軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

12

相当、クロードに負担をかけてしまっていたようだ。

上半身こそ起こしているが、寝室の灯りを落とす前に寝台でうとうとしている夫を見て、ひそかに反省する。

「クロード様。今日はもう休みましょう」

気合いを入れてもらったレイチェル達には悪いが、休むほうが先だ。

ふっとまぶたを開いたクロードが、かたわらのシーツを持ち上げる。

「おいで、アイリーン」

「い、いきますけれども。……寝るんですのよ?」

「君に話すことがある」

きょとんとしてから、アイリーンはクロードが示すままにシーツに身を滑りこませた。どこまで近づいていいかわからず肌が触れあう前に止まると、クロードがすかさず手を伸ばして抱き寄せてくれる。

「すまない。せっかく気合いを入れてきてくれたのに」

「なっなんの話かまったくわかりませんわ!」

「こんな可愛い妻がいるのに、どうして他の女に目移りするなんて不安になったのか」

聞き捨てならない言葉に、頭が冷えた。すりよるそぶりで、クロードの胸ぐらをつかむ。

「アイリーン、苦しい」

「気のせいですわ。で、いったいどこの女のお話ですの?」

「怒らなくていい、大丈夫だ。……あの父を名乗る男のせいで、少しな」

「ルシェル様ですか?」

胸ぐらをつかむ手をゆるめると、クロードがアイリーンの額に頬をよせた。

「ああ。魔王というのは――特に魔物としては、基本的に同一の存在なんだ。だからどうしたって、一番最初の魔王であるあの男の本体から影響を受ける」

「お義父さまがよくおっしゃってる本体というやつですか?」

「そうだ。魔力も、それと同時に記憶も、魔王はそこから受け継ぐから。――しきりにあの男は、妻の話をするだろう?」

「お義母さまですわね。……聖剣の乙女だったという……」

「確信はないが……たぶん、よくない死に方をした。人間に裏切られて死んだ、と思う」

そういう予感はしていた。でなければ、あの怒りが理解できない。だが疑問は残る。

「聖剣の乙女アメリアは皇妃になられたあと、お世継ぎにも恵まれて、幸せだったと記録されておりますわ。建国直後は災害に見舞われたり魔物の大きな襲撃で更地になったり、ハウゼル女王国の承認もなかなか得られず、苦労なさったでしょうし、その苦労がたたってか若くして亡くなっておられますが……」

だが、不幸せだったかと言われると違うだろう。

考えこむアイリーンの髪を指先にからめてクロードが遊ぶ。

「事実はわからない。問題は、あの男が――本体がそう思っていることだ。……そしてそのとき、未来に賭けようと願った」

「未来に……?」

「ああ。未来で妻の魂を持って生まれ変わった女性と結ばれると、本体が自分自身に誓った。それが誓約だ」

それは――まるで、4の女王ルートエンディングではないか。

女王ルートになった場合、ルシェルは魔王としてアメリアは女王として、それぞれ別れる道を選ぶ。いつか互いの責務から解放され、未来で結ばれることを誓って――そしてエンディングでは、平和を維持するため何度も転生を繰り返し女王になっているアメリアを、神から許され人間になったルシェルが迎えにきてくれるのだ。

(いつの時代かははっきり書かれてなかったけど……え、ちょっと待って。そのエンディング時期が今だとしたら?)

だが、現実として聖剣の乙女がエルメイア皇国を作っている。

つまり、アメリアは女王を選ばなかったはずだ。

そう考える一方で、ある疑問と推論が出てくる。

どうして聖剣の乙女の子孫である皇族に魔王が生まれたのか――それは、誓約が招いた結果ではないのか。

本来ならばリリアに斃され魔力も記憶を失って人間になっているクロードが、もしルシェルの記憶を取り戻したなら、女王エンディングを選んだアメリアを人間として迎えにいける。リリアの正規ルートはあくまでセドリックなのだから、4の女王エンディングと整合性はとれる。

女王エンディングを迎えたならルシェルは魔王の道を選んだのだから、人間ではなく魔王として復活している現状の答えにもなる。

「その未来で結ばれる約束にあやうくまきこまれそうになっていた」

考えこんでいたアイリーンは、クロードのその言葉に我に返った。

「――はい?」

「だから。僕は魔王だろう?」

「はい」

「本体部分ではあの男と同一の存在だ。だから」

「――まさか、自分のかわりにクロード様と、お義母さま代わりのどこかの女をくっつけようとでも!? それが運命の相手ということですか!?」

クロードが少し困った顔をした。それが答えだ。

「ふ、ふふふ……わたくしが気に入らないというのは、まさか、それが理由……」

肩をふるわせたアイリーンは、寝台から出ようとして、クロードに腰をつかまれた。

「どこへ行く」

「息の根を止めてまいります、聖剣で、確実に」

「だめだ、どうせ本体は魔界だ」

「では魔界まで行って滅ぼして参ります」

「どうやって行くんだ。それに本人に、その気はないと思う」

ずるずる腰を引っ張られてもとの場所に戻されてしまった。

背中越しに抱きこまれたアイリーンは、むっと下からクロードをにらむ。

「かばいますの? ……それともクロード様はその女性と出会いたかったのですか」

「僕が愛しているのは君だけだ。だから、すねないでくれ」

「すねてなどおりません! ただ、事実の確認を」

「君だけだ」

そう繰り返せばだまされると思ったら大間違いだ。

アイリーンはクロードの腕の中でくるりと体を反転させた。そして再度、胸ぐらをつかむ。

「で? どうして今までそれを黙ってましたの? ……いいえ返事を聞かずとも大体わかりますわ、お義母さま代わりだかなんだかわかりませんが、運命の女性に会ったんですのね?」

「アイリーン、苦しい」

「どうしてこう、こういうときの男性の行動パターンって同じなのかしら……!? それでなんですか、第二妃ですか、ではまずその女の名前と住所と生年月日と家族構成と」

「僕の妻は君だけだ」

「なんですって、無責任は許しませんわよクロード様!」

「どうしてそうなる。違う、本当に。――会ってみたら、なんでもなかった。そっくりなのは顔だけだった」

ぎりぎりクロードの首元を締め上げていた手をゆるめた。クロードがほっと両肩を落とす。

「警戒していたんだが。――散々、お前が結ばれるべきなのは聖剣の乙女だと、君じゃないと頭の中で繰り返されていたから、何も思わなくて気が抜けたくらいだ」

「――そう……なんですの?」

「ああ。だから、もう君を不安にさせることもないと思って、話した」

なんとなく釈然としない。黙っていられたことにも、いつの間にか解決したことにも、不満が残る。

それが顔に出ているのだろう。クロードが苦笑いを浮かべた。

「怒らないでくれ、アイリーン。黙っていて悪かった」

「少しも悪いと思っていらっしゃらないでしょう!」

「それは、君だって僕に同じことをするからな」

そう言われると言い返せない。だが許す気にもなれなくて黙っていると、

腰に腕を巻き付けたクロードと一緒に、無理矢理寝台に転がされた。

「ちょっと、クロード様!」

「口にしたら本当になってしまいそうで、嫌だったんだ。僕は君がいい」

そう言われると、怒りを持続しにくいではないか。シーツとクロードの間にはさまれたアイリーンの頬が、怒りではなく羞恥で上気する。

「君を泣かすことになったとしても、君を愛したままで泣かせたいんだ」

「それはどういうことですの!?」

「だから本当に、気が抜けた。……そのせいで、眠い……」

そのままクロードが沈黙した。え、とアイリーンはまばたく。

「ク、クロード様?」

「……」

「ちょ、まさか、眠っ……クロード様? クロード様」

下から揺り動かしてみたが、すうすうという寝息が聞こえてきた。しかも完全に体から力が抜けていて重い。まさかの寝付きのよさと爆睡だ。

はからずも初夜のときと立場が逆転した。アイリーンはまだ眠くないし、ちょっと、いやかなり気合いを入れて、期待もしていたのに。

だが、安心しきった夫の寝顔は眼福だ。起きる気配のない夫の下からどうにか抜け出て、しかたないと嘆息した。

色々言いたいことはあるが、本当にクロードの中では解決してしまったのだろう。

手入れなどしていないのにつやつやしたその頬を人差し指でついて、警告だけする。

「まだ許したわけではありませんからね。明日、きちんとその女の名前は聞きますから」

おそらく、グレイス・ダルクという女性の名前が挙がる気がした。だがそれはおかしい。

アメリアとグレイスは双子の姉妹なのだが、それは前世で言うところの二卵性双生児。ゲームでは髪の色も顔の造形も違った。過去がゲームどおりだったならば、アメリアもグレイスも違う顔をしているはずだ。

そしてクロードが言う運命の相手は、聖剣の乙女アメリア・ダルクの魂の持ち主。あくまで魂の持ち主なのだから、その容姿が変わることも名前が変わることだってあるだろう。

だが、その魂の持ち主が姉のグレイス・ダルクそっくりで、名前も同じだなんて、偶然だと流すにはあまりにできすぎている。

(悪役令嬢と聖剣の乙女の顔がラスボスの中でだけ一緒だとか? それっていったいどういう理由で……それとも過去はゲームと違ってそっくりな双子だった? だとしたら聖剣の乙女がいったいどっちだったのかもあやしい……)

けれども今は、夫の眠りを守るほうが先だ。

「……おやすみなさいませ」

そっとこめかみに口づけて、アイリーンも横になる。蝋燭がふっと消えた。