作品タイトル不明
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「ルシェルという魔王を引き渡さないと小耳にはさんだのですが?」
「そうね。でも会議は引き渡す方向で決まると思うわ」
「つまり時間稼ぎか……まあ、それしかないな。賢明な判断です。魔王の次は、リリアを引き渡せ、でしょう。なにせ、聖剣の乙女はたったひとりでいいと仰せだ」
ずかずかと図々しく入ってきたレスターの読みに、少し感心する。
聖剣の乙女はたったひとりでいい――あの女の言葉をそのとおり受け取るならば、リリアだって当然狙われている。
「用件はそれだけかしら?」
「これを」
そう言ってレスターが内ポケットをまさぐり、アイリーンに差し出した。
鍵だ。
おそらく、アイザックが持っていたという金庫をあけるための、もうひとつの片割れ。
「アイザック・ロンバールから預かっていました。金庫の鍵だそうで。彼が持っているだろう鍵とこれで開けられると聞いています。中には彼がハウゼル女王国に加担した証拠と、我が家の不祥事についての証拠が入っているそうです。まったく、抜け目ない」
「……わたくしにこれを渡すなんて、どういうつもりなの?」
まさかアイザックが持っている鍵をこちらが回収していないと思っているわけではないだろう。
いぶかしむアイリーンにレスターは瞳の色を、眼鏡のレンズで隠してしまう。
「あの男は魔王を封印するために動いていました。魔王を戻す方法がわからない以上、一生その状態が続く可能性が高い。皇太子殺しと変わらぬ結果を招く以上、あなたが承服するわけがないと知っていて策を立てた」
「わたくしはアイザックが裏切ったとは思っていないわ。脅すつもりなら見当違いよ」
「だが、私がこれを持っていれば、あなたはいずれ彼を切らざるを得なくなるでしょう。一方で彼が持っていた鍵をあなたが持っていれば、今度は私があなたに弱みを握られることになります。ふたつそろえば、もうさからえない」
顔をあげたアイリーンの手の平に、レスターは鍵を握らせた。
「だからあなたが持っているべきだ、両方とも。彼はまだ必要でしょう。この私もね」
「……」
「まだ目覚めていないと聞いているが――彼の説得はまかせます」
そうだ、レスター・クレインは1の頭脳明晰キャラだった。
もちろん、アイザックのほうが優秀だとアイリーンは思うけれど。
「……ここは素直に感謝するわ。ありがとう」
「誤解しないでいただきたい。私は全部自分ひとりで背負って消えようという根性が気に入らないだけで、それ以上でもそれ以下でもない。大体、こんなもので私を追い詰めたと思っているなら、私へのひどい侮辱です」
「そう。でも、この件が終わるまではいったん休戦ね。情報は共有できるようにするわ」
アイリーンの申し出に、レスターは肩をすくめて、アイリーンの前にある椅子に勝手に腰かけた。
「話が早くてありがたい。ではさっそくですが、一時的にでいいのでマークスの階級をあげてもらえないでしょうか。北の塔の警備では、騎士団総動員時にしか動かせない」
「セドリック様付きの近衛でどうかしら?」
「結構です。皇太子妃殿下の署名さえいただければ根回しはこちらで」
「そこまであなたを信頼しないし侮ってもいないわ。ウォルト、ゼームスを呼んで――」
「アイリーン、いいか」
ちょうどよくゼームスが来訪した。
だがレスターを見て顔をしかめ、黙ってしまう。言いたいことを察したアイリーンは、先回りをした。
「今は味方よ、話してかまわないわ。何かあったの?」
「……味方……まさか下僕にしていないだろうな?」
「誰が下僕だ! 私は由緒正しきクレイン侯爵家の跡取りだぞ!」
憤って立ちあがったレスターに、ゼームスはガラス玉のように冷たい目で応じた。
「私はミルチェッタ公国の公子で、目の前にいるのはエルメイア皇太子妃殿下だが?」
「まあまあいいじゃん、ゼームス。何か問題あったらクロード様があとで処分するって」
ウォルトの明るい声にゼームスが頷いた。
「それもそうか」
「いやまて、処分というのはどういうことだ? まさか頭からばりばり人間を食べたりするのか魔王は!?」
「アシュメイル王国から水竜がこちらに向かっていると、魔物達が騒いでいる」
「水竜ってまさか聖竜妃?」
目を丸くしたアイリーンに、ゼームスが頷く。
疑問を流されたレスターだが、些事だと切り捨てたらしい。眉間にしわをよせて尋ねる。
「アシュメイル王国があれ以上、我が国に手を貸してくれるのか? 先日の戦いならまだ、聖王が巻きこまれたので正当防衛という形でごまかせるだろうが、これ以上は……」
「国は関係ないだろう。それならまず、聖石のほうに聖王から連絡がくるはずだ」
「じゃあ、聖竜妃の独断で……? どうしたのかしら」
「もうそろそろ古城に着くだろう。会議が始まるが、どうする。水竜を見てすぐ聖竜妃だとはわからないだろうが、人目についたら面倒かもしれない」
「迎えるべきでしょう、皇太子妃殿下。魔物だろうが、相手は他国の妃だ」
真っ先に助言したのはレスターだった。
「会議は結論が決まっている、形式だけのものです。そこの公子様も迎えに行くといい。私がクレイン侯爵家の代行当主として会議に出席しておく。時間は有限だ」
「――恩に着るわ」
「いい報告であることを祈っていますよ。ああそれと、署名」
「わたくしのかわりに、ドートリシュ宰相にお願いして」
ドートリシュ公爵家はクレイン侯爵家にとって政敵だ。そしてルドルフならば万が一何かレスターが不正をしても見逃さない。むしろそれを逆手にとるだろう。
眉間にしわを刻んだものの、レスターは唸るような了承を返す。
体裁より実をとる器の大きさと柔軟さはあるようだと満足して、アイリーンは控え室を出るべく立ちあがった。