軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

23

目を丸くしたアイリーンのほうに顔を向けたルシェルが、こちらに全力疾走しながらさわやかに笑った。

「あー誰かきたと思ったら君かあ!」

「どうしてここに――って、何に追いかけられてますの!?」

全力で走るルシェルのうしろからやってくるのは、服も髪も目も肌も真っ白な兵隊達だ。槍を構えて何百という兵隊が、同じ動作で追いかけてくる。

「魔物相手の罠を思いっきり踏んだ! てへ」

「てへじゃありませんわよ!」

手に力をこらしたアイリーンはひとまず前衛を吹き飛ばす。そうすると、ぱらっと音を立てて暗闇が一部欠けた。目の前を駆け抜けざまに、ルシェルが忠告を飛ばす。

「逃げたほうがいいよ! それ壊したら通路ごと崩壊するから!」

「それを早くおっしゃって!?」

つまり出口まで逃げるしかない。

駆け出したアイリーンはルシェルの横に並ぶ。出口はそんなに遠くなかったはずだ。

「君、そのヒールで足、速いね!?」

「ヒールで走ってこそ魔王の妻ですわよ! それでどうしてここにいらっしゃいますの!」

「そりゃクロードのためだよ! 君はついにクロードに捨てられた!?」

「まさか、わたくしもクロード様のために敵情視察ですわ! お義父さま、左!」

いきなり巨大な手が出てきてこちら目がけて落ちてくる。それを視線ひとつ投げただけでルシェルは砂に変えた。

「魔力がきくんですのここ?」

「君、僕が神だって覚える気がないね?」

「今はエレファス並でしょう」

「ちゃんと力は戻ってきてるよ! もうちょっと力が戻ったらこんな通路、強行突破できるんだけど、どっかの鬼嫁のせいでごっそり魔力削られて力のバランスが取れないの!」

「まあ、ひどい義娘がいたものですわね!」

目の前にとつぜん壁が現れたので蹴っ飛ばしてたたき割ってやった。

その間にもうしろから白い兵隊集団がまったく速度を落とさず迫ってくる。

「で? クロードはまだ魔界に帰ってないの?」

「帰すわけがありませんでしょう! あれはわたくしの夫ですわよ!」

「君も君だけどほんとにあの子は奥さん似だなあ、もう! ぎりぎりまで粘って粘って」

光る出口が見えた。だがお約束のように光が収束し、小さくなっていく。

アイリーンが小さくなるその光目がけて聖剣を投げつけるのと、ルシェルが赤い左目と菫色に染まった右目を開くのは同時だった。

「ひとりで満足して、置いていく」

力業でこじ開けた出口にふたりで飛びこむ。

白銀の光が背後の通路も白い兵隊ものみこみ、背後で渦を巻いて消えた。

肩で息をしたアイリーンは、横のルシェルを見る。

「お、義父さま……その目……髪の色も」

灰銀の髪が、毛先から白銀に変わりつつある。ぼさぼさだった髪型も、幾分か落ち着いているように見えた。それを見て、ルシェルははあっとため息を吐く。

「神に戻りかけてるのかなー……時間がない」

「か、神に、戻りかけてるって。お義父さまは、人間になったんじゃ……」

聖剣の乙女がエルメイア皇国を作る4のエンディングでは、ルシェルは人間としての道を選ぶはずだ。1のクロードを攻略した場合と同じように、魔王である自分を魔界に封印して。

そこでふと、声が蘇る。どうして聖剣の乙女の末裔であるエルメイア皇族に魔王が生まれたのか。

(……まさか人間にならず、魔王のまま聖剣の乙女と結ばれたから?)

ルシェルは答えず、アイリーンをじっと見た。静かな、色違いの目。

聖と魔を模したような、菫色と赤の。

「……僕ねえ、本当は君、嫌いじゃないんだよ。奥さんも気に入っただろうしね、君を。きっとクロードに『いい女つかまえた、さすが私の息子!』って言うよ。僕も、いっそ嫌な嫁だったらクロードに食われればいいって思えるんだけどねえ……」

でも、クロードは望まないだろう。そう、父親の顔でルシェルは言った。

思わず、その腕をつかむ。

「お義父さま。――何があったのですか、昔。しきりにクロード様が魔物になると言っているのと、関係があるんでしょう? ひょっとしてお義母さまに、何か」

「言えない」

「わたくしが信用なりませんか。でもわたくしは本当にクロード様を守りたくて」

ぐい、とルシェルが首元を緩めた。息を呑む。

その首にはびっしりと呪文が刻みこまれていた。

「僕がここにくるためにつけた戒めだ。妻の詳細は話せない。話さない。名前も呼べない」

「ど、どうして」

「魔界にいる本体の怒りに触れるからだよ。クロードもだけど、僕だって本体にのまれるわけにはいかない。ほら、今の僕ってクロードのいいお父さん――何、その顔」

細かい舅が何を言うかという気持ちが顔に出ていたらしい。ルシェルが腰に手を当てて仁王立ちした。

「あのね、ほんとに本体の僕は怖いんだよ? わかってる?」

「わたくしには今ここにいる情けないお義父さましか見えませんわ」

「全盛期の僕に戻ってひとかけらの情けもなく君を殺したい」

「わかります、魔王っぽい演出ですわよね。クロード様もそういうところがおありですわ。というかお義父さま、全盛期に戻りたいんですの?」

「うーん。本体との融合が必須だし、魔界の封印を解かなきゃいけないから、今の魔王ってことで封印の鍵になってるクロードも巻きこむしね」

さらっと聞き逃せないことを言った。

「本体は戻りたがってるけど、さすがに息子を巻きこんだら奥さんに怒られちゃうでしょ。本体もほんとはそのへんの意識、かろうじてありそうなんだけどね。でなきゃ僕だけが独立して動けるわけないし。でも……叶わない夢を捨てられないんだろうな」

「叶わない夢……?」

「全部消してなかったことにして、奥さんと未来でやり直すこと。ちなみに全部なくしたいのはひとまず地上の人間全部ね」

規模が大きすぎる。

「そ、それはぜひ、本体には封印されたままでいていただきたいですわね……?」

「あ、ひどい。これだから人間は」

でもね、とルシェルは赤い左目をそっと隠した。

「正直、あのときは僕も怒りに我を喪ってたからね。妻の最期を話そうにも、色々曖昧だ」

「……わかりました。これ以上、何も聞きませんわ」

「なんだ、聞き分けがいいね?」

「つらいお話なのでしょう」

まっすぐそう告げると、ルシェルが不思議そうな顔をした。

「それを蒸し返すなんて悪趣味な真似は致しませんわ。それに大事なのは、今、どうするかです。もちろん、過去に何があったかわかれば助けにはなりますが……」

「……」

「何より、お義父さまはクロード様を守るためにここにきてくださったんでしょう。それだけはわかってますわ。ありがとうございます」

ゆっくりとルシェルがまばたき――微笑んだときには、菫色の瞳が赤に戻っていた。

「ああ、本当にこれだから嫌だな、人間は」

「でもクロード様は絶対魔界に帰しませんわよ?」

「うん、そうなったらいいねえ。で、君はこれからどうするんだい?」

敵情視察中だった。思い出したアイリーンは、しんと静まりかえった部屋を見回す。

応接間だろうか。低い猫脚のテーブルと、それを挟んだ向かい合わせのソファ。そのうしろの暖炉に火は入っていない。

既視感に眉をひそめる。そっくりそのままゲームどおりなのではないだろうか。もちろん細部まで覚えているわけではないが、まったく印象が変わらない。何百年もたった今までこの形を維持しているのだとしたら――まるで誰かが時を止めているみたいだ。

鳥肌の立った腕を一度なでて、アイリーンはルシェルを見あげる。

「お義父さまはどうされますの?」

「うーん。……そうだね、君がどうするのか興味が出てきたからついていくよ」

「でも、何か用事があってここにいらっしゃったのでは?」

「ちょっとハウゼル女王国の現状を確認しようと思ってね。何が本体の 癇(かん) に障るかわからないから、あんまり奥さんのことを思い起こしそうな場所や物事はさけてるんだけど。鏡とかで、自分の姿を見えないようにもしてるし」

「鏡でお姿が見えない……ですから選ばれる服装が、こう」

「違うよ本体が映っちゃって目でもあったらその時点で意識がのまれるからだよ! 諸々、全部僕の思い過ごしだったらいいけど……えっその場合って僕、ただのうざい父親!?」

ただでさえクロードに冷たい目で見られてるのに、と叫ぶルシェルは嫌がられている自覚があるらしい。呆れつつ、アイリーンは自分の目当てである奥の扉に手をかける。

ゲームどおりなら、この奥が女王の私室だ。女王本人がいる気配はしないが、何か――それこそ過去に関するものがあるかもしれない。

「大丈夫ですわよ。クロード様、ちゃんとルシェル様に冷たいでしょう」

「それのどこが大丈夫!?」

「人間の父親――皇帝陛下にはクロード様、愛想笑いしか浮かべてませんでしたわ」

期待どころか諦めすらない、そんな態度で接していた。二十五もすぎて皇帝になろうという男性に、父親への恨み節とか子どもっぽいことを語り出されても困るのだが。

「あなたとはちゃんと普通に接してらっしゃるだけ、まし――」

奥の扉を開いて、真っ先に目に飛びこんできたものにアイリーンは息を呑む。

相も変わらず、そこはゲームとの違いがわからない、そのままの部屋があった。

ただひとつ、決定的に違うのは肖像画だ。壁にかけられた、女王の肖像画。

肖像画の中の女王は、首から上がズタズタに切り裂かれ、顔がなくなっていた。