作品タイトル不明
28
祭場から光が屹立する。花火かと思ったが、そんな予定はなかったはずだ。
何かあった。
窓に張りついていたオーギュストは椅子の背にかけてあった聖騎士団の上着をつかみ、剣を取る。
制服に袖を通しながら部屋の扉を開こうとして、指先から感じたものに目を見開いた。
「……魔力?」
どうしてわかるのだろう。だが今、確かにぴりっと指先を何かがかすめた。
ゼームスだ。そう直感した。
出入りを監視するための魔法。自分が勝手に出て行かないように、あるいはセレナがきたときにわかるように。
唇を噛む。
ああ、自分は本当に――いい友達を持った。
ノブをつかんで回し、開いて、駆け出した。
ごめん、そう思うのは卑怯だろう。
二階だったので、面倒になって窓から飛び降り、そのまま森を抜けるべくまっすぐ走る。
もう一度祭場から爆音が響いた。と同時に、行く先に出てきた何かにオーギュストは目を細め、剣の柄に手をかける。
(人間じゃない!)
魔物でもない、その白い兵士を一閃で切り捨てた。その手応えに足を止める。
今、切り捨てた力は、確かに、死にかけていた自分に与えられたものと同じだ。
「セレナ……」
ぼこりと地面がうごめいた。また出てくる白い兵士に、オーギュストは剣をつかみ直す。
(近くにいる)
いつまで感じ取れるかわからない。考えるのは苦手だ、ちょうどいい。
こっちだ、と思う方向に駆け出した。
その先に彼女がいると信じて。
■
何かに呼ばれたような気がした。ふっと目をあけたセレナに気づいて、サーラが慌てる。
「だ、大丈夫ですか? 傷、治したほうが」
「いいわ、平気。――でもまあ、少し休憩してもいいでしょ」
そう言って水の中から手を取り出す。
指先の切り傷からぽたりと血が落ちて、波紋に飲みこまれていった。
もとは土地に水を巡らせるための神具らしい。長細い棒で地面とつながった平べったい聖石の器には、水が入っている。その水に聖なる力を注いで地面に巡らせるのだ。今回はそこに傷つけた手を入れ、血を分け与える。
古城から祭場まで、聖なる力を巡らせたあの女の力を補助するために。
じっと血がにじむ指を見つめていると、サーラが布巾を取り出した。
一度つつんで開かれたと思ったら、血が止まっている。サーラが治してくれたのだろう。
神の娘のなり損ない、おだてられているだけで調子にのっているだけの馬鹿だと思っていたが、力は本物だ。
苦しんで暴れる夫を押さえこみながら助けてと必死で訴えてきたときは、面倒なと思ったものだが。
「ありがと」
ぷるぷるとサーラは首を振ったあと、音が鳴り響く祭場のほうを見つめた。
「……だ、大丈夫、でしょうか。アレス。ま、魔王と戦うんですよね……」
「神剣もってるし、それくらい平気じゃないの」
「そう……そう、ですね。でも、本当にうまくいくのかって……大丈夫なんでしょうか、本当に。信頼できるんですか、あのひと」
「さあ、私は信じてないし」
「信じてないんですか!?」
愕然とするサーラを置いて、セレナは崩れかけた塀の上に腰をおろす。
皇都の端、魔王の森に近いこの廃園は静かだ。遠く鳴り響く音が、花火か何かだと勘違いしそうになる。
「あんたは逆に信じすぎ。馬鹿なんじゃないの」
ぐっと布巾を握りしめて、サーラはぶるぶるしている。必死な姿が小動物っぽくて、自分が悪者になった気分だ。
――アレスがしたことは、私も悪いんです。全部私が謝ります、だからどうか。
(なんであんたが謝るのよ)
ついそう思って、腹が立って、助けてしまった。
助けたと言っても、神の娘なら治せばと言って、その手の平に血をつけてやっただけだが。
それで本当に治してしまったのだから、なんというか馬鹿は怖い。しかもその一件で妙になつかれてしまって、居心地が悪い。
「いい、ちゃんと自分で考えなさい。でなきゃ女は食い物にされるだけよ。実際されてんじゃないの。あんたの旦那だって、ただのクズだからあれ」
「そ、そこまで言うこと……じゃ、じゃあセレナさんはなんで、あの人の言うことに今、従ってるんですか」
「……友達が」
言ってから、訂正しようと思って、やっぱりやめた。説明がめんどくさい。
「友達が信じてるから」
「友達なんていたんですね、セレナさん」
頭をはたいてやった。頭のてっぺんを押さえて、サーラが涙目になる。
「ア、アシュメイルにいたときと全然、性格違いますね……!?」
「とーぜん。あの時あんたはいいカモだったもの」
「ひどいです!」
「やだ、私を仲間はずれにして2と3のヒロインが仲良くしてる」
ふたりの間に三角座りで現れたリリアに、セレナもサーラもそろって悲鳴をあげた。
「過去作に対する敬意が足りないわ。私、元祖ヒロインなのに」
「あ、あん、あんたどこから! 監視とかいるでしょ、どうしたの!」
「まいてきたに決まってるじゃない。だってこっちのほうが面白そうなんだもの」
立ちあがったリリアが、セレナと、その背中に隠れたサーラをじろじろと眺めて、にこっと笑う。
「なるほどね。好感度もカンストで本物の両思いかな? どうりでアレス様が完全にヒーローだと思ったわ。この分だとオーギュストもかしら。でも今になって神王と聖騎士になってもねえ、ゲーム終わっちゃってるし」
「な、何言ってるんですか」
「気にしちゃだめよ、この女頭おかしいから」
「ひっどーい。でもアレス様、完全覚醒で神剣持ちにしても、相手が魔王様じゃね。聖王様相手ならまだヒーロー補正があるかもだけど……オーギュストもやっぱり魔王様相手は無理だと思うの。だって倒す相手はゼームスだし、聖剣持ってないし」
ぎゅっとサーラが腕を強くつかんでくる。おそらく言いたいことは同じだ。
「……同じようなこと、言うのね」
「同じようなこと?」
「オーギュストはあの半魔、将軍は聖王を倒して、聖騎士と神王になる。……本当は、そうなる運命だったって」
「そういうの、アイリーン様は言わないわよね。ならそれ、女王陛下の予知夢?」
無言は肯定ととられただろう。リリアがさきほどまでセレナが座っていた塀の上に座る。
「ふーん。予知夢はゲームの正規ルート準拠なのね。でもそれで運命を取り戻す!ってハウゼル女王国に味方しちゃったの? それじゃがっかりだわ。ここだってアイリーン様に見つかったら一発で吹き飛ばされるわよ」
「……アイリーン・ローレン・ドートリシュは負けるわ」
「アイリーン様は私の一番の推しで、私が育ててきたのよ。負けるわけ」
「聖剣が中途半端なせいで、魔王様を助けられない」
足をぶらぶらさせていたリリアが動きを止めて、こちらを見た。
「希望的観測で言ってるわけじゃなさそうね? でも、アイリーン様が負けるからハウゼル女王国についたなんて展開、あんまり面白くないわ。どうしようかしら」
私も忙しいのよねと、菫色の瞳がこちらをとらえた。
元・聖剣の乙女。
そう呼ばれているこの女はまだ聖剣を持っているとアイリーンは言っていた。あり得る話だ。
でなければ、指先がしびれるほどに圧倒される、この圧が説明できない。
「ね、スキップしましょ! 私、あなた達を主人公にした覚えがないの」
「……わ、私達は」
「主人公ね。――よくあるわよね。涙が宝石になるとか、そういう他人にとって都合のいい能力だけ持ったお姫様が主人公の話」
ぱちりとリリアがまばたいた。冷めた目で、セレナは淡々と続ける。
「過程も結末も大体同じなのよね、あれ。優しい王子様と出会ったけれど、助けが間に合わず殺される。間に合った場合は結婚して結ばれて、力を失ってめでたしめでたし」
「……言われてみると、そんな気がするわね?」
「昔から不思議なのよ。なんで男を三股くらいかけてだまして宝石を売り飛ばして自由になろうとしないのかしら、ああいう女。力をなくすとかもわけわかんない。なくしたらもったいないじゃないの」
真顔になったリリアが、首をかしげる。
「……その考え方がゲスくて可哀想な主人公向きの性格じゃないからじゃない?」
「そう。なら私は主人公じゃなくていいわ。その能力を自分の思い通りに使って、何が悪いのって思うから。それで、いちばんいい王子様とやらを自分でつかまえるのよ」
うしろにいたサーラが横に並んで、ぎゅっとセレナの手を握った。
なんだこの女と思ったが、なんとなくそのままにしておく。
「――ぷっく、あははは、あははははは! なるほど、なるほどね」
やがてリリアが腹を抱えて笑い出した。
涙を浮かべてばんばん塀の上を叩いている。この女は笑い出すとしつこい。
「お、思ったより可愛いこと言うのね、セレナって」
「可愛いこと?」
「どうしてオーギュストをだまして味方に引き入れなかったの?」
ぐっとつまったセレナの横で、はっとサーラが顔をあげた。
「そ、そうですよね。オーギュストさんって方も引きこめるならって言われて……」
「黙って。使えないから、あんな馬鹿」
「でも、アレスは魔王様と戦わせてるのに!? オーギュストって人でもいいって」
「あんたが旦那と一緒にきてくれたからそれでいいじゃない」
だまされたという顔でサーラが唇を震わせているが、同情しない。ただで助けたと思ったら大間違いだ。
笑いすぎで出てきた涙を指でぬぐい、リリアがこちらを向く。
「ゼームスと戦わせたくなかったんでしょ。仲良しだものね、あそこ。ああなるほど、それで刺されちゃったわけ、オーギュストは。使えないなら始末が基本だものね。そう……」
途中で黙ったリリアが胸に手を当てる。沈黙が不気味で、眉をひそめた。
「何、突然黙って」
「……私、わりと好きなのかしら、今のキャラ達。まあそれはそうよね、どんなに最初は使えないキャラでも使い続ければ愛着がわくものよね。……いいわ、待ってあげる。あなた達がどうなるのか見たくなっちゃった」
そのかわりと、リリアは笑った。
「リセットボタンを押されちゃだめよ、私のセーブデータなんだから。自分で消すのはいいけれど、他人に消されるのは許せないわ」