軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

18

「お前だろう! 魔王が魔物にさらわれた際、魔物達の指揮を執っていたのは……!」

腕を組んでアイザックは数秒考えた。

単語から推察する。魔王が魔物にさらわれた。魔物達の指揮。

「――魔王様が記憶喪失のとき?」

「そう、それだ! そのときだ!」

「で、お前誰?」

「レスター・クレインだ! 本気で覚えてないのかお前!」

名前からなんとか思い出す。

あれだ、魔王様が記憶喪失でも魔物達に命令できるのかためすために、魔王様をわざと魔物に誘拐させた奴だ。たぶん。

「か、顔を合わせるのは初めてだからな。しかたないといえば、しかたないのだが……」

うちの人間は誰一人としてお前を覚えていないと思う、と言ったらうるさそうなので言わなかった。

「非常に不本意だが貴様に話がある」

「……はあ。なんで俺?」

「あのあと色々調べさせてもらった。魔王を追放し、追い詰める私の完璧な策を破ったのは誰かとな。お前が皇太子妃の片腕だろう」

「いや策なんかあったかあのへん? それに調べるの時間かかりすぎじゃねーか、何ヶ月たってんだよ魔王様の記憶喪失から。アシュメイルで魔竜まで片づけてるぞ」

「巧妙に自分の存在を隠しているくせに何を言うか!」

非常に有効な策だ、とレスターは眼鏡を持ち上げた。

「皇太子妃に策を授けているのがお前なら、お前を押さえねばならない。だが肝心のお前が誰がわからないのでは、手が打てない。まあ私にはその程度のことわかってしまうが」

「そーですか。じゃあ」

「手を組まないか」

足を止めた。アイザックの視線に、レスターが読めない笑みを浮かべる。

「お前、ハウゼル女王国をさぐっているだろう」

それはアシュメイルの一件があった直後から始めた作業だった。

かの国がこちらに何か含むところがあるのはあきらかだ。女王試験でどう転ぶかわからなくなってきたが、調べておいて損はないと思っている。

「時間を短縮させてやる。情報をやろう」

「まさか、グレイス・ダルクは現ハウゼル女王の娘とか? それなら別に」

「現ハウゼル女王の娘はリリア・レインワーズだ」

は、と思わずその顔を見た。もうレスターは笑っていなかった。

「リリアが聖剣の乙女と呼ばれるようになった頃から、私が独自に調べた。既に裏も取れている。証拠はないがな」

「裏は取れてるけど証拠がない? どういう意味だ」

「産婆から何から当時を知るものは先々月あたりから全員、行方不明か突然死に見舞われている。どう見ても口封じだ。レインワーズ男爵の娘である証拠だけしか残っていない」

「じゃあ女王の娘だって名乗っても無意味だな。リリアサマの監禁はとけねーぜ」

「とぼけているのか、お前。リリアが娘であれば、今、エルメイアにいるあの女は何者だ。本当に目的は女王の地位なのか? リリアではないのか」

替え玉の娘。どこかにありそうな話だが、それはないと頭がはじき出す。ハウゼル女王国の女王の子どもは庶子と同じだ。肝心の、入れ替わる利がない。

だがリリア・レインワーズには、見逃せない点がある。

「……聖剣の乙女? でも聖剣はアイリーンが持ってるだろ。入れ替わりも何も」

「だが、聖剣を作れるのはリリアだ。ハウゼルは過去、聖剣を模倣して神剣を作っている。それで満足しているならいいが、とてもそうは思えない。未だに何本も作り続けているんだ。それに、リリアを魔竜に始末させようとした」

そうだ、ハウゼル女王国はあのとき、アイリーンだけでなく、リリアも使者として指名した。

アイリーンを始末しようとしたということは、同時にリリアを始末しようとしたということでもある。

「……神剣が何本もあるなら、聖剣はいらねーだろ」

「私は逆に、だからこそ正真正銘の聖剣が欲しい――あるいは、邪魔なのだと思うがな。神剣が何百本あろうが、聖剣にはかなわないだろう。だとしたら、聖剣を作れるリリアと聖剣を持っている皇太子妃は邪魔だ」

筋は通っている。とてつもなく、嫌な方向に。

「しかも、ハウゼル女王国は神剣の一本もアシュメイルに貸し出さなかった。こちらが調べた範囲では、使い捨てとはいえ何千とあるらしいのにな」

「使い捨てなら未完成なんだろう。神剣は神の娘がいてこそ聖剣とやっと同等――」

その神の娘が今朝、行方不明になっている。

反則技で神剣を復活させたセレナも、姿が見えないとオーギュストが言っている。

息を呑んだ。

「それはありえる話だな。では、リリアがハウゼル女王陛下の娘であるというのを隠そうとしているのは、リリアをなんらかの理由で始末した場合、外聞が悪いからだ――というのは、私の考えすぎか……?」

「いや、お前が正しい。情報よこせ。手を組む。神の娘がいなくなった」

「なんだと!? なぜそれを早く言わな――!」

その胸ぐらをつかんで、顔を近づけた。今日は本当に男の胸ぐらをよくつかむ日だ。

「いいか、お前が馬鹿じゃないと信じて言うぞ。――魔王様の魔力が不調だ。今は聖王の力でおさえてるけどな」

「……皇太子が?」

「このままいけば、魔物になってもおかしくないそうだ」

ずっとルシェルはそう警告している。聖王だって呑み会で気をつけろと忠告した。

魔王様は魔王自身の誓約を課されていて、運命の相手とやらと結ばれなければ、本体にのっとられてしまうかもしれないのだと。

それが今になってつながる。

目の前の男も同じことに気づいたらしい。

「ではハウゼルの狙いは……まさか魔王を」

「神剣の権威づけだな。聖剣をこえるための」

「女王試験はあくまで巻きこまれただけ、エルメイアを救おうとしたというブラフか……だがどうやって魔王にする。その、聖王の力がある限りは押さえられるということでは」

「さあな。でも女王試験でこっちに乗りこんできたんだ。絶対に何かしかけてくる。いつかも予想がつく。建国祭だ」

聖剣の乙女の生誕日がある、建国祭。

聖剣の乙女の生誕日の前日に、魔王が復活したという説もあるくらいだ。お膳立てとしては最高の日程だろう。

レスターが苦々しく吐き捨てた。

「確かに、舞台としてはおあつらえ向きだ」

「お前、何がどこまで動かせる」

「三日あれば、セドリック派はまとめあげてみせよう」

即答したその目は真摯だった。信じるしかない。

「時間がそうあると思えない、急げ。俺はドートリシュ宰相にかけあう」

レスターは頷くと同時に、頭から木をはずして駆けていった。

嘆息ひとつで気持ちを切り替えたアイザックも足早に皇城へと向かう。まずはゼームスに連絡をとる、それからと頭の中で算段をつけながら、皇城をみあげた。

いつだって考えるのは、最善と最悪だ。

(最悪、どうする。魔王様がもし魔物になって、人間に戻らなかったら?)

「アイザック・ロンバール様」

今度は、鈴のような声が自分を呼び止めた。

木漏れ日の下に、知らない女がいる。だがそれが誰なのか、可能性だけでアイザックははじき出した。

黒髪、菫色の目、ハウゼル女王国の女王候補が着る制服――優雅に、その女が一礼する。

「初めまして。私、グレイス・ダルクと申します」

今日はやたらと知らない人間から話しかけられる日だ。

だが偶然はそうそう、転がっていない。その証左のように、グレイスが話しかけた理由を教えてくれた。

「セレナさんがぜひ、あなたに話をとおっしゃるものですから」

「……セレナ? 人違いじゃないか? 覚えがない」

レスターの指摘どおり、自分が表に立つのは得策ではない。なんなら自分の存在など知らないままでいられるほうが好都合だ。

オーギュストには悪いが、情報を引き出そうともせず、その横を通りすぎようとした。

「そうですか、レイチェル・ダニスさんのことでお話があったんですけれども」

――足を、止めてはいけなかった。

「レイチェルさんの弟さんは来年、ミーシャ学園に入学することが決まっているのだとか。皇太子妃の侍女になったレイチェルさんのことをとても誇らしげに語ってらっしゃいました」

視線を、動かしてもいけなかった。本当はきっと。

「でも私、知っているのです。彼女の運命はねじ曲げられたもの」

そうかもしれない。

もしあの時、アイリーンが男装なんて無茶な真似をしてあの学園に行かなければ、あの女は自分とも会わず、婚約者に殴られながら借金代わりに嫁いでいったのだろう。

「でも、まあ……許容範囲でしょう。それくらいなら、目をつぶれます」

まるで世界を管理する神か何かのように、少女は運命を語る。

アイザックは振り返る。

「――話って、なんだ?」

全部は守れない。ちっぽけな自分には、運命になんてとても抗えないのだ。