作品タイトル不明
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森に囲まれた魔王の古城は爆音と光が炸裂し続けていた。
「まったく、神剣で散々力を削られたあとだろうになんという魔力馬鹿だ」
魔王が吐き出す魔力の塊を結界ですべて無効にし、バアルが呆れた口調でつぶやく。
「おい、魔王の護衛。余を守れ」
「ですが」
「奴の臣下だというなら、すべきことを間違えるな」
ちらとバアルから視線を向けられた。続けて、ウォルトからもカイルからも目を向けられて、マークスの背中にかつがれたままのアイリーンは、血の足りないにぶい頭で考える。
聖なる力とは本来、戦いに不向きだ。
魔力を無効化できるだけで、聖剣以外には攻撃より防御が主。そもそも聖なる力自体、魔から人間を守るものであって、戦うための力ではないのだ。
聖王とはその象徴のような存在である。
すなわち、アイザックの放った弾丸の魔法陣から現れたバアルであっても、人間から魔物になってしまったクロードを斃せない。
できるのはせいぜい魔界に押しこめて、その出入り口を封印することくらいだろう。
神剣でつらぬかれた右肩をサーラに治療されながら、その意味を考える。つまり、ハウゼル女王国に知恵を貸し、神剣の数を徹底的に削いだアイザックの策の行き着く先は――。
声にする前に、バアルがウォルトとカイルをつれて地面を蹴った。
「待って、バアル様……っ!」
「あっ動いちゃ駄目です! 神剣で負った傷だから、すごくふさがりにくくて……!」
「わたくしは、いいから……クロード様を、戻さなきゃ」
傷を治そうとするサーラの手をはねのけ、マークスの肩からおりようとしたそのとき、バアル目がけて振りかぶる影が見えた。あの女だ。
グレイス・ダルクと名乗ったハウゼル女王国の女王候補生。
「あなたの出番は必要ありませんよ、聖王」
「弓兵、うて!」
レスターのかけ声と一緒に、矢がグレイスめがけてとぶ。ヴェールで顔を隠したままグレイスがこちらを向いた瞬間、その矢が焼き払われた。
クロードだ。
「……クロード様?」
破れた翼を魔力で補った魔王が、血染めの花嫁を守るように立ちはだかる。
(どうしてクロード様が、あの女を……)
疑問に答えたのは、よりによって守られた女の哄笑だった。
「ああ、そういえばさっき取りこんだのは魔王の妻の聖剣でしたね。だから私が誰か気づいたと? 誓約が完成する直前の今になって? だとしたら本当に――忌々しい」
口から吐き出した言葉とは裏腹に、赤い唇がにたりと嗤う。
「でも、そうですね。最後に会わせてあげてもいいですよ」
そしてふわりとクロードの鼻先に移動し、女は驚くほど甘い声を紡ぎ出した。
「あなたの未来は、私のものなのだから」
「耳を貸すな、魔王!」
クロードと女の間にバアルが結界をはる。とたんにクロードが暴れ出した。
まるで女と離れるのを嫌がっているようだ。それを聖なる力の網でからめとりながら、バアルが叫ぶ。
「右手がなくなっても血ひとつ流さないような女だぞ! まともではないわ!」
「ひどいな。なあ、ルシェル。わかるだろう、私はお前の妻だ」
女の口調が突然変わった。
「助けてくれ、ルシェル。でないと死んでしまう。また、人間に殺されて――ほら」
ゆっくりと女が首を取った。
ヴェールが風にはがされ、ピンでまとめられていた黒髪がなびく。
両目を閉じた自分の首を、罪人のように女はかかげた。
「死んでしまうよ、ルシェル」
クロードが――魔王が吼えた。バアルの束縛を力任せに引きちぎり、すさまじい魔力の焔を吐き出す。
あっはははははと、女が首をもとに戻して嗤った。
「さあさあ、みんな滅ぼしなさい魔王! そうしたらあなたが夢見たとおり、正しい未来を作ってあげる。今度こそ、私とね!」
「お前が魔王の妻など、御免被る」
飛びこんできた影は、翼を背からはやしたゼームスだ。女が鼻を鳴らす。失った右手首から光の刃が伸びた。
「半魔ごときが、聖剣にかなうとでも」
「でも聖剣は人間にきかないんだろ!」
ゼームスと入れ替わり、神剣を握ったオーギュストが女の聖剣を受け止める。女が鼻でそれを笑う。
「ああ、私の聖剣は人間だって殺せるのですよ」
笑った女の聖剣がオーギュストの頬をかすめていった。赤く、確かに飛び散った血に、アイリーンは目を見開く。
聖剣が人間を傷つけた。
(そんな……ゲームにだって、そんな設定は)
「本物とはそういうことだ、人間だって裁くことが許される!」
「オーギュスト!」
女の背後に回ったゼームスの爪に、女が舌打ちした。よけきれなかった花嫁衣装の裾の切れ端が舞う。
クロードの横に移動した女の背後から、また神剣が現れた。だいぶ数の減ったそのうちの一本を左手で取り、女がかかげる。それを合図と受け取ったのか、クロードが口を大きくあけた。
バアルが振り返って叫ぶ。
「全員さがれ、余が防ぐ!」
「……っクロード様!」
マークスが一歩さがったその隙をついて、アイリーンは前に飛び出した。
「クロード様、わたくしです。アイリーンです!」
「アイリちゃん、だめださがって!」
「わたくしがあなたの妻です――その女じゃない、クロード様!!」
力一杯叫ぶ。
だが、アイリーンを視界に入れたクロードはそのまま魔力の塊を吐き出した。
神剣と一緒になって裁きのように降り注いだ攻撃を、バアルの結界が幾重にも展開させて受け止める。
炸裂する光と爆風を、正面からあびてアイリーンは両膝をついた。
(クロード、様)
届かない。それをはっきりと悟った。
聖剣も持たないただのアイリーンの叫びなど、魔王の耳に入らないのだ。
「ちょっとあんた何してんの、今は足手まといだって自覚しなさいよ、戻って!」
セレナに腕を引きずられた。ぱたぱたついてきたサーラが青ざめる。
「ま、また傷がひらっ……お、お願いですからじっとしていてください」
「おいそこ。早くけが人連れて、後方にさがるように!」
そこら中走り回って指示を出していたレスターが、上から見おろしてくる。
「我々がここにいては、聖王たちの邪魔になります皇太子妃殿下。特に神の娘、お前は絶対つかまってはならない。あの右手を封印しているのだから、さっさとうしろにさがれ。セドリック、お前は今から私と各国の根回しに回るぞ。早く――」
「クロード様を魔界に封印するつもりなんでしょう」
アイリーンのつぶやきに、騒がしかった周囲が一瞬静まった。
アシュメイル王国の時と逆だ。
このままでは、魔王を斃したハウゼル女王国が正義になってしまう。そうしたらエルメイア皇国は食い潰されるだけだ。そうなるくらいなら、クロードを失っても、せめて魔王を封印したという形で自国で片付けたほうがいい。
でなければ、真っ先に首を落とされるのは魔王の妻であるアイリーンだろう。
「……時間稼ぎにしかならないでしょうが、これが最善だと判断しました」
誰よりも早く、きっぱりとレスターが肯定した。髪は乱れ、服の裾はどこか引っかけたのか破れており、革靴が泥で汚れている。
こんなキャラだっただろうかとその顔を見返しながら、尋ねる。
「アイザックが考えたの?」
「その問いに対する答えは私からではなく、アイザック・ロンバール本人から聞くべきかと存じます。既にフェンリル達が、瓦礫の下から彼を救出しております。大けがを負っているようですが、息はしているそうですので」
「そう。……この分だとバアル様も共犯ね」
きっと今、必死でクロードを止めようとしているウォルトやカイルや、女の動きを止めようとしているゼームスとオーギュストも、知っていたのだろう。
「わたくしに何も教えずに、勝手に」
「――差し出がましいようですが皇太子妃殿下、それは」
「わかっているわ。気遣ってくれたんでしょう。しかも完璧な最善手よ。でも……このままクロード様を元に戻す方法が見つからなかったら?」
答えはない。わかりきったことを聞いたと、自嘲してしまう。
悪い魔王は封印されて、世界に平和が戻りました。めでたしめでたし。
どんなゲームだって、本当のエンディングはそうなる。
「ちょっと待って。ひょっとしてあの魔王様を戻す方法って全然ないの?」
眉をひそめたセレナに、アイリーンは小さく答える。
「聖剣が完璧なものならとは聞いたけど……その方法も意味もさっぱりよ」
「か、完璧な聖剣って……あ、神剣にみたいに直すってことですか? それなら私、できることあるでしょうか……い、命をかけない範囲で」
「無理だと思うわ」
軽い足取りで近づいてきたリリアが、断言した。
「聖剣にしろ神剣にしろ、大事なのは愛の力なんだし」
「愛の力って、あんたこんな時にまでそういうふざけたこと言ってんじゃないわよ!」
「ほんとなのに。アイリーン様だってわかってるでしょ」
この世界が『聖と魔と乙女のレガリア』という乙女ゲームの世界である以上、奇跡を起こすのは愛の力だ。そう決まっている。
「でも、あの魔王様の相手はアイリーン様じゃない。仮に完璧な聖剣なんてものがあったとして、それを手に入れたところであの魔王様に届いたりしないわ。そうねーもし私がクロード様を愛してたらワンチャンあったかもね?」
「リリア! こんなときに冗談を言うんじゃない」
「冗談じゃないんだけどな。ね、アイリーン様。そうでしょ? あなたがどんなに魔王様を愛してたって、無駄無駄。ゲームの設定がそうなんだもの」
身をかがめたリリアが、地面に膝と手をついたままのアイリーンの耳にそっとさややく。
「あなたじゃ戻せないわ。だって、あなたはただの悪役令嬢」
爪をたてて地面をえぐりとり、握りしめた。土で汚れた手で、リリアの胸ぐらをつかむ。
目の前にいるのは、もしクロードを愛していたならば、きっとあのクロードを戻せただろう女だ。アイリーンが今、喉から手が出るほど欲しい力を持つ正しいヒロインだ。
それに向かって、吐き捨てる。
「聖剣をよこしなさい」
リリアが鼻を鳴らして笑った。
「まさか力任せの特攻でもするの? 命でもかければきっとあのひとに届くって? がっかりよアイリーン様。私、そういうプレイはしない主義」
「あなたプレイヤーなんでしょう、だったらわたくしを勝たせなさい!!」
ぱちりとリリアが大きな目をまばたいた。その動きがゆがむ。泣いているからじゃない。
泣いている暇など、あるものか。
「自分の力くらいわきまえてるわ、クロード様を戻せないのもわかったわよ! だから何。わたくしがクロード様を諦める理由になるとでも!?」
「……」
「あるはずよ、何か、方法が。今までのことが全部、こんな、こんなことで」
そんなふざけた世界であっていいものか。もう一度リリアの胸元を握り直して叫ぶ。
「悪役令嬢? それはわたくしが負ける理由ではないわ! わたくしが負けるのも勝つのも、わたくしだからよ!!」
背後で爆音が響いて、クロードの咆吼があがった。
振り向いたアイリーンの視界に、聖王の結界に押しつぶされて沈んだクロードの姿が映る。
「クロード様……! 待って、バアル様!」
頭上に巨大な魔法陣を敷いたバアルが一瞬だけ、アイリーンを見た。
だがすぐさまクロードに視線を戻し、ほんの少し笑った。
「安心しろ、お前を妻を食い殺す化け物にはせぬ」
「余計なことを!」
ゼームスとオーギュストを振り切り、女がバアル目がけて神剣を一投した。ウォルトとカイルを弾き飛ばし、その切っ先がバアルの脇腹をえぐる。
だがバアルは迷わない。
血しぶきさえも聖なる力に変えて、両腕を振り下ろした。
「余が止めてやる、クロード」
聖王がその血を媒介にして、全力で作る封印だ。ただの魔王が抗う術などない。
アイリーンが手を伸ばしたその先で、クロードが絶叫した。