軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

51

しゃりしゃりと、果物ナイフが林檎の皮を薄くそいでいく。この音や作業が、リリアは嫌いではなかった。ひとつの丸だったものが、らせん状に形を変えてほどけて、おいしい中身をさらけだすこの作業。

「はい、セドリック。うさぎさんよ」

「……ありがとう、リリア」

寝台脇に置いた皿を見て、セドリックがかすれた声で答える。

その顔にも体にも、ガーゼやら包帯やらがところどころに巻かれて、痛々しい。

全身打撲と裂傷。セドリックが負った傷は、状況を思えば軽いほうだ。あの女はセドリックを壊すために水晶の内側に向けて攻撃していた。ほんの少しその箇所がずれていたら、水晶にはいったひびと一緒に体がちぎれ、ぐちゃぐちゃに潰れただろう。

「本当に、ごめんね……私があの女を挑発したばっかりに……」

「いいんだ、俺こそすまない。……足手まといになった」

「そんなことないわ、あなたがいられるから頑張れるんだもの」

心にもない、リリアにふさわしい台詞だけを吐き出す。

そうするのは、それ以外に術を知らないからだと気づいたのは、いつだったか。

「お前こそ、怪我はないのか?」

「うん、大丈夫よ。すぐ治っちゃった。聖剣の乙女だもの、一応」

「そうか、よかった」

「……なんにも聞かないし、言わないのね」

「今更だ」

そうか、今更か。視線をさげて、リリアは冷たく果物ナイフを見据える。

「私が負けたことにも?」

豪華な天蓋のベッドに上半身を起こしたセドリックが、首だけを動かしてこちらを見た。

「……俺に何か、できることはあるか?」

「……。そうね、キスして」

「は!? った!」

驚いて身を起こそうとして、セドリックが痛みに悶える。馬鹿みたいだ。

小さくリリアは笑った。

「やだセドリック、冗談よ」

「じょ、冗談。そうか、冗談だな、うん」

別にしたことがないわけでもないのに、何をこのキャラは焦っているのだろう。

(ああでも、この監禁生活が始まってからは、したことなかったっけ?)

別にしたいわけではないので、求められていないことすら失念していた。アイリーンと魔王様の恋愛模様を観察するのに夢中で忘れていたとも言う。乙女ゲームのヒロインともあろう者がだ。

そう思うとおかしくなって、果物ナイフをサイドテーブルに置き、セドリックが横になっている寝台脇に腰をおろす。

「でも、セドリックとキスしたら勝てる気がするわ」

じりとにじりよると、セドリックが焦ったように視線をうろうろさせた。

「か、勝て……って何に……」

「あの女とか、アイリーン様とか、頑張ってるヒロインたちとか?」

「は、話がよくわからない」

「じゃあ、あなたに」

ひたと見据えると、セドリックが口ごもりながら答える。

「お、俺になら、勝っている……だろう」

「……それもそうね」

「さ、さっきから俺をからかおうとしているだろう!? そういう冗談は――」

「ちょっと、いる!?」

両開きの寝室の扉が派手な音を立てて開く。

セドリックは息を呑んで固まったが、リリアはかわいく首をかしげた。

「やだセレナ、セドリックのお見舞い?」

「なんで私がそのボンクラ皇子の見舞いをするのよ、もう興味ないわよ、あんたよあんた!」

「えっやだ私そういう趣味は」

「誰がそんな話してんのよ! いいからきて!」

えーともったいぶっている間にセレナに腕をつかまれた。

そのセレナを追いかけてきたのだろう、オーギュストが息を切らして寝室に入ってくる。

「セレナ! 第二皇子の面会には手続きが――ってああもう……! すみません、セドリック皇子! そうだ、聖騎士団の権限でちょっとリリア様借ります!」

「あ、ああ……せ、聖騎士団の権限? 何かあったのか」

「ええと――セレナ待てって!」

オーギュストの叫びにまったくセレナは振り向かない。

あまりの考慮のなさに、リリアも呆れた。

「可哀想じゃない? あなたの尻拭いじゃないの、あれ」

「時間がないからいいのよ」

「ふーん。奥さんが醜態さらして旦那さんが責任とって降格ってよくある話よね」

「こっちが優先よ! 大体あんたに言われたくない」

それはそうだなと思う反面、少しびっくりした。セレナがついに、オーギュストとそういう扱いをされても怒らなくなってしまったのだ。

背筋をしゃんと伸ばし、まっすぐ歩くセレナは、2のヒロインだ。不遇な家庭環境から人生を変えるべく男尊女卑の学園に入学し、同じ不遇な環境にある女生徒達を助けながら、諦めず倦まずに、未来を勝ち取る救済の聖女。だからその力を、遅ればせながら開花させた。

サーラもそうだ。アシュメイルでかしずかれ崇められていた頃よりも、今のほうがよほど神の娘らしい。あんな目にあってもアレスを助けよう、どうにか自分たちの未来を守ろうとするその愛情深さも強さも、ヒロインにふさわしい。

「何?」

じっと見ているのを不審に思ったのか、セレナがずんずん廊下を進みながらこちらをじろりとにらむ。にこりとリリアは笑い返した。

「なんでもないわ。ね、どうしたの? 古城に向かってるみたいだけど」

皇城の使用人達の通路を迷わず抜けていきながら、セレナは答える。

「古城の中庭よ。消えたんだって、あの女――アイリーン様が」

「え?」

いいから、とセレナが歩調を速めた。