作品タイトル不明
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エルメイア皇太子の二度目の結婚式は、一度目の比ではないほど慌ただしく準備が進んだ。
何せ、建国祭と並行だ。手順も何もあったものではない。省略できるものは省略し、最低限だけにしても、時間がたりない有様だった。招待客は建国祭と同じ顔ぶれだ。
それでもなんとかなったのは、ハウゼル女王国が準備万端で用意していたからだろう。クロードの衣装から祭壇の飾りまでハウゼル女王国にまかせる形で準備は進んだ。
ハウゼル女王国のしきたりで挙式をあげることに渋面をしめす貴族達もいたが、時間がないうえに皇太子妃の父親である宰相に『予算がかからなくていいではないですか』と笑顔で言われたら、反論できずに黙った。クロードもなんの感慨もわかない式典だ、こだわりはない。
アイリーンとの挙式で使ったものを使わないのであれば、なんでもよかった。
結局、エルメイア皇国は祭場を場所として提供しただけだ。ハウゼル女王国側も、式場となる祭壇には正面と出入り口の扉のうえに大きな合わせ鏡を入れたくらいで、あとは簡素なものだった。
突然の通達に国民達も困惑しているらしい。建国祭の中日に無理矢理ねじこんだため、結婚式ではなく建国祭の儀式だと思っている者も大勢いるらしかった。その認識に対して、ハウゼル女王国側から是正の申し入れもない。
(つまり僕の第二妃になることが主目的ではない、か)
黒のマントを羽織り、ゆるく編み上げた髪をおろしたキースが立ちあがる。
「はい、これでいいですよクロード様」
「では適当にすませてくる」
冷めた返事をして出て行く自分を、キースは頭をさげて見送った。いつもどおりだ。
祭壇を含め、祭場には屋根がない。雨になったら面倒だと思っていたが、天気はからっと晴れていた。一切自分の感情は動いていないので、運のいいことだ。
無表情で、ヴェールをおろし純白の花嫁衣装を着た女の横に立つ。たとえ中が誰であってもかまわないので、話しかける気もなかった。だが女のほうが、話しかけてくる。
「怒っておられますか?」
「君に対しては特に何も思わない。正直、名前も忘れそうだ」
少し間をおいて、ヴェールの中で女が小さく笑った。
「グレイス・ダルクです。……でも、ここまで関心をもたれていないといっそ愉快ですね」
「僕は楽しくないがな。君は楽しいのか?」
「結婚式をあげるのが夢だったので。もちろん、私を愛するあなたとの挙式が理想でしたが、これでも十分、満足してます。欲張りはしません」
入場の合図であるラッパの音が鳴った。天国への導きのようだ。それとも、地獄か。
腕を差し出すと、女はその腕に手をからめてきた。相変わらず、何も感情が動かない。いっそ不思議なほどだった。
あれほど夢に出てきた聖剣の乙女と似ているのに。
並んで扉が開くのを待っていると、女がまた話しかけてきた。
「アイリーン様は、どうしておられますか」
ぬけぬけととは思わない。この女がかかわっている証拠はどこにもない。
驚異的な回復力で腹の傷を完治させたオーギュストが見たのは、セレナの裏切りだけだ。そのセレナも、魔物の目をすり抜けてどこかへ消えた。
アイリーンは魔力をこめた結婚指輪を持っているはずだが、その気配が追えない以上、魔物を使っての捜索は危険だ。アシュメイルと同じで、聖なる力に阻まれている可能性が高い。
だから使うとすれば人間なのだが、珍しく協力を申し出てきた騎士団の捜索隊をクロードは最小限にしか編成しなかった。
(……そういえば真っ先に手を打ちそうなアイザック達と連絡が取れていないな)
だが、彼らがいたとしても、クロードのとる手段は同じだ。待つだけである。
「ふせっておられると聞いています。私がご挨拶するのは、迷惑でしょうか」
「そのうち挨拶できるんじゃないか」
「ならよいのですが?」
少し小馬鹿にしたような口調に初めて、クロードは唇をゆがめた。
「口調が変わったな。態度も仕草も、もう少し違った気がするが。それが素か?」
「……いえ、緊張しているので、普段のようにいかず。失礼致しました」
「興味はないのでどうでもいい。だが……そうだな、たとえば、そちらの自慢である神具であっても、彼女を捕らえたままにしておくことは不可能だ」
両開きの扉があいた。
花吹雪もない天鵞絨の道に踏み出す。遅れて、女も一歩足を踏み出した。
「彼女はそんなもの、壊せてしまう。魔王の妻だ、当然だろう」
「……」
「だから囚われたままでいるとしたら、それはわざとだ。そこが彼女の困ったところだな。平気で敵の中に飛びこむ。いつだって、僕のために」
白けた顔で空を斜めに見あげながら、クロードはしかれた道を進む。
「だから君には怒っていない。僕が怒っているのは、僕の妻にだ」
静かな式だ。嵐の前のように静まりかえった中を、進む。黙々と、淡々と。
「夫の僕の心配をよそに好き放題しているんだ。今までもそうだった。あげくどんどん僕以外の男を増やしてくる。一周回って僕は悟った。まず彼女に、僕を放置するとどうなるかを学ばせるべきだ。そうすればむやみやたらに僕のそばから離れる選択をしなくなるだろう」
これは仕置きだ、とクロードは部下に告げたのと同じことを言った。
「僕の妻になったんだ。もうそろそろ落ち着いてもらわなければ困る」
がん、と突然どこからか音が鳴った。
観客達がざわめき、女の足も止まるが、かまわずクロードは女を引きずるようにして先へ進み、祭壇の前に立つ。
祭壇に置かれているのは、婚姻誓約書だ。これに署名するだけで仕事は終わりである。
そのあとどうなろうがクロードの知ったことではない。
自分は悪くない。
がんともう一度、今度は会場全体を揺らす勢いで音が響き渡った。
うしろのほうからだ。入場口の上、ハウゼル女王国が運びこんできた合わせ鏡。真実の姿を映し出すとかどうこう言っていたが、それもどうでもいい。
「僕は愛しい妻のためなら、なんでもしてしまう。他の女との結婚でも、なんでもだ」
次の瞬間、爆音に似た音が響き渡り、巨大な鏡が砕け散った。
悲鳴があがり、観客達が逃げ出す。少し小首を傾げたクロードは署名をする前にペンを置き、振り向く。
けが人が出ないよう破壊された壁や鏡の破片を宙に浮かせたその向こう、鏡の中から出てきたのは。
「おかえり、アイリーン」
最後は耐えきれず蹴り飛ばしたらしい。
羅刹の顔でこちらを見下ろす可愛い妻に、クロードはさわやかに微笑みかけた。