作品タイトル不明
10
「本当に、申し訳ありません……!」
応接間での謁見を許されるなり、直球でグレイスがそう頭をさげた。
ソファに腰かけていたアイリーンは、首をかしげた。
「なんのことでしょう?」
「女王候補生たちです。本当に、本当にご迷惑をおかけしました」
「気になさらないで。わたくしは試験に協力しただけですわ。――でも、最終試験に残った女王候補生が試験の規則違反とは、残念な結果ですわね」
空とぼけるアイリーンに、グレイスがますます縮こまる。
昨日、女王候補生達の大半が、規則違反で女王試験を失格となるニュースがエルメイア皇国から世界中へと発信された。
皇太子に対する不敬としてエルメイア皇国での罪状をいくら連ねても抗議は通りにくいが、試験の規則に抵触したなら話は別だ。
規則を徹底的に調べ上げたアイリーンは、クロードに群がる候補生達の行動を誘導した。
たとえば、女王試験において候補生同士のいざこざ、特に刃傷沙汰は禁止されている。だからクロードに襲いかかる際、少し候補生同士がぶつかった程度でも規則違反として各自の行動履歴を取った。もともと候補生はライバル同士だ。彼女はあなたに怪我を負わせて規則違反をしたでしょうと被害者に質問をすれば喜んで頷き、報告書に印を押してくれる。
その調子で証拠を積み重ね、規則違反をした候補生を名簿にしてハウゼル女王国とその他の国に送りつけた。
ハウゼル女王国の女王試験だからこそ他国からの圧力がある。逆に言えば、それだけ注目されている女王試験だ。
まさか規則違反をした候補生を女王にはできない。
ハウゼル女王国は驚くほど素早くその名簿にのった候補生達の失格を認め、エルメイア皇国から退去を決めた。
「残った女王候補生はグレイス様と数名。とはいえ、あなた以外は規則違反の疑惑で謹慎になったとか。――実質、残ったのはあなたひとりですわね」
グレイスはあのクロード争奪戦に一切参加しなかった。
他の女王候補生達が、クロードとの面会の手続きをしながらそれを放置してベッドに潜りこむ中、おとなしく順番を待っていたのだ。
つまり、何もしていないから、規則に違反しなかった。なんとも皮肉な結果だ。
「これはもう、あなたが次代の女王になったのと同じではないかしら?」
「いえ、そんな……まだ他の方も失格ではないですし……それに私はまだクロード様とお会いしたこともなくて」
クロードはこの応接間の向こうの寝室で休んでいるとは言わずに、アイリーンは笑顔で答えた。
「ここ最近の騒ぎで少々お疲れなの。建国祭も始まりますし……でも、そうですわね。建国祭が終わったあとにでもお茶会でも開いて――」
「あ、無理をなさらなくていいんです。きっとそのうち、会えます。私が女王になれるのなら、運命が導いてくれるはずなので……」
「う、運命」
ちょっと頬が引きつってしまったが、はいと頷くグレイスは本気だった。
「もちろん、何もせずに運命が味方してくれるとは思ってません。運命は簡単にねじれてしまいます。でも、あるべきことを曲げても、よりよい、正しい未来はこない……そういう事例を何度か見てきましたから」
「……。ハウゼル女王国らしい考え方ですわね」
ハウゼルの女王は、予知夢と過去視の力を代々受け継ぐ。そしてその力で何百年と女性だけで中立を維持してきた国だ。
ただ、予知夢といっても、膨大な道筋のひとつでしかないらしい。その中でよりよく、正しい未来を選ぶ。
その価値観が当然の国にいると、そういう考えになるのかもしれない。
「そうかもしれません。……私、体が弱くて、ハウゼル女王国から出るのは初めてで……」
そう言った途端、グレイスが咳き込んだ。
目配せすると、レイチェルがグレイスに膝掛けを差し出す。秋めいた今時期、夜は冷えこむことも増えてきた。
「すみません、子どもの頃から、季節の変わり目は弱くて」
「まだ夕方ですけれど、早く休まれたほうがよろしいわ」
アイリーンの勧めにグレイスがもう一度ありがとうございますと頭をさげて退室した。
やっと一息入れられると、アイリーンは椅子に深く腰かける。レイチェルがすっかりさめた紅茶を淹れ直してくれた。
(……本当、どこまで偶然なのかしら)
4の悪役令嬢であるグレイスも体が弱い設定だった。
女王試験は世界が注目するイベントだ。最終試験においては候補生の身上も公開される。そのため、グレイス・ダルクの身上の入手はそう苦労しなかった。
生まれも育ちもハウゼル女王国の十八歳。子どもの頃は虚弱でベッドから出られない体だったが、その分聖なる力が強く、候補生の中では最も女王に近い力を持つ。
そんな彼女の母親は、現ハウゼル女王。要は王女様だ。世襲制をとらないハウゼル女王国だが、聖なる力は血のつながりで継承されることが多く、女王の娘が女王になるというのも珍しいことではない。
(つまり、4の悪役令嬢とほぼ設定が同じだわ……聖剣の乙女になる双子の妹がいれば完璧)
性格もとてもよく似ている。
少し気弱で、優しく芯があって――完璧に裏表を使い分けられる人物。そしてヒロインであり、のちに双子の妹であると判明するアメリアを真綿で首を絞めるように追いつめていくのだ。
もちろん、現実にいるグレイスがそういう人物だとは言わない。だが、どうしても偶然と片付けるには重なりすぎている。
それこそ運命のように。
「運命、か……」
もしその正しい未来とやらがゲームのエンディングを示すのであれば、アイリーンとクロードが今こうしているのは、間違った未来だ。
(運命の、相手。クロード様の……)
馬鹿げていると思う一方で、クロードの顔が見たくなった。立ち上がり、寝室のほうを見ると、レイチェルが引きとめた。
「アイリーン様。クロード様は魔物達の顔を見たいと古城にお出かけになられました」
「あら、そうなの? じゃあ夕食はそっちのほうがいいかしら」
「そうですね。そのように手配します」
まだ女王試験は終わってないが、頭痛の種は減ったのだ。建国祭が本格的に始まる前、ゆっくりできる最後の日でもある。
つまり――。
「……今日は……古城で休んだほうがいいかしら?」
「そうですね。古城で雰囲気を変えるのは有効な手だと思います」
目を向けると、レイチェルとその背後の女官達が心得た顔で頷き返す。
「夜着はおまかせください」
今夜こそ、と気合いを入れた女主人と侍女達は互いに拳を握り合った。