軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

26

鏡をぶち破ったのは何か考えがあってのことではない。

ただふざけるな、と思っただけだ。

そうしたらなぜかそこは映し出した鏡の景色につながっていた、それだけである。

「もうやだ、こんな義娘……! 怒りで空間つなげるとか、いくら神具だからって!」

義父が奥で頭を抱えているが、それもどうでもいい。

鏡の枠に足をかけて、身を乗り出す。

さわやかな風が吹く中、全員――貴賓席にいるリリアが口を押さえて爆笑をこらえていたり見知った顔が複数、頭を抱えているが――おおよその観客が、啞然と自分を見上げていた。

アイリーンからいちばん遠い、円柱に囲まれた祭壇の前で、夫が振り返る。

「おかえり、アイリーン」

「ええ。ただいま戻りましたわよ、クロード様。嬉しそうですわね」

「愛しい妻が僕を取り戻しに結婚式に乱入してくれたんだ。心がはずむ展開じゃないか」

「さらって逃げませんわよ」

とりあえずそこだけ釘を刺しておく。クロードはゆっくりと祭壇から降り、歩いてきた道を戻っていく。

「残念だ。――さて、愛しい僕のアイリーン。君は今までどこにいた?」

「ハウゼル女王国におりました。何者かに誘拐されたので、脱出したところです」

誘拐という言葉に周囲がざわめく。

「疑う方はここの鏡を通ればよろしいわ。一瞬でハウゼル女王国に旅行できますわよ。――それで? 皇太子妃のわたくしがいない間に、どうしてハウゼル女王国の女王候補生とわたくしの夫である皇太子殿下が結婚式を挙げているのかしら?」

「君の命が惜しければ彼女と結婚しろと、丁寧に脅迫された。押しかけ花嫁もここまでくると犯罪だな」

「動機は、女王試験をなんとしても突破したかったとか、そんなところかしら。よろしければ説明していただけると嬉しいわ」

鏡同士でつながったその枠をにぎって、クロードの横にいるヴェールの女を見おろす。

「それとも、黒幕として女王陛下が出てらっしゃったりするのかしら?」

建国祭とまとめて挙式を強行したのだろう。幸か不幸か、この場には他国の賓客も出席している。あえて女王にまで踏みこんだ言葉を選ぶことで、退路を断った。

(何も知らないならそれでいい。それが白々しくさえ見えれば!)

とはいえ、この状況でこの女が何も知らないなんて、通すつもりはない。何も知らなくても引き出させてみせる。

緊迫した沈黙に不似合いな、くすりという小さな笑い声が響いた。

ヴェールの下で女が笑っている。たったひとり、逃げ場はないこの状況で。

「何がおかしいのかしら? ――グレイス・ダルク様」

「……ごめんなさい。もうすぐだと思うと、つい」

「もうすぐ……?」

「夢が叶うときって、意外とあっけないんですね」

まるで舞台の主役のように花嫁衣装を着た女が、祭壇にあがる。たったひとりで。

そして、振り向いた。

「でも、油断はいけません。すべてはこれからなのだから」

「――何を言っているのかわかりませんわ。説明を」

「説明?」

ヴェールで顔を隠した花嫁が笑う。真っ赤な口紅を引いた唇で。

「これから消える国に、どんな説明を?」

ぼこりと式場の床が突然盛り上がった。そこから出てきたものに、アイリーンは瞠目する。

通路にいたのと同じ白の兵士だ。神具でできた兵隊。魔力でも攻撃はできる。そのかわり人間を傷つけられる。

「皆様。悲しいことに今日でこの国はおしまいです」

高らかにグレイスが宣言した。まるで店じまいの挨拶のように告げられたそれに、混乱と動揺が波状していく。

胸の前でグレイスが祈りの形に手を握る。右手が、光り出した。

「でも、大丈夫です。ハウゼル女王国はあなた方を見捨てません」

次から次に湧き出た白い兵士達が、会場の中央にいるクロードに向き直る。

「魔王を斃せば、あなたたちは許されるでしょう」

ふっとグレイスの姿が陽炎のように消える。白い兵隊がクロード目がけて躍りかかった。

「クロード様!」

観客の悲鳴と爆音と砂埃が舞いあがり――そのまま、まるで人形をうち捨てるように白の兵隊が空に吹き飛ばされた。

「ありがとう、ウォルト、カイル」

襲いかかられる前と同じ体勢で、クロードが足下にいる護衛達に声をかける。

「さすが僕の護衛だ、頼りになる」

「だまされませんよ、今逃げようともしませんでしたよね!? 完全に待ちの体勢でしたね!?」

「あとでキース様に説教してもらえばいい! ウォルト、くるぞ!」

「ですが、きりがありませんよ」

宙に浮いた兵隊を粉みじんに吹き飛ばし、エレファスが姿を現した。

「おそらく砂が素材です。しかも地面を伝って力を供給し続けている。まず発生源を特定してどうにかしないと」

「クロード様、客席もです!」

上から状況を見ていたアイリーンは、観客も襲い始めた白い兵隊達目がけて飛ぶ。エレファスの言うとおり、聖剣で切り捨てた兵士は砂になって消える――だが、すぐにまた地面から出てくる。きりがない。

「早く皆を転送魔法でっ……結界!?」

空を見上げたアイリーンは、微妙にゆがむ景色に歯噛みする。

今度は聖具の結界だ。これではクロードの魔法が使えない。

「お客様の中に聖なる結界の中でも転移ができる便利な聖王様とかはいらっしゃらないのか」

「ハウゼル女王国のあとでご訪問と予定が変更されましたので、明日のみの出席予定です」

会場に出てきたキースが、床に転がった武器を拾いながらクロードにのんびり答える。

「これ使えますね、敵の武器ですけど。あとクロード様、横着は駄目です」

「そうか、そのようだ」

「のんびりなさってる場合ですか! とりあえずわたくしが結界を壊しますから」

「ああ、いい。アイリーン、その必要はない」

「は?」

「これは神剣もどきじゃないか?」

護衛と魔道士がちぎっては投げちぎっては投げの戦闘を繰り広げている中で、クロードが地面から拾い上げた剣を持った。

「つまり、こうすればいいんだろう」

一閃、綺麗な半円を描いたクロードの剣先が、地面にたたきつけられる。

そのまま地面が沈んだ。結界が砕け散り、兵隊がそのまま残らず霧散する。その手の中の神剣もその負荷にたえられず、崩れて消えた。