軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

21

考えるのは得意ではない。自分は使われる側の人間だ。オーギュストはそう思っている。

だが今回ばかりは、どうしてと考えずにいられなかった。

「セレナ! 待てよ!」

森を人間と思えない速度で走り抜けていく女は、振り向かない。魔香か何かでも使っているのだろうか。それとも聖具か神具か――どうしてだ、とオーギュストは歯噛みした。

味方だったわけじゃない。でも、敵に回ったりはしないだろう。そういう関係を築けたと思っていた。そう思っていたのは自分だけだったのか。それとも、何か理由が。

(いやそうじゃない、アイリが……今はともかくつかまえる!)

一度だけ息を大きく吸った。聖騎士団にあるまじきことかもしれないが、オーギュストの剣にはゼームスの魔力が付加されている。それを使えば、人間離れした動きもできる。

足の底に、一瞬。それだけで一気に加速した。

先を走るセレナの目の前に入りこみ、振り向きざまに喉元に剣を突きつける。

「ここまでだ。――セレナ!」

足を止めたセレナが正面からひびの入った神剣を突き出してきた。

それを横によけて、弾き飛ばす。先のアイリーンとの剣戟で既に壊れているため、普通の剣と威力は大差ない。

「やめろって、それもう使えないだろ! おとなしくつかまれよ!」

「冗談でしょ」

「なんでだよ、セレナ……!」

剣を持つ手首をつかまえて、正面から叫ぶ。

「なんでこんなことするんだ!」

「なんで? 私がいつあんたの――アイリーン様の味方になったわけ?」

ぐいと手首ごと体をひねって、蹴りが飛んでくる。拘束から抜け出たセレナが笑った。

ああ嫌だ、とオーギュストは思った。

「何か理由があるなら、聞くから……!」

「理由? あんた達についてる理由がなくなった。それだけよ」

「あるんだろ! なあ、何か」

そんなふうにすがる自分が嫌だ。何かあると信じたい自分が嫌だ。

彼女に剣を振り下ろせない自分が。

「頼むから、セレ、……!」

目の前に夢中で、背後の気配に気づかなかった。

自分の腹から生えた剣を見て、オーギュストは瞠目する。同じようにセレナまで目を見開いていた。

地面に崩れ落ちたオーギュストは口元をゆるませる。

どうして驚くんだ、敵だというなら――そう思うのは甘いのだろうか。

爪先から体温が消えていく。必死で手を伸ばしてつかんだのは、誰の手だろう。

「セレ、ナ……俺。……出世する、から」

だからどうか、自分を選んでくれ。いや、その前に伝えなければならない。

好きなんだと。もう友達にはなれないから、そのことを謝って、それから。

思考を遮るようにささやきが聞こえた。ずいぶん都合のいい幻聴だ――待ってるなんて。

止まりかけた胸に息を吹きこむように、唇が柔らかいものでふさがれる。

意識はそこで落ちた。

自分の魔力が使われた。会議中だったクロードははっと顔をあげる。

(……アイリーン?)

考えた瞬間に、魔物達が動き出す。いちばん近い魔物は――アーモンドだ。

「クロード様、こちらを」

「……ああ」

差し出された書類に触れて、その指先がしびれたことに意識を引き戻した。

今、何か――魔力を弾かなかったか。

ああだこうだと頭の固い連中が長引かせるだけの議論を聞き流しながら、クロードはゆっくりと違和感を感じた書類に触れてみる。

(――文字)

魔力でなぞると、他は燃えて消えていくのに、魔力をはじくそこだけが残る。

紙に聖なる力をしみこませたらしい。

机の上に残った文字は――『皇太子妃は預かった』

(アイリーン)

『命が惜しくば、生誕日までにグレイス・ダルクと結婚式をあげよ』

拳をにぎったその瞬間、会議室の扉が開いた。

入ってきたのは、黒髪に菫色の目をした少女だ。運命とそっくりの、顔と色。

「おい君、なんだ。今は会議中――」

「やめろ、女王候補生だ」

にわかにざわめく貴族達を無視して、優雅にグレイスが歩いてくる。

「クロード様。もうそろそろ私にお話があると思って、まいりました」

「……。ああ、そうだな」

すぐさま前に出てこようとした護衛をふたりを制して、クロードは立ちあがる。

「これで君が女王、というわけか」

「そんな。まだクロード様から何もお言葉をいただいてませんのに」

これだから人間の女は怖い。

極限まで感情を押し殺した笑みを浮かべる。きっとおそろしいほど美しいだろう。天候も凍り付いて動かないほどに。

「結婚してくれないか」

「ええ、もちろん」

クロード様、と護衛が声をあげかけたのをもう一度手で制した。

「これで君の計画通りか?」

「まさか。これは、運命です」

ぬけぬけとそう答えて、女は笑った。