作品タイトル不明
17
古城はオベロン商会の隠れた本社でもある。
別に建物を構えているのだが、皆がなんとなく集まるのは古城の会議室なのだ。
「神の娘がさらわれた?」
そこへ一足早くきていたアイザックは、レイチェルからそう聞いて顔をしかめた。
「それで、アイリーンは?」
「バアル様とご一緒に転移魔法でアシュメイルへ。クロード様は皇城でお仕事をされてます」
「ひとりで行かせたのか? よく魔王様許したな、それ」
「建国祭のあとの一週間のためだと」
なんだそれと思ったが、深くつっこまないことにした。なんだかんだ、魔王様は聖王様を信頼しているのだろう。
それに神の娘の件は、あくまで他国の話だ。気になるところではあるが、次期皇帝が直々に首を突っこむことではない。まして建国祭を目の前にし、女王試験のごたごたをどうにかおさめたばかりだ。仕事は山積みだろう。
「じゃあこれ、建国祭で売る百合の飾りと、契約書。もう話は動いてるから」
「はい、わかりました。小さい……けど、綺麗な百合ですね」
クォーツが魔物達と苦心して育てた生花の百合は、非常に小さい。しかし、その分髪や帽子のアクセントにも、ドレスの胸や腰の飾りにもなる、つける場所を選ばない一品だ。
建国祭で百合をつけるのは、場合によっては『恋人募集中』という看板になる。それを嫌ってつけない女性も多いので、そこを狙った商品だ。他にも百合に色をつけることで、百合を身につけられない女性客もターゲットにした。『白ではない百合を身につけるのは、幸せな女性の証』として売りこみ、流行にしてしまうのが狙いだ。
最初は顔をしかめられてしまうだろうが、色のついた百合を皇太子妃にでも身につけさせれば一発である。なんなら第二皇子の婚約者様にもつけて欲しい。
「色は好きなのつけろっつっといて」
「わかりました。ドレスと合わせますね」
「あと皇城の勤め人分の百合は、今日の昼には納品されると思うから」
「えっ……こ、今年はオベロン商会が用意したんですか?」
皇城に勤める未婚の女性は、建国祭の間はずっと百合を身につけることが決まっている。建国祭初日に支給され、最終日である聖剣の乙女の生誕日に回収されるのだが、なくなっても紛失として目こぼしされる。
そしてどこが用意した百合を買うかは、毎年審査されて決まるのだ。
「言っとくけど談合はしてねーから。あとこれとデザイン違うし」
「そ、それは疑ってませんけど……そ、そうなんですか。今年は……」
妙にレイチェルが動揺しているので、つられて黙ってしまった。
(いやそもそも、贈るのに意味はないし。あ、いや今なんかはやってるって聞いたような、百合を先に女に渡して最終日に返してくれっていう自作自演、が――)
まさか変に誤解させたのかと、ちらとレイチェルの顔を盗み見てみる。
そこには、頬を少し赤らめて、でも嬉しそうにアイザックが渡した百合の飾りを見ている恋する乙女がいた。
「あ――じゃあ私、仕事に行きますね。それでは」
ぺこりと頭をさげてレイチェルが出て行く。
ぱたぱたと走って行く音がどこかはしゃいでいるように聞こえるのは、たぶん気のせいではない。扉まで開けっぱなしだ。
自分の右手首を握って、アイザックはしゃがみこんだ。
「――あっぶねぇえ……えらい俺、よく耐えた。よく手を出さなかった……」
一瞬、自分の体が動きかけたのに気づかれなかっただろうか。そのせいで逃げ出されたとしたら、ちょっとへこむ。
「いやない、気づかれてない。何も進展してない、よし解決!」
「え、それだめなんじゃないか?」
開けっぱなしの扉から聞こえた声に無言で立ちあがり、そのままオーギュストの胸ぐらをつかんだ。
「いつからいた……!?」
「ご、ごめ、大丈夫、何も見てない! レイチェルとすれ違って、アイザックがしゃがむとこからしか見てないし聞いてない!」
「よし、なら余計なことは言うな聞くな忘れろ。でないと全力でお前とセレナが結婚できないよう手を回すからな!」
ええ、と顔をしかめたオーギュストがようやく何か自覚したらしい――と、ゼームスから愚痴まじりに聞いている。そもそもこの男はあけすけで、態度がわかりやすい。
とはいえ、ご本人にはまだ何も言えていないようだが。
「で? なんでお前までこっちにいるんだよ、聖騎士団どうした」
手をはなして尋ねると、オーギュストが顔をしかめた。
「ああ、ちょっとゼームスに聞きたいことがあって……でもアイザックでもいいや」
「ゼームスにしろ」
「じゃあゼームスに伝えて欲しいんだけど。――あのさ、皇城で働いてる女の子ってやっぱり最終日、休みとかないかな」
「……。お前それ、いちいち調べるのストーカーっぽくない?」
つい本音をこぼすと、オーギュストがぎょっとした顔になった。
「えっそうなるのか!? 俺、ひょっとして気持ち悪い!?」
「いやそこまで言わねーけど、なんかこう、すごい狙ってる感じがする……」
「いやでもさ! アイザックだって気にしてるだろ!? 百合のイベント! いやつけてないならいいけど、皇城で働いてる女の子は全員つける決まりだって、だからその、どうするのか」
「本人に聞けばいいだろ」
「聞いたって答えてくれるわけないだろ!」
力一杯断言されて、少し可哀想になった。
「それに今日も全然つかまんないし……さけられてる気がする……気のせいかな……」
おそろしく落ち込んだ顔をされて、降参することにした。
「わかった俺が悪かった、さぐってやるから。でも今日は忙しいからまたあとでな」
「え、またなんかあったのか」
「それもあとからゼームスに聞いとけ。今んとこお前の出番ねーし」
わかったと素直に頷くオーギュストは、よくも悪くも自分の使われ方を自覚している。
「でもほんと、セレナ今日、見かけないんだよな。セドリック皇子の命令かな……マークスにも聞いてみる」
「……お前、何、仲良くなってんだよ。楽器だぞあれ」
「かったいなーとは思うけど、話すといい奴だったぞ」
恐ろしいまでの人なつっこさに呆れてしまった。
とりあえず口にしてすっきりしたのか、じゃあとオーギュストは職場に戻っていく。
(あいつ、好きな女おっかけてる場合なのか? まああの女、何するかわかんねーから見張りには丁度いいけど)
神の娘が行方不明になった。その状況でセレナが姿を見せないことに、何か感じないことはない。
偶然とはそう転がっていないのだ。だが起こっていることのすべてに疑惑を向けていたらきりがない。あの女が何をしていてもいいように、そう動くべきだ。
(だって全部は助けられないだろ。いつだって)
優先順位は大事だ。アイリーンがすべてを守ろうとするなら、なおさらだ。自分までそうなるわけにはいかない――。
「おい、アイザック・ロンバールだな」
魔王様の結界から一歩出たところで、名前を呼ばれた。だが姿が見当たらないうえに、声に聞き覚えがない。ぐるりと周囲を見回したアイザックはひとりごちる。
「気のせいか」
「こっちだ、私だ! アイザック・ロンバールだろう貴様!」
がさっと音がしたと思ったら第五層へ向かう道のしげみから、頭に木をくくりつけた眼鏡の青年が立ちあがった。両手に小枝まで持っている。
つまり――かかわらないほうがいい。
「あっちょ、待て、なぜ私が話しかけているのに無視をする!」
「人違いでーす」
「魔王の古城に平気で出入りしているくせに、人違いなどと苦しい言い訳だ! 魔王に見つからぬよう茂みに扮して待っていた私の立場はどうなる!」
「っつーか、お前、マジで誰?」
本気で尋ねると、まだ頭に木をくくりつけている変質者がよろめいた。
「お……覚えていないだと。貴様と華麗な頭脳戦を繰り広げた私を!」