軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

11

王、という呼びかけに意識がふっと浮上した。

「王。起きる時間だ」

「……ベルゼビュートか」

ほっとしてクロードは体を起こす。背もたれになってくれていたフェンリルが気づいて体を起こした。足下でその子ども――リボンがふあっとあくびをする。一緒に寝ていたらしい。

目をこすると、懐中時計を持ったベルゼビュートが顔をしかめる。

「うなされていた。……もう少し寝たほうがいいのではないか、王」

「ああ……大丈夫だ。お前達の顔を見たら安心した」

すりよってきたリボンの頭をなで、まるで周囲を守るように居並んでいる魔物達に微笑みかける。

芝生に木陰を作っている木のひとつから、アーモンドが飛んできた。

「魔王様……オ疲レ、大丈夫?」

「魔力の不調のせいだろう。あと最近、あまりにひどかった……ろくに眠ってない……」

「王。――本当に、大丈夫なのか」

ベルゼビュートが芝生に膝をつく。

「父君の言うとおり一度、魔界に戻られるべきでは」

「大丈夫だ、ベル」

魔物に隠しごとはできない。わかっていて、クロードは言い聞かせる。

「魔界に戻るのは、人間に戻れなくなったときだ。そう決めている」

「……わかっている。だが……だが」

泣き出しそうなベルゼビュートの頭を抱き寄せる。

二度ほどその肩をたたくと、ベルゼビュートは唸るような声で言った。

「――アイリーンには言うべきだ、王」

「ベル。僕の命令がきけないのか?」

「そんなことはない。だが、聖王がこの間の呑み会とやらで、キースにもゼームスにも護衛共にもアイリーンの下僕共にもばらしてしまったんだ。……王はもう、運命の相手が誰か知っているのだろう?」

「やはり聖王は息の根を止めるべきだったな」

安易に不安などこぼしてしまうものではない。反省しよう。

「なのに自分だけそのことを知らないと知ったら……あの女は……」

ぶるっとベルゼビュートの身震いが伝わった。

「何をしでかすかわからないぞ、王……! 魔界を滅ぼしにくるかもしれない」

「……。変な信頼があるな、アイリーンは」

感心していると、他の魔物まで必死に言いつのり始めた。

「オ菓子、オ預ケサレル」

「家、作ッテモラエナイ……!」

「ハゲニサレルヤモシレヌ、王!」

「ああ――わかった、わかった。大丈夫だ。アイリーンには早いうちに僕から言う」

そう言うとほっとしたように魔物達が顔を見合わせた。心配していたらしい。

(とはいえ、言うとしてもどこから言えばいいか)

魔王である自分には、運命の相手がいる。それはアイリーンではない。彼女はかつての自分――ルシェルの妻だった人間と、同じ魂を持っていないから。

それだけの話なのだが、厄介な誓約のせいで気が重い。

そもそも誓約をたてたのは自分ではない。過去の魔王だ。だから会いたいとも思わない。さいわいにも、あの聖王様の耳飾りのおかげで魔力も安定し、本体からの干渉も激減した。

怒りは感じるが、かといって本体が求める魂を持つ女性に出会いでもしたら、何が起こるかわからない――そう考えて、ふと足を止めた。

人間の女がいる。

うしろからついてきていたベルゼビュートがはっと身構えた。

(僕の結界をすり抜けた)

前にも同じことがあった。

リリア・レインワーズ――異母弟の婚約者が結界をすり抜けてやってきたときだ。それと原因が同じならば、魔に対する抵抗力が強い聖なる力の持ち主だ。聖王などそのせいで好き勝手に古城に出入りしている。

嘆息すると、それが聞こえたのか、人間の女が振り向いた。

黒髪が、木陰に差しこんだ夕日の光のなかで、さらりと流れる。

どこかで見たような郷愁の光景――ぐわんと頭の中がまざった。

耳の中で声が響く。愛しい女の声が呼ぶ。

「すみません、迷いこんでしまって……!」

すまない。迷いこんでしまったようだ。

「あの、ここはどこでしょうか。あなたは?」

ここはどこだ? 君は?

「……僕、は」

誰だ。

「王!」

ベルゼビュートの呼びかけにはっと我に返った。それで自分がその女の頬に手を伸ばしかけていたことに気づく。

クロードが手を拳に変えた先で、少女が大きな菫色の瞳を見開いた。

「王……ひょっとして……クロード様ですか……?」

「――君は……ハウゼル女王国の、女王候補生だな」

「はい……! ああ、よかった……お会いできて。きっと、運命ですね」

運命。愛しい女との約束。

いつか未来で結ばれよう。そう賭けた。だから見つけろ、さがせ、彼女の魂を。

その誓約を果たすように、その左手がクロードの手に触れる。

その途端に――どくどくと脈打っていた心臓が、静まった。自分でも驚くほどに、冷めた。

「あ、申し遅れました。私――」

「……さわらないでくれないか」

この女ではない。

静かにクロードはその手から自分の手を取り戻す。

「あ……すみません、つい」

「女王試験のことは聞いている。だが、僕はアイリーン以外の女性を妻にしないし、愛妾をもらうつもりもない」

その返答に、少女が困ったように眉をひそめる。だが、心が痛むことはなかった。

「女王にもそのように伝えて、女王試験の内容を変えてもらうつもりだ」

「女王試験の内容を……ですか」

「前例のないことだとわかっている。だが君にとって悪い話でもないだろう。好きでもない男の妻をめざす必要はない」

「わかりました」

思ったよりあっさりと受け入れられてしまい、逆に困惑する。

「反対しないのか?」

「はい。私は、運命を信じてますので。それに、クロード様を困らせるのは本意ではありません。では今日は、これで失礼致しますね。――その、どちらへ行けば皇城につくかだけ、教えていただけますか?」

「アーモンド。案内を」

「ワカッタ!」

ばさっと翼を広げたアーモンドが空を飛ぶ。少女はぺこりと頭をさげて、そのあとを追おうとして、はっと振り返った。

「あの、自己紹介を忘れるところでした。私の名前は」

「知っている。グレイス・ダルクだろう」

それはきっと、彼女が言うところの運命の名前だ。

「あ、ご存じだったのですね。では――また」

また会えると信じて疑わない笑顔で、少女が頭をさげる。

その背中が去ったあとで、息を吐き出そうとして、くらりとめまいがした。よろめいた体をベルゼビュートが受け止めて叫ぶ。

「王! 王、大丈夫か!?」

「――気が抜けただけだ、ベル。そんなに騒がなくても大丈夫」

「だめだ! キースを呼べ、急げ!」

「きゅ、きゅーきゅきゅー!」

「ウォルト、カイル! 何ヲシテイル、コイ、オ助ケシロ!」

「エレファス! 返事、エレファス! スキスキダンス、サセル!」

「……だから大したことはないと言っているのに」

周囲の魔物まで騒ぎ出してしまい、クロードは嘆息する。これは有無を言わさぬ寝台直行コースだ。

(まあ、いいか。アイリーンもきているようだし)

魔物達が大声で人間に助けを呼ぶこの光景が、正しくなくても願った未来そのものだ。まるで夢のようだ――そう思うと、眠気まで出てきた。

あくびをかみ殺し、魔物達をなだめながら古城に入る。

耳元の飾りに、少しひびが入ったことには気づかなかった。