作品タイトル不明
29
剣を打ち合うたびに爆風と衝撃波が祭場全体に響く。ついでのように白い兵隊が吹き飛んでいくが、護衛達にまかせておけば処理してくれる。
(なんだ、わりと強いじゃないか)
背後に回りこんだアレスの剣を結界ではじき返し、宙に浮く。地面を蹴ったアレスはそのまま空中に追いかけてきた。突き出された剣を横になぎ、切り上げられる切っ先を受け止めると、使っている剣が崩れ出した。
顔をかたむけて切っ先をかわしたクロードは足払いをかけるついでに白い兵隊から剣を奪う。
「まったく、どうせなら聖王と殺し合えばいいものを」
上からふりかぶったクロードの攻撃をよけ、空で回転したアレスがわずかに眉間を動かす。
魔香漬けになっていたはずだが、ちゃんと話が通じるようだ。洗脳されているだとか、そういうことでもないらしい。
すかさず追撃をかけながら、尋ねる。
「どうして君はここにいる? 魔王である僕をしとめれば何か褒美をやると、ハウゼルにまたそそのかされたか」
返事はない。まあいいかと、クロードは両手で剣を持ち直して、大きく縦に振るった。
大雑把な攻撃をよけきれず、アレスが背中から壁に激突し、沈む。
空中からそれを見下ろして、つぶやいた。
「答えないなら、殺してしまおう」
「……神王に」
ゆらりと立ちあがったアレスが、ようやく喋った。
「なるはずだったそうだ。俺は。本来……」
「あの雑な内乱が成功していれば、そうなったかもしれないな。で? それがどうし――」
話を聞いてやろうかと思ったのに、途中でアレスがこちら目がけて突っこんできた。
すさまじい速度で目の前まできた攻撃と一緒に、アレスの神剣の柄にはめこまれた聖石が輝く。
(神の娘とセレナか!)
舌打ちして受け流すと、真上から攻撃がきた。
「サーラが、言うんだ。そんなものになどならなくていい、と」
蒸発しそうな神剣を魔力で補充して、受け止める。衝撃で両足が地面に沈んだ。
「聖将軍と呼ばれ、聖王の施政を守っていた、そのときの俺が一番よかったと。敗北した俺にお似合いの、みじめな慰めだ。だがほっとした。これで俺は諦めていい。諦めて――サーラを守っていればいい」
聖石の輝きがますます増して、受け止めている剣が重くなる。
「だからこれは、妻のための戦いだ」
「そうか。だが相手が悪かったな」
素っ気なく話を切り捨てて、魔力を爆発させた。
普通なら人間が浴びただけで消し炭になるが、この男は死ぬまい。だが神の娘の加護とセレナの力は一気に消耗させられる。
面倒なのでもう、魔力で作った剣をそのまま叩きこんだ。両眼を見開いたアレスが押し返されて宙に浮く。それをすかさず追いかけて、上から払い落とした。
地響きを立てて、アレスが沈む。
その手から転がり落ちた神剣の聖石の光は消えていた。
「クロードさ――」
「クロードおぉぉぉ! 心配したよおぉ!」
妻よりも先に飛んできた父とやらをよけ、妻を抱き留めた。
「どうだ、僕は強いだろう?」
「ええ、ええ――あの、殺してませんわよね?」
「死んでいない」
「ちょっとひどくないかな!?」
今の今まで気配すら隠していたくせに、図々しくルシェルがむくれる。放置して、アイリーンのまぶたに一度口づけを落とした。
「少し待っていてくれ。まだ危険かもしれない」
そう言って、地面に沈んだままのアレスに近づいた。
そのかたわらに落ちている神剣を手に取る。柄にある聖石を見ると、勝手に魔力が反応した。
同時に大の字に寝転がったままのアレスの、左足が光る。
(転送魔法!?)
ずんと音を立てて祭場全体が沈み、床がいきなり日光を反射し出す。鏡だ。床が鏡に変わっていく。
ルシェルが真っ先に反応した。
「真実の鏡!? しまっ……!」
『つかまえたあ』
足底から女の嗤い声が響く。
「お義父さま!?」
ルシェルが首を押さえて苦しみ出す。その足下から這い上がる光の茨に、身構えた。
この男はクロードと同等かそれ以上の力を持つ男だ、それをこうもたやすく束縛するなんて。
「クロード様!」
真っ先に駆けつけようとするのはいつだって従者だ。その従者のうしろに、祭壇の鏡が見えた。それはハウゼル女王国から持ち込まれた、真実を映す鏡。
どうしてだろう。なぜかその中に、胸を貫かれて死ぬ、従者の姿が見える。
それはあるべき過去か、起こるべき未来か。
「キースくるな!」
叫んだクロードの目の前で、それが現実になった。一瞬だった。
胸を光の茨に貫かれ、キースが口から血を吐き出す。背後で白い花嫁姿の女が、笑う。
いや、怒り狂って両手を血に?染めた自分が――そう、裏切られたから、信じていたのに、金が欲しかったからだと笑って。
どさりとキースがうつ伏せに倒れた。溢れる血が、鏡面の上をすべって広がる。
呆然と、クロードは足下を見た。
そこに映るのは――黒竜。
「だめだ見るなクロード! 僕を思い出すな!」
愛してる。愛してるよ。不思議だ。よりによって魔王に恋をするなんて思わなかった。魔物も可愛いじゃないか。でも、人間もすてたもんじゃないだろう? 君だってわたしに恋をしたんだから。魔王の妻というのもなかなかいい響きだ。もうわたしを聖剣の乙女と呼ぶ者もいないだろうからね。いいんだよ、魔剣の乙女で。
妹は頑張り屋だからなあ。ひとりで無茶をしていないか心配だったから、ちょうどいい。ハウゼル女王国にこの国が承認されれば、きっと色んなことがうまくいく。魔物と人間が仲良く暮らす、そんな国が作れる。今は無理でも、未来には。
だから、いってくるよ。魔物と子ども達を頼む。
大丈夫、すぐ帰ってくるさ。だからそんな顔をしないで――ルシェル。
「あ」
目の奥が焼けるように熱い。
「ア」
赤い、血。信じて裏切った、人間の、妻の血。
首になって戻ってきた、愛しい妻からしたたり落ちる、赤い赤い。
私が聖剣の乙女よ。そう言って笑う、女の口紅の。
「あ、あ、あああああああ」
ぴきりと音を立てて、鏡が、記憶の殻が、人間の皮が、はがれた。
■
胸に一枚の紙切れを抱いて、レイチェルは必死に呼吸を整えていた。全力疾走したわけでもないのに、心臓が早鐘を打っている。
(どうして、こんな、ものが、ここに……アイリーン様に、知らせ、なきゃ)
アイリーンの帰還は魔物から聞いていた。そもそもクロードが「僕が結婚するとなったらその初夜くらいまでには怒り狂って帰ってくるんじゃないか?」と言っていたので、心配するのはそれからだと思っていたくらいだ。だから無事は信じて疑っていなかった。
オベロン商会の姿が見えないのもアイリーンの無事を信じていて、建国祭の準備で忙しかったからだろうと思っていた。むしろセレナを心配していたくらいだ。
それがいかに呑気だったか。
「――ほんと、俺とお前って合わないのな」
かちり、と頭のうしろで音がした。耳慣れない音だ。でも、後頭部に押し当てられた固いこれは――銃口、ではないのか。
カーテンで遮っているせいで薄暗い会議室に、扉から差しこむ外の光と、ひとつの影。
「あ、アイザックさん……?」
「ハウゼル女王国との作戦立案書でも見つけたか?」
「こ……これは、なんの作戦なんですか」
尋ねながら、見てしまった紙を握りつぶす。こんなものは嘘だ。嘘か、何かの策だ。きっと、相手を油断させるための罠。
エルメイア皇国の祭場を中心とした詳細な地図、兵隊の配置図、必要な神具の数、神剣の数、予想される魔物の数と詳細、それに対する対応策、作戦開始日時、アイザック・ロンバールという署名、魔王討伐作戦指揮官という肩書きなんて、決して本当じゃない。
(アイリーン様が行方不明のときに、どうして?)
信じているはずなのに、声が震える。
「み、皆さんは、このこと、知って」
「……」
「答えてください!」
見なければならないと思って振り向いたら、目の前にあったのはやっぱり銃口だった。反射的に喉が鳴る。
「俺でも魔物が殺せるんだってさ。聖銃よりも威力は上。そらそうだよな、ハウゼル女王国っていや教会の上位組織みたいなもんだ。聖銃以上の魔物を殺す道具なんか、開発しまくってるだろ――神剣とかもそうだ。まあまさか、ここまでとは思わなかったけど」
そう言ってアイザックが銃をおろして、その手を眺める。
「技術開発って大事だよな。その点、反省した。まあ俺、商人で軍師じゃないんだけどさ」
「な……なんの、話ですか」
「今、エルメイア皇国がハウゼル女王国と戦争したら負ける理由、わかるか」
わかるわけない。勝ち負けどころか、戦うことを考えたことがないのだ。
アイザックも答えを聞きたいわけではないのだろう。淡々と話は続く。
「次期皇帝が魔王だからだよ。何かあったら魔物になるなんて、あぶなっかしくてしょうがない。しかも魔物になれば、もう討伐するほうが正義だ。その時点で国が終わりだ。だろ?」
「で……でも、アイリーン様が、クロード様を戻せば」
「それって、結局アイリーン頼みってことだろ。皇太子妃さえ始末すればって話だ」
「だ……だから、何か、理由があるってことなんですよね。アイリーン様を、助けるために」
「お前、弟いるんだろ。ミーシャ学園入るんだってな」
「え?」
顔を正面から見返した。アイザックは、皮肉っぽく唇の端を持ち上げて、笑っていた。
「お前んちをめちゃくちゃにされたくなきゃ、裏切れだってさ。俺も人がいいよな」
「なっ……なん……の、え……ま、まさか、本当に、クロード様を」
「お前のためだよ」
息を呑んで、その目の中に嘘がないかさぐろうとして、初めて気づいた。
今までずっと、互いに顔をそらし続けて、このひとがどんな目で自分を見ているか、少しも気づいていなかったことに。
「ど、どう……どうして、そんな。私、頼んでな――!」
無造作に伸びてきた手が、胸の上の百合をつかんだ。建国祭のためにオベロン商会が――アイザックが用意した百合の花。
それが無造作に男の手にもぎり取られて、握りつぶされる。
はらはらと散っていく花びらを踏みにじって、アイザックがきびすを返した。
「まっ――待ってください、アイザック、さん」
踏みにじられたそれが、自分の恋心だったらよかったのに。
「行かないで」
そう言って止まってくれるひとだったら、恋なんてしなかったのに。
泣いている時間はない。知らせなければいけない。この紙を持って、走って、まっすぐに。
でも立ちあがっても、むしり取られて散り捨てられた花は、元に戻らない。