軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

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目を覚ましても、隣は空白のままだ。

アイリーンはそろりと手を伸ばして、シーツに触れる。ぬくもりはない。

アイリーンの時間感覚ではほんの数日前までは当たり前にあった夫の体温が、ない。

「はーいアイリちゃん、おっはよー!」

ばさあっと音を立ててかぶっていた羽布団がめくれ上がった。

まったく人の気配を感じてなかった分、驚いて飛び起きる。布団を強奪した犯人は軽やかな身のこなしで、皇太子夫妻の寝室のカーテンを次々開いていった。

「ウォルト……朝からびっくりさせないで」

「おっアイリちゃんてばいいねぇその寝起き姿、人妻って感じで!」

「あなたね……」

呆れて寝台から足をおろしたアイリーンの横にウォルトが腰かける。

きざったらしく差し出したのは、一杯の紅茶だ。

「どうぞ、お目覚めの一杯でございます」

「あら、気が利くわね」

「まあねー。俺も名もなき司祭時代は色々やったから。見習い執事でしょ、青年実業家に手品師、花屋の優しいお兄さん!」

「多芸なのね。役者に向いてるのではなくて?」

「一番得意だったのは、美人な人妻をたぶらかす愛人役かな」

紅茶を飲もうとしたアイリーンの顔を下から覗きこむようにして、ウォルトの目が艶っぽく笑う。

疲れた奥様方を慰めてきたのだろうその人差し指が、アイリーンの顎にかかる直前で止まった。

「お前は何をしている、ウォルト……!」

「あらおはよう、カイル」

「痛いってカイル! お前、まだ交代時間じゃないのになんで出てくるんだよ」

「お前とアイリーン様を長くふたりきりにすると思うか、二十分前行動だ!」

カイルに背後から腕をひねられて、ウォルトが痛い痛いとさわいでいる。その前で優雅に足を組んで、アイリーンは紅茶を飲んだ。

明るい朝だ。まるで先日の戦いも宣戦布告も、嘘のようだった。

きっとそう思えるように、振る舞ってくれているのだろう。いい護衛たちだ。

「お前は本当に節操のない! 何が愛人役だ、こんなときにまで不謹慎な」

「こんなときだからこそ、ちょっとしたユーモアが必要だろ。お前は相変わらず固い」

「お前がゆるすぎるんだ、クロード様が面白がって真似をするようなことばかり……!」

「クロード様なら存在そのものが不謹慎で不道徳だろー? お手の物だって」

ぴくりと片眉が動く――いや、これは緊張をほぐそうとわざと言っているのだ、たぶん。

「それでクロード様が真似をして、その後始末を押しつけられたらどうする!」

「綺麗な幕引きまでが愛人の仕事ですって教える!」

「クロード様は飲みこみがやたらいいんだぞ!?」

「あなたたちは普段からいったい、クロード様と何をして遊んでいるの」

アイリーンの低い声にぎくっとするカイルと対照的に、ウォルトは明るく笑った。

「大丈夫、あの顔に教えることなんて何もな――だから痛いって殴るなカイル!」

「アイリーン様。気になさらなくとも平気です。クロード様は結局、最後は全てアイリーン様に集約するので」

「あー愛人ごっこをアイリちゃんとしたがるだろうね」

「夫役も譲りたくないと分裂する方法をエレファスと考えるかと」

「わたくしのところにその話がくるまえに、ぜひ止めて。――どうして顔をそらすの」

答えないまま恭しくカイルが紅茶のおかわりを注いでくれる。

しかたないと嘆息して、アイリーンは新しい紅茶の香りを楽しんでから、笑顔で質問した。

「それで、昨日わたくしが眠ってから今まで、何か状況に変化はあったかしら?」

「残念ながら、変わりなーし」

「……申し訳ありません」

なら本当ならばアイリーンを起こしにくるレイチェルは行方不明で、キースは意識不明の重体のままだ。

行方不明や怪我人はレイチェルやキースだけではない。

まず、瓦礫の下から助けられたアイザックは腕を骨折したうえに頭を強く打ち、とても話せる状態ではないとリュックから面会謝絶を告げられた。

水晶から助け出されたセドリックは、命に別状はないものの全身打撲と裂傷で皇族お抱えの医師団から治療を受けている。

サーラは外傷はないが、体の中を暴かれたショックか目を覚まさない。

アレスは目を覚ましたものの、最初のウォルトの見立て通り左足が使い物にならず、しかもクロードとの戦いで負った怪我で重傷、今は寝台から起き上がるのが精一杯という有様だ。

行方不明者も多い。

レイチェルの他に、エレファス、ベルゼビュート、アーモンド、ドニ、ジャスパーまで行方不明になっている。誰からも連絡ひとつなく、戦闘に巻きこまれたのかそうでないのかも判然としない。

リリアとマークス、レスターは軽傷ですんでいるが、あまりにこちらの損害がひどくて恨み事を言いたい気分だ。

(バアル様をちゃんとアシュメイルに帰せたのが、不幸中の幸いね……)

これ以上はまきこむのは得策ではない。アレスとサーラをこちらに譲ってくれただけで、ありがたい。神の娘と聖将軍はアシュメイルの弱みになるだろうに、情報源になるだろうと置いていってくれたのだ。

魔王を引き渡さなければ攻撃すると、ハウゼル女王国から宣戦布告されたこの国に。

「……ハウゼル女王国が空に浮いたって話の確認は?」

「シュガー達に頼んで見てきてもらったよ。王宮が浮いてたって喜んでた。ゼームスが海の魔物達にもその辺、確認済み。あれ、移動するんだって」

そしてハウゼル女王国は今や空中移動宮殿だ。どうも王宮部分が空に浮いたらしい。

それを聞いたときは、さすがにアイリーンも「そんな、ゲームじゃあるまいし」と口にしてしまった。そのせいか、ついゲーム思考が出てきてしまう。

「結局、戦闘特化の2のキャラが全員無事なのは、さすがというかなんというか……」

「ん? 何か言った?」

「無事なあなた達は優秀な護衛だと言ったのよ。……ありがとう、まだここにいてくれて。クロード様はここにいないのに」

ウォルトとカイルはお互い顔を見合わせて肩をすくめる。

「だってアイリちゃんを置いてどこかに逃げたら、クロード様に何されるか」

「クロード様の無茶ぶりは今更です。……気にしなくていい、アイリ」

「頼りにしてるわ。まだオーギュストとゼームスもいるし……そうね、いっそまた」

「「でもアヒル戦隊は却下」」

目で示し合わせもせず、そこだけは譲れないとふたりに声をそろえて宣言される。

噴き出したアイリーンは、寝台から立ちあがった。

いい天気だ。

ハウゼル女王国にいらっしゃる魔王様の機嫌はよろしいらしい。

「取り戻すわよ」

胸に手を当てて、ウォルトとカイルが左右対称に跪く。その間に作られた道を通ったアイリーンを、ドレスや化粧を持って女官が待ち構えていた。