軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

20

いくらなんでも一日に二件、行方不明事件というのは偶然とは思えない。

しかも神の娘と聖剣の乙女だ。絶対に何かある。

神の娘の一件は他国の話だが、聖剣の乙女は自国の話だ。

予定より早く、アイリーンはバアルの転移でエルメイア皇城に戻った。遠隔で連絡がとれることといい、聖王は便利だ。

(魔石でも同じことできるんじゃないかしら。でもレヴィ一族の一件でそういう技術がほとんど失われて、開発も進んでないのよね……うちも考えないと)

だがそれも建国祭が無事終わってから、クロードが無事皇帝になってからの話だ。

見事に壁や天井まで吹き飛んだ北の塔で、アイリーンは嘆息する。鉄格子も破片になって床に転がっていた。部屋の主――セドリック・ジャンヌ・エルメイアとリリア・レインワーズの姿はない。死体も、ない。

他の現場の状況は、アレスの病室とまったく同じだ。

クロードの魔力とエレファスの魔法が張り巡らされた北の塔。脱出にはそれ以上の魔力で吹き飛ばすか、聖なる力で無効にするかである。それを圧倒的な魔力で打ち破った。

「クロード様の結界です。破れる人間は、魔物に至るまでそうそういるとは思えません」

護衛としてつれてきたエレファスが険しい顔でそう言った。

「魔力でやったなら、リリア様の自作自演ではなさそうね」

「そうですね。彼女は魔力が使えませんので」

「聖王の結界を聖なる力で破り、魔王の結界を魔力で破るわけね。なかなかいい挑発だわ。クロード様は?」

「会議です。まだセドリック様達の詳細は伏せられてますが、建国祭の直前なので」

「そう。長引くわね」

犯人さがしをすればいいだけではない。警備の見直し、他国への対応、第二皇子が見つからなかった場合の調整と対応――問題は山積みだろう。

奥の談話室に足を踏み入れると、空も森も見える大層見晴らしのいい部屋になっていた。聖騎士団の制服を着たオーギュストが飛び散った家具の破片を拾い上げて、こちらに振り向く。

「状況を説明してくれる、オーギュスト。あと……マークスも」

「いきなり西の塔から爆発音が聞こえてさー。マークスが最初にきたんだよな?」

マークスは騎士団で左遷まっしぐらと噂の西の塔の巡回を務めている。沈痛な顔で、オーギュストに頷き返した。

「ああ。そのあとすぐに騎士団で周囲を封鎖した。爆発が起こる前に出入りした人間はいつも通り、昼食を運びにきたあの女くらいだ」

目で示されたセレナは、かろうじて残った壁に背中を預けて、首をすくめる。

「私だってわけわかんないわよ、昼食運んだあと、いきなり部屋が爆発したんだから」

「魔力の気配がするので、魔物の可能性も考えて聖騎士団を一応要請したのだが……」

「で、俺が調査で派遣された。そのあとアイリーンがすぐきたって感じだよ」

「状況はわかったわ、オーギュスト。エレファス、人払いの結界は?」

「はってあります」

「ねえ、私もう戻っていい?」

返事をしようとして、セレナが手で何か弄んでることに気づいた。

二つの、小さな丸い水晶だ。それを指の間を巡らせたりして、遊んでいる。

その水晶に、アイリーンは見覚えがあった。

「……」

「なに? 私がいてもしょうがないでしょ、ここに」

「もう少し待って。マークス」

「な、なんだ」

話しかけられたことに驚いたマークスが直立不動になる。

マークスに近づく途中にいたオーギュストにすれ違いざまささやいた。

「セレナから目を離さないで」

オーギュストは瞠目するが、意識を向けてくれるだけでいい。

そのままマークスの目の前に立ったアイリーンは、両腕を組む。

「リリア様の聖剣について。皇太子妃命令よ、正直に話してちょうだい」

ぱちりとマークスがまばたいたあと、嫌な顔になった。

「正直にも何も、お前が――」

「わたくしは皇太子妃よ」

もう一度主張すると、騎士団所属であるマークスは渋々言い直した。

「……皇太子妃殿下のほうが私より事情をご存じかと思います。復活した聖剣は、皇太子妃殿下のお力で消滅したと聞き及んでおりますので」

「でも復活させたとき、彼女は何か言っていなかったかしら? あなたのおかげだとか」

「ああ、それは――はい。ありがとう、とは言われました」

「そう。なら決まりね。リリア様は今も聖剣を隠し持っている」

アイリーンが奪ったのはセドリックルートの聖剣。そして、消滅させたのはレスタールートの聖剣だ。

マークスルートの聖剣なんて、まだ見ていない。

(元々おかしいと思ってたのよ。マークスルートの聖剣をすっぽかして、レスタールートで聖剣を復活させるなんて)

全員がぎょっとする中、特に焦ったのはマークスだ。

「お前、まさか。それならリリアはこんなところに閉じこめられているはずが」

「わたくしは皇太子妃よ」

「も――もしそれが本当なら、彼女がおとなしく監禁に応じるはずがないと思いますが」

「残念ね、マークス。わたくし、あなたたちよりあの女のことはわかってるの。隠していた理由は簡単よ。わたくしがいるから」

クロードの魔力をまとうアイリーンの聖剣では、ただの聖剣は太刀打ちできない。

「わたくしの聖剣には勝てないとふんで油断させるほうを選んだんでしょう。……そもそもアシュメイルで彼女が振るった神剣の威力も異常だったわ。クロード様の魔力を借りたわたくしの聖剣と対等の力を発揮してたもの」

「それは……聖剣の乙女であるリリアが神剣を使ったから、では」

「神剣は使い手を選ばないわ。あれだけの力を発揮したのは、聖剣の力をうわのせしたからでしょう。結局神剣のほうがもたなくて壊れたけれど――まあ言いたいことはひとつ。彼女は危険人物よ、よくも悪くも。さらって思い通りにできるなんて思わないほうがいいわ、セレナ」

矛先を向けられたセレナが、顔をあげた。

「突然なに? 私?」

「聖王と魔王の結界を破る人間なんて、そういない。でも簡単な方法があるわ。あなたを使うことよ、セレナ」

顔色ひとつ変えないのは、さすがだ。動揺するオーギュストのほうが可哀想である。

「ア、アイリ、何、言って」

「壊れかけの神剣を復活させたんだもの。魔具にでも聖具にでも神具にでも、聖王や魔王の力を破る力を付加するくらい、わけないんじゃないかしら」

セレナが手の平に水晶を握りこんだ。その指先には、小さな切り傷がある。

「証拠は?」

「ハウゼル女王国でしょう? あなたが持ってる、その水晶」

ゲームにあったアイテムだ。

4で、ヒロインが魔物の捕獲に使っていた神具である。魔物を殺さないようヒロインは聖なる力で水晶に閉じこめ、魔界に返してやるのだ。

ハウゼル女王国は予知の国であると共に、聖石や魔石の技術国でもある。聖石と魔石を融合させた道具は神具と呼ばれて国民の生活を支えている。その技術の最高峰が神剣だろう。

ゲームではもっぱら魔物を捕獲していたが、神具なら人間を閉じこめることもできる。

「その中に、リリア様とセドリック様がいるんでしょう?」

「……」

「わたしなさい。そして何を依頼されたのか、吐くのよ。そうしたら見逃してあげる」

「セレナ」

オーギュストが焦って名前を呼ぶ。セレナは、手の平の水晶を見て、笑った。

「さすが、すぐ見通すのね。あの女といい、あんたといい」

「リリア様が何か言ったの?」

「……『こうくるとは予想してなかった、ほめてあげる』だって」

セレナが水晶を自ら手から落とした。

どういうつもりかと細めた目の前で、その水晶めがけて振り下ろされるのは――アシュメイルで見た、神剣。

「でもあんたもあの女も、甘い」

「……っ!」

地面を蹴って水晶と神剣の間に聖剣を滑りこませた。

「神剣なんてどこから……っ!」

「それもわかってるんじゃないの?」

セレナが打ち下ろす剣は聖剣に触れても簡単には壊れない。

舌打ちしたアイリーンは、聖剣に魔力をまとわせる。神剣にひびが入り、はじけとんだ欠片が水晶に当たった。

ぱきぱきと音を立てて水晶がわれ、聖力の残滓である白い靄から出てきたのは、目をまわしたセドリックとけろっとしたリリアだ。一見して怪我もない。

「さっすがアイリーン様! かっこよく助けてくれて、どきどきしちゃった」

「エレファス、ちゃんと拘束しておきなさいそのふたり! あと――」

「セレナ!」

セレナはなんの迷いもなく、あいた壁から外へ飛び降りた。すかさずオーギュストがそれを追って飛び降りる。

アイリーンも床を蹴った。背中から落ちながら、こちらを見ているエレファスに叫ぶ。

「絶対にクロード様を近づけさせてはだめよ! あの女、神剣を持ってる!」

「おい、アイリーン!」

皇太子妃だと何度主張しても覚えない幼馴染みの姿に目を細めて、叫んだ。

「リリア様とセドリック様をしっかり守りなさい!」

「……!」

何か答えた気がするが、聞こえない。

茂みに足を下ろしたアイリーンはそのままセレナの姿を追おうとして、瞠目する。

目の前にセレナの姿があった。

「だから甘いって言ったでしょ。私の本当の目的は、あんたよ」

「……っ!」

「アイリ! セレナ、やめろ!」

目の前に水晶の網が広がる。飲みこまれるのは一瞬だった。