわれたと」
「うん。あの頃のあいつはこう、神ぶってて腹の立つ奴でね。そのたびに叩きのめしてやって二ヶ月くらいたった頃かな。そろそろ人間界に帰ろうとしたら、戻らないでくれ、結婚してくれと頭をさげられた」
頭が痛い、理解がついていかない。
「まあ、私も女だからな。結婚適齢期ではあったし、面白いと思って」
「面白い……」
「ああ、いや。――内緒だぞ?」
少し照れくさそうに笑って、グレイスが小声になる。
「正直、私にかなう男なんて今までいなかったからな。しかも、叩きのめすたびに強くなって戻ってくるんだ。この男は将来性があると思っていた。いい男じゃないかと」
「はあ。……魔王でもですか」
「魔王でも、いい男はいい男だ」
そのとおりである。魔王だろうとなんだろうと、アイリーンの夫は世界一いい男だ。
「神だなんて名乗るだけあって、世間知らずでな。だが、指摘すると改善するし、ちゃんと反省できる。女性に対する態度がなってないと言ったら、必死で調べて私に魔界でいちばん綺麗な花を持ってきたよ。百合に似た綺麗な花だ。そんな男は今までいなかった」
くすくす笑って、グレイスは立てた膝に顎をのせる。
「そのときだ。私の中から、聖剣が生まれたのは」
「聖剣……」
「そういう武器があると女王陛下から予知夢として内々に聞いていたけど、驚いたなあ。なんだかんだ魔物もかわいかったし、全部まとめて面倒みるのは悪くないと思った。それがハウゼル女王国を、人間を守ることにもつながるだろう?」
こくりと頷き返した。
「妹は頑張り屋でね。真面目で優秀な、次期女王にふさわしい子だ。一方の私は魔王と結婚したんだ。だから、女王試験は辞退した、という顛末だ。私は私でやれることをやろうと思っていてね。国を作る気なんだ。人間と、魔物が暮らせる国を」
まさか――それは。ごくりとアイリーンは喉を鳴らす。
「で、そのためには人間に悪さをする子をそれは悪いことだと教えていかないといけないだろう? その辺、夫……ルシェルって言うんだが、あれは本当にだめでね。私が厳しいからなのかすぐかばうんだ。で、君に迷惑をかけてしまっているわけだよ。申し訳ない」
「い、いえ……わかりました。ええ。じゃあ……わたくしが元の場所に戻るには……」
ゲームの手順を思い出そうとすると、グレイスが答えてくれた。
「あの子がここに君をとどまらせている魔法を解除すれば――要は、あの子が成竜になればいいんだ。今のあのでたらめな魔法は、幼竜の頃にしか使えない魔法らしくてね。ルシェルに頼むのも手だが、それだと魔法を重ねることになるから、万が一手違いが起こったら体が分解されて魂だけになるかも」
「ぜひ成竜になるよう説得しましょう。わたくしも微力ながらお手伝いしますわ」
断言したアイリーンに、ふっとグレイスが笑った。
「君は変わってるな? 魔物が怖くないのか」
「え……は、はい、いいえ」
「どっちだ。ふふ、まあいい。詮索しないであげよう。さて、私の身の上話はこんなところだが、君の信頼は得られただろうか。何か質問があれば受け付けるよ」
聞きたいことがあるとすればもっと先の話、彼女の最期だ。本体が怒っているという原因。
だがそれは、グレイスにとっても未来の話だ。聞いてもわからないだろう。
(でも、本体の怒りをとけるとしたら、きっとこの人しかいない)
何かヒントを持って帰るのだ。聖竜妃はこのために、魔力をわけてくれたのだろうから。
考えて考えて、アイリーンははっと顔をあげる。
「そうですわ……! グレイス様、円満な夫婦関係を築く秘訣とかありません!?」
「……そんな話で君の信頼が得られるのか?」
「得られます! その、喧嘩をなさることがあるでしょう? しかもグレイス様は相手が魔王ではありませんか。魔王の怒りなんてどうやって止めるのかと」
「簡単だ。殴ればいい」
だめだ、ヒントにならない。両手で顔を覆ってほんの少し絶望した。
そんなアイリーンにはまったく頓着せず、グレイスは呑気に続ける。
「あとはきちんと手綱をにぎっておくことだ。どこにいようが飛んでくる弱みとか、握っておくと便利だぞ」
「そう……ですわね……」
確かにそんなものがあればクロードだって戻ってきてくれるかもしれないと遠い目で考えてから、はっとした。
(どこにいようが飛んでくる?)
「あ、あの、グレイス様! まさかそれ、ルシェル様の話――」
「さて、もうそろそろ頭も冷えただろう。あの子を呼び出すとするか」
グレイスが持っていた布袋から手の平ほどの鱗を取りだした。
薄く水色がかった、綺麗な鱗だ。思わず意識がそれてしまう。
「それは?」
「あの子の親の鱗だ。形見らしい」
そう言って立ちあがったグレイスは、その鱗をたき火であぶり出した。ゆるゆる丘からあがる煙に、アイリーンは仰天する。
「なっ――な、グレイス様!? そんなことをしたら」
「さあ出てこい! 燃やすぞ!」
「燃やすんですの!?」
衝撃を受けたアイリーンではなく、遠い空を見ながら、グレイスは力強く頷く。
「あの子が盗んだものの中にだって、これと同じ価値があるものがあっただろう。それを奪われることがどんなに悲しいことか、きちんとわからせなければ」
「そ、それはそうですが、スパルタですわね!?」
「何百年も甘やかされていたんだから、当然だ。他の魔物、あの子をかばってもいいがそのときは私に叩きのめされる覚悟で向かってこい! ルシェルも同様だ! ――さあ、燃やされたくなければ出てこい!」
遠く、山の向こうから雄叫びが上がった。
同時に、どっと黒い靄のようなものが空に広がり、こちらに飛んでくる。ところどころにあるあの赤いものは――目、ではないのか。
(そ、そういえばあの子、水竜だから――つまり魔竜になれるわよね!?)
かろうじて竜の姿は保っているし、規模は小さいが、この間アシュメイルで見たものと変わらない。悲しみをわからせるより怒りを覚えさせたのではないか。
だがグレイスはふんと鼻で笑ってぽいと鱗を放り捨てた。焦げてはいるが、まだ燃えていないことにアイリーンがほっとしてしまう。とりあえず、すすを払って、元の布袋にしまっておいた。
その間に一直線に向かってきた魔竜が、かっと口をあけた。
布袋を持ったアイリーンごとグレイスが抱いて、丘から飛び上がる。
「話も聞かず他人様に向かって攻撃するとは……!」
「ど、どうするんですの!? 怒ってますわよね!?」
「しょうがない。鱗をはいで、無理矢理でも成竜にしよう」
暴力はすべてを解決する。アイリーンは遠い目でそれを受け入れることにした。