軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

19

アレスが監禁された――もとい療養していた病室を見回して、アイリーンは嘆息した。

監視のためバアルがかけていた術の類いはすべて無理矢理断ち切られている。あちこちに転がっている使い捨てられた聖石を拾うバアルの横顔は、これ以上なく厳しい。

(聖王と同等の聖なる力が振るわれたってことだものね)

絶対防御を誇る聖王の結界だ。聖剣を持つアイリーンでも、セレナの力でも借りない限り無理である。

病室から先のアレスの足取りはさっぱりつかめなかった。転送魔法の痕跡も、見事に消えていてあとを追えない。

こうなると、ヒントはサーラが残した言葉しかない。

病室からすぐに書斎に移動する。

これだ、とバアルがのぞきこんだ棚の底をアイリーンものぞきこんだ。

「封印されてますわね。……サーラ様が?」

「だろうな。確かにこれは余でないと、手を出せぬだろうが……」

ロクサネが教えてくれた言葉どおりに、アレスの書斎の引き出しの二重底はすぐ見つかった。

とっくに調べられていた場所なのだが見落とされたのは、二重底に聖なる力で仕掛けがしてあったからだ。二重底をいくらあけても、また二重底の底が出てくるという一見してなんでもない幻術なのだが、おそろしく緻密なのでまず仕掛けが見破れない。底をあけたところで何もないなと思われて終わりである。

よしんば幻術を見破れたとして、底から先は神剣が封じられていたのと同じ神域だ。下手に手を出したら迷いこんで死ぬだろう。

だがバアルは二重底にためらいもなく手をつっこみ、難なく中にあるものを引っ張り出してきた。

さすが聖王様である。

「日記? ……アレスの字ではないな」

赤い表紙に縫製された金の文字をなで、バアルが日記を閉じている鍵を開こうとする。

途端にばちっと音が鳴った。弾き飛ばされたバアルの指にじんわり血がにじむ。

「バアル様」

「気にせずともよい。封印されている……というか、この本が呪具になっているのか? ひょっとして魔力ならばあけられるかもしれんが……」

「エルメイアに持って帰っていいのであれば、クロード様や魔道士にさぐらせますが」

「僕、手伝おうか?」

いきなり逆さまの格好で宙にルシェルが現れた。驚いたアイリーンはそのまま叫ぶ。

「お義父さま! まだこの世界に存在してましたの……!?」

「ぐっ……も、もうだいぶ君になれてきたからね! 傷ついたりしないよ!」

「……なんだこの男、人間――か? なぜ余の結界の中で魔力が使える」

怪訝にするバアルの目の前で、ルシェルはくるりと一回転して床に足をついた。

「そりゃあ僕、一応神に属してるからね」

「神だと」

「まあまあ、それよりこの日記だよ。……うん、駄目だね!」

ふわりと浮いた日記の表面をなぞっただけでルシェルが結論を出した。

呆れてアイリーンはルシェルから日記を取り上げる。

「神のくせに諦め早すぎません? でもバアル様でもルシェル様でもだめだなんて、これはいったい……」

どこから見ても、ただの古い日記だ。赤の表紙に金の刺繍で、鍵も特に変わったところがない。開けば、罫線の入ったページの隅に百合の紋章が出てきそうな――。

(!? 待ってこれ、4のセーブデータ画面に出てくるやつじゃない!?)

がばっと顔を近づけて、裏表紙も見てみる。そうすると、そこには見覚えのないものが出てきた。

白の糸で縫製された文字は――『私の願いを叶えるまで、この日記は開かない』。

「何? なんか見つけた?」

「ええ……ここ。見てください、文字が」

「願掛けか。やはりこの日記自体が呪具になっている。魔力だ聖なる力だ以前に、強烈な意思の力で鍵がかかっているのだ。……しかしここまで強力になるには、相当年月が必要なはずだぞ。それこそ何百年単位の」

バアルの分析に、アイリーンは頭を抱える。

「聖剣の乙女アメリア・ダルクの日記……な気がしますわ、たぶん……」

「なぜわかる」

セーブ画面にあったから、とは言えずに裏表紙に乱暴に糊でひっついていたメモを見せる。

「アレス様の字ですか?」

「ああ、このメモはそうだな。……『聖剣の乙女が偽物である証拠』? 中身もわからんのになぜ断言しているのだ、あやつは」

「ハウゼル女王国とやり取りしている間に何か耳にはさんで、弱みをにぎってやろうと盗っておいた――のではないのでしょうか」

アレスだとて、ハウゼル女王国を完全に信じていたわけではないだろう。互いに利用してやるというような感覚だったはずだ。いざというときの何かを持っていても不思議ではない。

神の娘であるサーラに封印させておいたのもそれなら頷ける。

「……。アレス様、サーラ様だけは本当に信じていたのですね」

「それは、そうだろう。でなければ余は譲らなかった」

「ロクサネ様がそこにいますわよ」

ばっとバアルが出入り口を見た。ふっとアイリーンは笑う。

「冗談です」

「おま……っ心臓が止まるかと思っただろうが!」

「うかつな発言をなさらないことですわ」

「……ふーん。聖剣の乙女の日記ねぇ」

ずっと黙っていたルシェルがそうつぶやいた。

はたとアイリーンは気づく。つまり、この男の妻の日記ではないか。

だがルシェルの横顔に浮かんだのは、ぞっとするほど冷たい顔だった。殺意に近いような。

「願掛けね。――一体何を願ったんだか」

「お、お義父さま?」

にこり、と笑い返された。その笑顔が怒っているときのクロードにそっくりだ。

「ちょっと用事ができたから出かけようかな。しばらくお父さんは留守にするってクロードに伝えておいてくれる?」

「留守って、どこに」

「クロードに無茶させるんじゃないよ。クロードの嫁だなんて言うならなおさらだ」

ふわりと宙に浮いたルシェルがアイリーンを見下ろして言う。

「あの子を運命から救う女じゃなきゃ、僕は認めない」

そのままふいっとルシェルは姿を消してしまった。聖王の結界の中で、だ。

「魔物でも人間でもないな。本当に神なのか?」

バアルが目を細めて尋ねる。アイリーンはため息まじりに頷いた。

「ええ。……聖剣で削り取った力を取り戻しつつあるのかもしれませんわ……窓枠のほこりを人差し指でとって嫌みを言う舅神のくせに」

「待て、それは本当に神か?」

「とりあえず一度、わたくしはエルメイアに戻ります。そちらはどうされますか。さすがに神の娘が行方不明となると、建国祭の訪問にもひびくのでは」

「ああ……そういう問題もあるか。だが取りやめにはならんだろう。行方不明になったのは部下で、聖王は健在なのだし」

「バアル様、アイリーン様」

出入り口から小さな声で呼ばれて、バアルと一緒に振り返る。そこには、深いローブで身を隠したロクサネがいた。

「お前、どうやって後宮から出てきた。供もなしに」

「聖竜妃にお願いしてこっそり連れてきていただきました。大丈夫です、誰にも見られておりません。早めにお知らせすべきだと思って」

バアルはしかめ面になっているが、正妃のお手本のようなロクサネがわざわざ出てきたということは、それなりの理由があるはずだ。

目が合うと、ロクサネがすぐに口を動かす。

「バアル様をハウゼル女王国に招待したいと、使者がきています」

「神の娘が消えてすぐとはな。なんとまあ、手際のいいことだ」

バアルは笑っているが、内心は複雑だろう。アイリーンも歯噛みしたくなる。

「バアル様のエルメイア訪問を阻止したいのかもしれません。今ならバアル様は既にエルメイア皇国に出発したとして、ごまかすこともできます。どうされますか」

建国祭の訪問は聖王夫妻で予定が組まれている。いざというときバアルと一緒に移動できるよう、ロクサネはここへきたらしい。

「いくらなんでも余を理由もなく呼びつけてはおるまい。何を餌にしている。サーラか」

ロクサネが眉をよせて、うつむき、小さく答えた。

「……アレス様が神の娘を連れて亡命してきたので、その件で、とのことです」

「やはりそれか。過去視や予知ができる女王がいるとはいえ、こうもあやしいのにぬけぬけと言ってくることに感服する」

「申し訳ありません……わたくしがきちんと、止めていれば」

眉をひそめたアイリーンが何か言うより先に、バアルがロクサネを抱き締めた。

「馬鹿を申すな。お前は聖王が最も寵愛する正妃だ。お前に何かあったら、余は今頃ハウゼルにのりこんでいるぞ。聖王と女王の戦争だ」

「そのようなことをなさってはいけません」

「なら、お前は無事でなければならぬ。余のためにだ。わかったな」

バアルの腕の中で逡巡しながらロクサネが小さく頷く。その光景に感動してしまった。

「あのいけてない聖王がよくここまで言えるように……!」

「おい、聞こえているぞ。……さて、実際どうしたものか。ものすごく罠だと思うのだが、無視するわけにも――」

「バアル様。指輪が光っております」

バアルがロクサネを腕に閉じこめたまま、左手を見る。また連絡らしい。ロクサネのときとは違う色で光っていた。違う人物からの連絡だろう。

「今度はエルメイアからか。今日は本当に忙しない」

「エルメイアにも連絡が取れるようにしてあるのですか?」

「ああ、呑み会で色々あってな」

呑み会というのはまさか、この間のか。確認する前にバアルが指輪に触れ、光が消える。

『アイリーン、ちょっといいか?』

指輪から飛び出てきたのはアイザックの声だった。

「何かあったの?」

『セドリック第二皇子とリリア・レインワーズが行方不明になった』

今すぐ戻ってこい。

返事を待たず、アイザックの声はそのまま途切れた。