作品タイトル不明
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女の右手が落ちてきた。
ぼんやりそれだけを理解したアイリーンの頭上に、複数の影が落ちる。
「ひっ、ほ、ほんとに斬っ……怖い……」
「いいからそれ早く封印しなさいよ、血だって出てないでしょ! ちょっと、あんた、死んでないでしょうね! サーラそれ治して!」
「え、えっ封印と治療とどっちが先ですか、いっぺんに言わないでくださぁい……」
「アイリーン! おい、しっかりしろ」
抱き上げられてかすめ見えた顔に、ああ自分は死んだのかもしれないと思った。
一方で死んでたまるかと思った。
「さ、最後に見る顔がセドリック様だなんて……その前に死にたかった……!」
「失礼だろう、お前!?」
「ちょっと勝手に死ぬんじゃないわよ、ジルベール伯爵家を復権してもらうわよ、アシュタルトの件も誤解だったって細工してもらうわよ!」
「皇太子妃をこちらへ! 神の娘は右手の封印を」
はい、と頷いたのはサーラだ。
青ざめた顔で、血も出ない右手首を取り上げる。その手の平に、何か虹色に輝くものが見えた。
それをサーラが抱いて、祈りの言葉をつぶやく。ゲームで聞いたな、とぼんやり思った。魔竜をも封印する、神の娘の呪文。
「……その、右手……」
「これがあの女の異常な力の原因です。神剣もここから生み出していたと考えられます」
聞き覚えのない声と眼鏡に、ぼんやりまばたいた。
「……あなた誰」
「皇太子妃、あなたもか!」
「やめろ、レスター」
うしろから出てきたのはマークスだ。アイリーンの腕を勝手に取り、背に乗せる。
さすがに目がさめた。
「何をするの、おろしなさい! 不敬罪で処すわよ!」
「だめだ、けが人――いた、痛い痛い痛いおとなしくしないかお前は本当に昔から!」
「いいじゃない、アイリーン様。今回は頑張ってると思うの」
最後に出てきたのは、リリアだ。にこにこしている。楽しいらしい。
「あなた、まさか何かまた」
「やだあ、今回は私じゃないわよ。私もびっくりしてるんだから」
「……どういうつもりですか、神の娘に、救済の聖女」
かけた右手を隠そうともせず、空に浮かんだまま、女が言った。
先ほどの狂ったような興奮はなりをひそめ、感情のない口調に戻っている。右手から一滴も血が流れないのが、不自然に見えない。
「裏切るのですか」
「いやあんた、最初っから味方だと思ってないでしょ、私達のこと」
「……。まさか私から右手を奪うために、全部?」
「だって神剣は全部使わせたい、ついでに二度と使えないようにしたい、それで一番油断するとしたら目的を達成したときだって言うんだもの、あれが」
セレナに顎で示されたアイザックが、遠くで顔をしかめる。ふんとセレナが鼻を鳴らした。
「それで命がけよこっちは! 絶対に別れた方がいい、あんな男……」
「――グレイス・ダルク令嬢。いや、次期ハウゼル女王陛下とお呼びすべきか?」
セドリックが声を張り上げた。皇子の、声だった。
「皇太子である我が兄にした数々の狼藉。責任を取って頂く」
「兄? ……魔王を、ですか?」
あははははは、と血の一滴も流さない右手をそのままにして、もう一度女は笑った。
「なんておかしい。この魔王は放っておいたら、世界を滅ぼすと言うのに。それに、その右手でなくとも神剣を呼び出す力はあります」
また上空に穴があいた。そこからのぞき出る神剣に、アイリーンは息を呑む。
「リリア様! あなた聖剣持って」
「えーだめー」
「言う前から! 死ぬわよ!」
「今回は私、ヒロイン同盟を組むことにしたの! 仲間はずれはさみしいもの。それにあの女わけわかんないしぃ、聖剣食べるとか気持ち悪くない? 使い時を考え中! だって私プレイヤーなんだもの。ちゃんとキャラが勝てるようにしないと――」
クロードが立ちあがった。神剣を魔力ではたき落とし、怒りのまま尻尾をなぎ払う。それだけで地面が揺れた。
皆が咄嗟に頭を抱えて地面に伏せる。
(クロード様を止めて、あの女も同時に相手にするのは、いくらなんでも……!)
体勢を整えられない間に、神剣が今度はこちらに向いて出現する。女が少し、笑った。
「ここまで神剣を使わせたことだけは、ほめてあげましょう。ですが私にはまだ聖剣という切り札も残っている」
「……あなた本当に、何者」
「答える必要はありません。――その栄誉だけを抱いて、死ね」
「うんまあ、切り札はとっとくもんだよな」
アイザックが銃を構えた。女が目線を動かす。
「……まさか、私にそんなものがきくとでも?」
「そもそもかすりもしねーだろ。でも俺、頭使って細工する人間なわけ。……あんたから預かった一回きりの転送魔法が使える聖石、どう使うか、とかな」
舌打ちした女が神剣を一本飛ばす。尖塔につきささったそれが、アイザック目がけて落ちてきた。
「アイザック!」
だがアイザックは目もくれず、引き金を引く。
その姿が瓦礫の下に消えるのと引き換えに、ぱんと響いた無味乾燥な音が響いた。
金色に輝く魔法陣が発動する。
セレナが強化したどんなものでも召喚する転移魔法だ。
――そこから現れたのは。
「よく持ちこたえた、お前ら!」
なぜか椅子と一緒に現れたバアルが、空中で仁王立ちする。
(あ……)
クロードを唯一、生きたまま封じられる王だ。
息を呑んだアイリーンに憎らしい笑みが返ってくる。
「なんという顔をしているのか、聖剣を奪われたくらいで」
「バアル、様……」
「だがしかたあるまい、夫がこのザマでは。……さあ、魔王。いつもの喧嘩の延長だ」
クロードから放たれた攻撃をすべて防いだバアルがゆっくりと振り向く。
「正気に戻れ。妻を置いて、魔界に封じこめられたくなければな」