作品タイトル不明
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皇太子妃は本来、皇太子の代わりにはならない。だが今は、クロードに何かあれば皇位継承権が回ってくるセドリックでさえ、怪我で満足に動けない有様だ。
他に適任者がおらず、そして今の状況では誰も責任をとりたくない。
そんな諸々の事情から『皇太子妃であるアイリーンと皇太弟であるセドリックが協議して』という曖昧な形で、実質アイリーンがエルメイア皇国を背負う形になっていた。
何をするにも時間勝負だからだ。
『七日後までに魔王を引き渡さなければ、総攻撃を開始する』
空から世界を見おろすハウゼル女王国からの宣戦布告は昨日だった。
実行されるまで、あと六日しかない。
「セレナとサーラ様、アレス様を監視してるオーギュストから何か情報はあがった?」
かつかつ踵を鳴らし、大理石の廊下を進みながら、アイリーンは背後のウォルトとカイルに改めて報告を促す。
「まだのようです。サーラ様とアレス様があの状態ですので、話はセレナからしか聞けず、セレナも大した情報は持っていないとオーギュストが……」
「信頼できんのかねえ、あそこ。どういうつながりかよくわかんないんだけど」
「大丈夫よ。セレナは本気で聖騎士団団長の妻の座を狙いにきてるわ。クロード様が皇帝にならないとオーギュストは聖騎士団で出世できない。そのセレナがサーラ様とアレス様を助けようとしてるなら、少なくとも敵ではないんでしょう」
ウォルトとカイルが微妙な沈黙を返してきた。どうも不満らしい。
オーギュストを心配しているのか、先をいかれたと思っているのかはわからないが、どちらにしろ微笑ましいとアイリーンは苦笑いを浮かべた。
「ゼームスがいいって言ったんでしょう? なら大丈夫よ」
「まあそうだけどねー。アイザックが早く目をさませば話早いんだけどな」
「それなんだが……アイリーン様。アイザックのポケットに鍵が入ってたとリュックから報告がきています。金庫の鍵だそうですが、ふたつあるはずの鍵がひとつ足りなくて開けられないと。アイザックが隠したのか、誰かに預けたか……」
「そう……レイチェルやエレファス、ドニ達の行方についてはまだ何もわからない?」
「そうだね。エレファスが砦の攻略作戦を立てて、その時にリボンに『アイザックをこっそり見張って危なかったら助けるように』って頼んだってとこまでしか足取り追えてない」
「城下町の方でも聞き取りをさせていますが、この状況です。混乱がひどくて」
「おはよう、アイリーン」
皇城の会議室の手前にある控え室の中で、ルドルフが待っていた。
少し緊張しながら、アイリーンは答える。
「おはようございます、お父様」
「ハウゼル女王国から返事がきたよ。いやあ、聖石って便利だねえ。『魔王とは、ルシェルという名前の魔王のことである』だそうだ」
予想していた返答に、アイリーンは嘆息した。
「あちらがさらったクロード様は、魔王ではないとでも?」
「神聖ハウゼル女王国に与した時点で魔王ではなくなるんじゃないかな? まあその辺の屁理屈合戦をやりあってもしょうがない。どうするんだい? お舅さんは行方が知れないって聞いたけど」
ルシェルは気づいたら行方をくらましていた。怪我を負っていたはずだが、魔力が使えるなら治ってしまうだろうから、その点は心配していない。
だが、魔物に聞いてもその行方について口をわらない。どうも、箝口令が命じられているらしい。
かろうじてゼームスだけが、魔界には帰っていないと証言してくれた。
「ハウゼル女王国の期限は厳しい。それまでに見つからないとまずいねえ」
「まあ、お父様。ルシェル様を引き渡す気ですか?」
「それはもう、引き渡さないとね。会議はそうなる」
この父がそう言うならば、それはもう決定事項だ。
会議は『ルシェルを差し出す』『一刻も早く捜せ』という方向で定まるだろう。
「捜索期間の延長についてハウゼル女王国は?」
「黙殺だよ。まあ、七日後に攻撃するという結論ありきの期間なんだろう。だからあと六日だよ。わかったね」
六日間だけは時間を稼いでやる。そうルドルフは言っているのだ。
そしてそのことをアイリーンに先に教えることで、いくつかのやるべきことも示唆している。
「カイル、会議はウォルトと出るわ。あなたは今すぐ古城に戻って、魔物達は結界の内側から出ないよう徹底させて。ルシェル様の居場所を吐かせようとする輩が出てくるから」
小さく頷いたカイルがきびすを返す。
クロードが森に張っていた魔物を守るための結界は、ルシェルが引き継いだのかまだ生きている。対人間相手なら、その中がいちばん安全だ。
こうなるとクロードがいなくて逆によかったかもしれない。魔物を連れてこいと言われても、アイリーンは魔王ではないのでそれはできませんわと言えばそれですむ。
「他国については、静観させるのが精一杯だよ。魔王をかばうのかと言われたら分が悪い。しかも、ルシェルというお舅さんはエルメイア皇国の次期皇帝でもないからね」
「わかっております」
「――引き渡す気はないんだね?」
「クロード様を取り戻すのが先です」
ルドルフはじっとアイリーンを見たあとで、改めて口を開いた。
「……皇都の被害報告があがってきているよ。負傷者多数、既に国外に逃げ出す準備をしている貴族も多い。今日の会議もだいぶ欠席者が出るだろう。それでも、皇太子妃としてそう判断するのかい?」
「はい。お父様にはご迷惑をかけて、申し訳ございませ――」
「だが、死者はひとりも出ていない。第三層以下の区域は無傷。第二層と第一層もせいぜい爆風のあおりをくらったくらいだ。ぼろぼろなのは古城だけ。宣戦布告を聞いても第三層以下の人間はほとんど逃げようとしていないみたいだね」
目をあげると、ルドルフはうっすらと唇に弧を描いた。
「皇帝など、誰がなっても大して変わらない。だがお前はいい男を見つけたよ」
「……お父様」
「何を謝罪されるのか。膿を出し切るこれ以上ないいい機会だと笑うべきですよ、皇太子妃殿下。このあとに始まる改革に、私の息子達は役立つでしょう。人間であっても、変わらずに」
臣下としての言葉に、喉を鳴らしてつばを呑みこみ、頷いた。
「――よろしいでしょう。クロード様に、そのように伝えます」
「ありがとうございます。あなたが皇后の冠を戴く日をドートリシュ公爵家、心よりお待ちしております」
静かに一礼をして、ルドルフはにっこり笑った。
「じゃあお父様は他の根回しにいってくるよ。ピエール皇帝陛下を引き戻す案とセドリック様を皇太子に戻す案をつぶして回らないといけないからね」
懐中時計を確認して、ルドルフはいつもの口調に戻り、退室する。
思わずこわばった全身の力を抜いた。
(……初めてお父様に皇太子妃扱いされたわ)
それだけで、自然と背筋が伸びた。
「皇太子妃殿下、会議前にお話させていただきたい」
ノックと一緒に聞こえた声に、まずウォルトが動く。
開いた扉の先にはレスターがいた。