作品タイトル不明
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魔物が砦を燃やしている。
セレナの気配はそこから少し離れた、廃園にあった。はっと顔をあげたのは、ふたり。ひとりはセレナ、もうひとりは――神の娘だ。死にたくないと逃げ出して、今、行方不明のはずの。
どうしてセレナと。疑問はかすめたが、それよりも話をするのが先だ。オーギュストの姿を見て、セレナがサーラの手を取ってかけ出す。逃がしてしまう。
「セレ――」
逆側から炎が飛んできて、廃園をあっという間に火の海に変えた。足を止めたオーギュストは、空に浮かぶ友人を見あげる。
「ゼームス……」
「あの女をとらえにきたんだろう。いくぞ」
「ちょっ――待ってくれよ、ゼームス!」
森に逃げたセレナ達を追って、ゼームスは飛んでいってしまう。ちらとこちらを一瞥した瞳は、おそろしく冷たい赤色だった。背中から翼が生えている。魔物になっているのだ。
その気になれば、セレナなんてたやすくその爪で引き裂いてしまう。
ぐっと唇を噛みしめて、走り出した。遠く見える、セレナとサーラの背中。まずそこに追いつかなければならない。
だが、森の木々を吹き飛ばしたゼームスの魔力が、そんな猶予をすべて奪う。
セレナ達の行き先を焼け野原にして降り立ったゼームスが、静かに告げた。
「何をしていた。何が狙いだ。すべて吐いてもらう」
「セ、セレナさん……あれ、魔物」
「そうよ、わかってるでしょうね! ――どいて、半魔」
そう言ってセレナがゼームスに斬りかかった。おそらくその手に握っているのは神剣だ。
最小限の動きでよけ続けるゼームスが、唇をゆがめる。
「お前程度の腕で、斬られると思うか」
「ああそうね、残念だわ」
「あの、ごめんなさい!」
そう言ってゼームスの背後に回ったのはサーラだ。武器なんて使えないだろうと思ったその女の子の両手から、風みたいな竜巻が飛ぶ。人間には優しい、癒やしの力。
だが、半分魔物のゼームスにとったら毒だ。
口を覆って、ゼームスがよろめく。それを容赦なく蹴り飛ばして、セレナがサーラの手をつかんだ。
「行くわよ、急いで!」
「は、はい」
一瞬あっけにとられたが、この程度でゼームスが止められるわけがない。
やっと追いついたオーギュストは剣を抜く。
「だめだ、セレナうしろ!」
その背中を狙った爪を、剣で受け止めた。
ゼームスが見開いた目が、すさまじい怒りの色に染まる。
「オーギュスト、お前……っ!」
ばりっと魔力の火花が目の前で散った。ゼームスの魔力を付加した剣が、とけていく。
深呼吸をしたオーギュストは、ふっと力をぬいて体勢が崩れたところに、剣を振り払う。半円をえがいた剣先をよけて、ゼームスが距離を取った。
だめになった剣を捨てて、セレナを背にかばう。
「セレナ、その剣貸して。ゼームス相手に手加減できないから」
「……えっ」
一拍遅れて、セレナが反応する。その手から、剣を取り上げた。やはり神剣だ。
これなら魔力の助けがなくても、ゼームスと互角に戦えるだろう。
「早く、ここから離れるんだ」
「な、なに……あんた、何、言って」
「早く!」
「なんのつもりだ、オーギュスト!」
そう言って向かってきたゼームスの爪を神剣で受け止めた。
魔力を弾いて火花が散る。舌打ちしたゼームスが頭目がけて蹴りを飛ばす。それを上体をそらしてよけ、懐目がけて剣を突き出した。その剣を素手でつかんだゼームスが叫ぶ。
「ふざけるな、裏切るつもりか。その女のために!」
重圧が増して、足下が沈んだ。爆風が吹き荒れて、汗も服の裾もはためく。
「状況をわかってやっているのか。見ろ、今、王がどうなっているか!」
知っている。ここにくるまでに見た。古城への攻撃も、魔物になってしまった魔王様も。
「その女がかかわっているんだぞ! それをお前は」
「わかってるよ! わかってる、だから俺は止めるんだ。だって、魔王様は皇帝になる。アイリがそう言ってた!」
ゼームスの魔力に押し負けないよう、神剣を握り直す。
「それを信じてるから、セレナを守るんだ!」
きっと何かある。そう信じているから、だから。
「屁理屈を……っ!」
「何、あんたはあの女の言うとおりその半魔と戦ってんの!」
衝撃がきたのは、前からではなくてうしろからだった。
呆然と目を見開いたゼームスの前で、オーギュストは前のめりに地面に沈む。
「出世するんじゃなかったの」
両手で石を持ち上げたセレナが立っていた。今、それで殴られたらしい。
その横でサーラがうろたえている。
「あ、あの、この人、今、私達を助けようとしてくれてたんじゃ……?」
「ただの馬鹿よ。ねえちょっと、あんた。出世するんじゃなかったの」
「えっ」
ぽいと石を投げ捨てたセレナに、胸ぐらをつかまれた。
「出世。するんでしょ。そう言ったよね」
「……あ、はい……言ったような、言わなかったような……」
「だったら何、魔王様を裏切るような真似してんのよ! 馬鹿じゃないの、魔王様は次期皇帝なんでしょ、あんたそこの直轄騎士団の所属でしょうが!」
それとも、とセレナはゼームスを指さした。ぽかんとしていたゼームスがびくっとする。
「私に今からこの半魔口説けとでも言うわけ!? 冗談じゃない、半魔よ! ミルチェッタが手に入るとしても苦労するのが目に見えてるじゃないのよ!」
「えっあの、なんの話」
「私の将来の話よ! 同じ理由であの護衛達も却下! 魔香で強化した人間とか、子どもがまともに生まれるのかわからない!」
「こ、こど、子どもっ?」
「他に出世しそうなのに魔道士がいるけどあれも却下よ、実家が重い!」
「じ、実家って」
「あんただけがまっとうな人間で、いちばん出世しそうだったのに、何してんの!」
尻餅をついてセレナに胸ぐらをつかまれたまま、オーギュストは呆然とする。
あの、と横からサーラが声をかけてきた。
「オーギュストさん、ですか。聖騎士とか、英雄とか、そういうの興味あったりしますか」
「え……い、いや、特にはないです」
「そ、それならよかった……男の人はすぐ、なんかそういう肩書きに憧れて、家庭をかえりみなくなるので……余計なことを考えず、きちんとお仕事して、帰ってきてくれるのがいちばんかっこいいと思います。それがいちばん、幸せです」
夫が反乱を起こして自らも罪人になった妻の言葉が重い。
はあっとため息を吐き出して、セレナがオーギュストを突き飛ばした。
「いくわよ、サーラ」
「あ、はい。急ぎましょう。あの、ごめんなさい、頭のこぶ、治せなくて」
「ほっときなさいよ頑丈だから、そいつ」
「ちょ、セレナ! お前、結局、何して」
立ち去ろうとしたセレナが、少しだけ振り向いた。
「出世して」
「いやだから出世出世言われても、何がなんだか」
「私もせいぜいあの女に恩を売って出世するわよ。ジルベール家を取り戻して、誰からも羨まれるような立場になるわ。……そうしたら、聖騎士団の団長の妻が出身も何もわからない卑しい女だなんて、笑われないでしょ」
くるりと背を向けられてしまう。
でも、赤らんだ頬と耳が見えたのは、きっと願望なんかじゃない。
そのまま駆け出した女達のあとには、無駄に破壊された光景だけが残る。背後でゼームスのため息が聞こえて、びくりとした。
「ちなみに俺は今、次期皇帝の懐刀で、ドートリシュ宰相とも懇意にしていて、いずれはミルチェッタをおさめるわけで、聖騎士団所属とはいえまだまだ下っ端の騎士の人事くらいなら動かせるわけだが」
「……あ、あの。ゼームス、なんかごめ――」
「左遷だ」
友人はとてもいい笑顔でそう宣告した。