作品タイトル不明
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古城での朝食の席につくなり、開口一番にクロードは言った。
「どうして僕達は結ばれないのか」
ナプキンを広げようとしていたアイリーンは、真剣な夫の眼差しに頬を引きつらせる。
「ク……クロード様。そういう話は朝からするものでは」
「なぜ寝入ってしまったんだ僕は……確かに眠かった。とても眠かった。だから寝た。それは人間として自然の摂理かもしれない、だがあんまりだ。ひどい。まさかこれが運命か。こんな運命、僕は認めない……」
「地震を止めてくださいませクロード様! 吹雪も駄目です、明後日からもう建国祭が始まりますのよ! 露店の準備も始まっています!」
建国祭は聖剣の乙女の生誕の祝いも兼ねたエルメイア皇国の一大行事だ。三日間露店が並び、他国からも賓客を招いて、大道芸から剣術大会まで様々な行事が行われる。
国民達にとっては稼ぎ時だ。それが次期皇帝の機嫌が悪くて駄目になったなど、洒落にならない。
「突発的な竜巻とかで道がふさがったりけが人が出たらどうするんです。女王試験も再検討すると返事がありました。どうにか落ち着いて建国祭ができそうなんですのよ。クロード様にとっても次期皇帝へ向けての大事な行事です! 成功させなければ」
「その建国祭の準備で、僕らは今日から寝る時間も惜しんで仕事をするわけだが、君は何とも思わないのか?」
「皇太子妃として立派につとめを果たしてみせますわ!」
「やっぱりそうくるのか……!」
燃えるアイリーンに、クロードががっくりと肩を落とした。
そのかたわらからキースが慰めるように紅茶にレモンと砂糖をいれる。ついでにクロードの好物であるスコーンに蜂蜜をたっぷりかける甘やかしっぷりだ。
だがまあ、雨も降っていないし気遣いは不要だろう。食後のデザートを食べてさっさと仕事に取りかからねばと思ってフォークを持つ。
今日はアイリーンのひそかな好物であるチェリーパイだと、うきうきしていたら皿をひょいとレイチェルに取り上げられた。
「アイリーン様、太ります」
出しておいて何をと思ったら、にっこり笑い返された。侍女から感じる無言の圧力に、アイリーンはごほんと咳払いをする。
「わ――わたくし、皇太子妃ですから」
「ああそうだな、知ってる……」
「ですから、その、一番大事なお役目は……け……建国祭が終わったあとで、ゆっくりできるときに、では、だめですの?」
言いながら途中で赤くなってきた顔を、思い切りそらす。クロードの顔は見えない――だが、一斉に花開いた花瓶を見て、機嫌が直ったのは確認できた。
「そうか――そうだな、ゆっくり、じっくりと」
「じっくりとは申しておりません!」
「決めた。建国祭が終わったら僕は一週間は部屋から出ない。キース」
「かしこまりました、クロード様。殺人スケジュールになりますがよろしいですね?」
「ああ、かまわない」
「アイリーン様。さすがですね、我が主をここまでやる気にさせるとは」
「ち、ちが」
「アイリーン様、お皿をおさげしますね」
「がっ――頑張りましょうねクロード様!」
退路を自ら絶ったアイリーンの前に、チェリーパイが戻ってきた。高い代償である。
だがクロードがやる気になってくれたのはいいことだ。これで天候だけは間違いない。
「とにかく明日から他国の賓客も到着されます。お迎えする準備を――」
「そうだぞ、余とか」
夫婦の朝食の語らいに突然割りこんできた声に、アイリーンはフォークを持って固まる。
対するクロードは舌打ちしただけだった。
「また出たな、聖王」
「化け物かなにかのように言うではないわ、魔王め。おい、余にも茶を出せ。食事はよい、すませてきている」
そう言って他国の王が椅子を持って朝食の席に着く。
呆れてアイリーンはクロードと同じく転移魔法を使いこなす聖王に尋ねた。
「何を抜き打ち訪問をしてらっしゃるのです、バアル様。あなたは明日、ロクサネ様と訪問されるはずでしょう」
「何、朝議でちょっとしたことを小耳に挟んでな。抜け出してきた」
「朝議を抜け出してきたのですか。ロクサネ様に怒られませんの」
「ばれなければよいのだ。――建国祭の最終日に、女性から百合をもらうイベントがあるというのはまことか」
きょとんとしたあとで、アイリーンは頷いた。
建国祭の最終日は、聖剣の乙女の生誕日と重なっている。そして聖剣の乙女の象徴花は百合だ。そのため城下町では百合の生花が配られ、女性が百合の髪飾りやペンダントを身につける。
「では、百合を手に入れた男性がその女性の意中の男性であるというのも、まことか」
「ええ。聖剣の乙女の象徴である百合を女性から男性にわたすことで、自分を守る役目をあなたにまかせます、つまりあなたの妻になりますという意味になります」
要は『普通の女の子に戻ります』というやつだ。聖剣の乙女は皇后になったので普通の女の子になったと言えるかは微妙だが、世界を救う女性よりはまあ普通だろう。
「つまり、それをロクサネからもらったら余がロクサネの意中の男性ということでよいな」
真剣に尋ねられて、呆れる。まさかそれを聞きたくて朝議を抜け出したのか。
「既婚の女性は百合を身につけません」
「なんだと!? じゃあ余はどうすればいいのだ!」
「どうもこうも、ロクサネ様はもうあなたの妻ではないですか」
「言うな、アイリーン。この男は必死で妻を口説いているんだ、哀れなことに」
「やかましいわ魔王! お前と余の状況は大して変わらんだろうが!」
「僕とアイリーンは愛し合っている」
睨みあう聖王と魔王の間でばちばち火花が飛んでいる。
魔力と聖力のぶつかり合いで本当に火花が飛んでくるので、迷惑なことこのうえない。
「余だって男らしく告白しておるわ! だが今ひとつ伝わっている感じがせぬ! あげく、最近は早く世継ぎを作れとロクサネ本人にせかされているのだ! 自分がだめならさっさと他にいけと……無理強いはよくないと、毎晩床を共にするだけで我慢している余は……余は……」
「まさか、一緒に寝ているだけなのか」
「しかたなかろう……ここで手を出したらもう、すべてを諦めねばならぬ……!」
「……その点についてだけは君を尊敬してもいい」
「わかるか。そうだろう、そうだろう……!」
そのうえすぐ意気投合したりするので、男同士はよくわからない。
「そういえば、お前のほうは、女王試験がどうこう聞いたが――お前、余がやった耳飾りが傷ついてるではないか」
我関せずでチェリーパイを味わっていたアイリーンは、バアルの言葉に顔をあげた。
クロードが言われて耳飾りに触れて、顔をしかめる。
「ああ。……君がきた苛立ちで魔力を使ったせいだな」
「お前な、聖王直々に力をこめてやったものだぞ。もう少し大切にせぬか。貸せ」
そう言われてクロードも静かに耳飾りを差し出し、バアルもそれを綺麗に修復して返すあたり、本当は仲がいいのだろう。
やれやれとアイリーンは嘆息して、バアルに質問する。
「それで、バアル様はこのまま滞在されますの? ロクサネ様はおひとりでこちらに?」
「朝議を抜け出したと言っているだろう。戻ってきちんと明日、出発する。どうせ転移魔法だがな。しかし正面から正式訪問しなければロクサネが怒る――」
バアルが、ふと自分の左手を見て青ざめる。
その薬指にはめられている金の指輪が、意味深に赤い光を放ち始めた。
「ばれた……だと……そんな、まだ聖竜妃と遊んでいる時間だろう……!」
「なんですの、それ」
「ロクサネとそろいの指輪だ。この耳飾りと一緒で聖石が埋められていて、何かあったとき余と連絡をとれるようにしているのだが……」
つまりロクサネに呼ばれているらしい。
指輪を見て固まっているバアルに、アイリーンは呆れて声をかけた。
「早く出たらどうですの。ロクサネ様からの連絡なんでしょう」
「だ……だが……今夜の余の寝床はどうなる!? まさか独り寝か! それともまた聖竜妃と寝るのか!?」
「知りませんわよ。とにかく出なさい、逃げたらますます失点を積みますわよ」
冷たく忠告すると、バアルが半分泣きそうな顔で指輪に触れた。
ごほんごほんと咳払いをして、まず言い訳を始める。
「あ、あー……ロクサネ。いいか、余は決してさぼっていたわけでは……なに?」
おそるおそる妻のご機嫌をうかがう夫の顔だったバアルの表情が一変した。
「サーラが連れて行かれた!? 馬鹿な、誰に!」
新しい紅茶を飲もうとしていたアイリーンは手を止めた。