作品タイトル不明
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「ねえ、あれアイザック……だよね」
「なぜ、あの女といるんだ?」
追いついたウォルトとカイルの言葉に、アイリーンはまず息を吸って、吐き出した。
考えられる状況はふたつだ。
アイザックが裏切った。あるいは、裏切ったふりをしている。
だがそれを憂えるより先にクロードが咆吼した。その声に答えるように、皮肉っぽく笑ったアイザックが言う。
「足下」
それが指示だとわかったのは、古城を中心とした地面が輝いてからだった。
地面から出てきた神剣に、クロードが翼を動かして浮く。だが攻撃をしようとして、やめてしまった。そのまま神剣を尻尾ではたき落とすが、よけきれなかったそれが硬度の薄い翼膜を貫く。悲鳴があがった。
「クロード様!」
「なんで、魔力切れ!?」
「違うわ、下には魔物達がいるから」
戦いに不向きな魔物達は地下に逃げる手はずになっている。だからクロードは古城の地下に向けて攻撃できない。
「足下、前後斜め上。狙いは足の関節と翼」
アイザックの指示と一緒に、女の右手が輝く。
もう一度足下から神剣が出てきた。同時に、浮いているクロードの前とうしろからも同じものが現れる。舌打ちしたウォルトとカイルが地面からの攻撃は減らすが、焼け石に水だ。
「ベルゼビュート! いないの!?」
「いねえよ、あっちの砦を燃やすのに夢中」
遠く離れているのに、やけにアイザックの声がよく通る。
「いても神剣に貫かれて、終わりだろ。魔王様ですらこれなんだから」
攻撃をさばききれずに翼を貫かれたクロードの絶叫が響き渡った。
「クロード様! ――アイザック、あなた本気でクロード様を殺す気なの!?」
「そのまま上空、たたき落とせ」
魔王が墜落した。
そのまま上空に大きな穴があき、神剣が降り注ぐ。
クロードは起き上がれない。その大きな体の上に、アイリーンは飛んだ。
殺意に赤く染まっているその瞳に、にこやかに微笑みかける。
「少しお待ちくださいな、クロード様」
面の攻撃だ。どこかにあたればいいという、大雑把な攻撃。こんなものにひるむと思われては困る。
聖剣をきらめかせて、神剣の雨に飛びこんだ。クロードをめがけて飛んでくる一振りをまず吹き飛ばす。漏れた神剣は一本一本すべてたたき落とし、爆発させた。
「アイリちゃん、またくるよ!」
上空にまた穴があく。空をみあげて、聖剣を逆手に持ち直した。
光り輝く聖剣を、神剣を召喚している穴に目がけて一投する。
空の向こうが爆発した。内側からの爆発にまきこまれた神剣が、ぼろぼろと破片になって落ちてくる。
「……神剣の召喚元を直接攻撃とかすごすぎない?」
「保管している神剣が全部駄目になっていればいいがな……」
「クロード様!」
呆れた様子の護衛達を置いて、アイリーンはクロードの鼻先に頬をすりよせた。
「わたくしです。わかりますか、あなたの妻です」
クロードの視線が動く。
聖剣を見ているのだとわかって、アイリーンは微笑んだ。
「大丈夫です、あなたを攻撃したりしません。妻ですもの。ね、もうそろそろもとに戻ってくださいな。このままの姿でもカッコイイですけれど、バアル様と違ってこのままのクロード様と結ばれる覚悟がわたくしできておりませ――」
背後から飛んできた殺気に振り向く。剣をかまえていたのは、花嫁衣装をまとったままの女だった。
「グレイス様っ……!」
「ふふ、神剣で死んでくれればそれでよかったのですが。腐っても魔剣の乙女ですね」
今までの清楚な佇まいが嘘のように剣戟を繰り出してくる。しかもアイリーンに向けて打ち込んでくるのは。
(神剣じゃない……っ聖剣!?)
「でも、悲しいことです。魔剣の乙女はどうあがいても聖剣の乙女になれない」
瞠目した。つばぜり合う聖剣の輝きが、みるみる消えていく。吸い取られていくのだ、この女の聖剣に。
「どうしっ……」
「本物の聖剣だからですよ」
剣を振り払われ、地上にたたき落とされた。
ウォルトとカイルが追撃しようとした女を払おうとして弾き飛ばされる。
「中途半端な聖剣が勝てるわけがないでしょう」
女の右手が輝いた。神剣がくる。
思わずアイザックを見あげると、冷たい答えが返ってきた。
「そなえがあるのは、基本だろ」
なら、予備ごと破壊するだけだ。土に指をめりこませて立ちあがる。さっきと同じように聖剣を投げた。
その渾身の一投を、女が片手でつかむ。
「な……」
呆然とするアイリーンの瞳の中で、女が赤い唇をあけ、そのまま聖剣を口の中に押しこむ。
立ちあがったウォルトとカイルが、同じ光景を見て口をふさいだ。
「あ、の女……」
「聖剣を……食っ……」
ぺろりと赤い舌が、唇をなめる。同時に、神剣が上空から降り注ぐ。
「さようなら、アイリーン・ローレン・ドートリシュ」
聖剣がない。
聖剣がないアイリーンはただの公爵令嬢だ。魔王の妻でも、皇太子妃でもなくて、悪役令嬢。
魔王と聖剣の乙女の戦いにまきこまれて、雑に死ぬだけの。
右肩に熱が走った。そのあとで痛み。
絶叫したアイリーンに答えるように、クロードが吼える。
(だめ、クロード様)
声が出ない。頬を伝うまさかこれは、涙か。
「やった、ついに、ついに夢が叶った! これで私がただひとりの聖剣の乙女!」
あっはははははと聞こえる哄笑が、夢ならいいのに。
「未来で結ばれる!? そんなこと許すわけねーだろバアァァカ、残念でしたあ。ねえねえお姉様、天国で見てるぅ? 今どんな気持ち? ざまあみろざまあみろざまあみろ!! 私の勝ちだ、ざまあみろ!!」
夢なら。
ごとりと、石みたいな音を立てて目の前に右手が落ちた。
哄笑が止まる。
何もかもが、静まりかえった。