作品タイトル不明
9
夫がもてるのはわかっていた。
あの顔だ。魔王でなければ、それはもう大変だっただろうと想像はつく。
だがこれは何か違う。
(あのゲーム、年齢指定は入ってなかったはずよね……!?)
移植されるハードによってCERO指定になったりはしたが、あくまで予防線で大人向けではなかった。
4は自分の出生の秘密と女王試験に挑む主人公の成長、魔王になる運命を背負ったヒーローとの切ない恋が描かれた、王道ストーリーである。
断じて、とりあえずヒーローの上にのってやることをやって攻略しろというような、肉食と化した少女達が襲いかかるハートフルラブストーリーではなかったはずだ。
「アイリーン様! クロード様の椅子の下に隠れていた候補生、確保しました!」
「着替えをなさる控え室も誰もおりません! タンスの中も大丈夫です!」
「ありがとう、でも油断しないで。彼女たちの中には聖石で転移が使える者もいるわ。魔力でしかけた罠も無効にして……!」
「アイリーン様! 大浴場からクロード様の悲鳴が!」
見渡しがいいからとカーテンをおろしただけの狭い浴槽より大浴場をすすめたのが、だめだったようだ。
「なんて油断も隙もないっ……クロード様は無事なの!?」
「カイル様とウォルト様が回収なさったようですが……!」
ずっと曇っている外では、雷が鳴り続けていた。きっと驚いたのだろう。すぐさま雨も降ってくる。嘆きの雨だ。
急ぎ足でクロードがいるという部屋へと向かう。
(クロード様、おかわいそうに……!)
ハウゼル女王国から女王候補生たちがやってきて三日。皇城はもはやクロードを狙う痴女達の戦場と化していた。
クロードが椅子に腰かければその足の間から女が現れ、着替えをしようものならお手伝いしますとタンスから出てくる。女官達にまざってクロードの入浴に紛れこむ者達も出てきたので、クロードの近辺から女性の使用人達をすべてはずした。そうしたら今度は男性に化けていかがわしいことをしかけてくる。
昼も夜も朝も追い回されることになったクロードは、もはや執務どころではない。謁見前に皇太子不在で押し通すという方針を立てたので、建国祭の準備も含めた執政はとどこおりなく動いているが、心配なのはクロード本人の精神状態である。
「クロード様! ご無事――そこの三人、クロード様から離れなさい!」
扉を開くなり目に飛びこんできた光景に、アイリーンは警告と同時に床を蹴った。
クロードを裸にひんむこうとバスローブをひっぱっていた三人が、アイリーンの蹴りをよけ、そのままさっと消える。逃げ足が速い。
捕まえて尋問しようにもいつもこうして逃げられて、うやむやになるのだ。
「なんてこしゃくな……っクロード様?」
部屋の隅にある、天井から床まである分厚いカーテンにクロードはくるまっていた。
三角座りでもしているのか、小さく縮こまって、出てこない。
「……。君は本当に、アイリーンか?」
その言葉に、胸がつまった。
「わたくしです、クロード様。出てきてくださいな。お顔を見せてください」
「……さっきそう言って、だまされた……」
「信じられないのであれば、そのままでわたくしは大丈夫です。ですが、お風呂上がりなのでしょう? 髪は乾かされたのですか?」
「……魔力で水気は飛ばした」
「着替えは? 風邪をひかれては大変です。キース様は?」
「……。物音がしたので様子を見てくるとキースが出て行った瞬間に、現れて」
ぼそぼそとカーテンの中から声が返ってくる。
「……さっきも、湯に浸かっていたら、突然五人くらい現れて、よってたかって僕を」
「クロード様……」
「もう……もう僕は……君以外の女性を世界から消したい……!」
ごごごごと音を立てて、城がゆれる。だが、もはや誰も騒がない。
クロードが集団で女王候補生たちに追い回され、精神的に弱っているということは、オベロン商会を通じて城下町まで広めさせた。おかげで荒れ続ける天候にも理解が得られている。
一部の貴族達は何か言いたげにしているが、女王試験という一大行事を前に尻込みしているので問題ない。
「落ち着いてください。わたくし以外にも優しい女性はいます。ほら、レイチェルが着替えを持ってきてくれました」
カーテンの前に膝をつき、レイチェルが持ってきてくれた着替え一式を、カーテンと床の間からそっと差し入れる。
心なしか弱々しく指の鳴る音が響き、もぞもぞとカーテンの中が動いて、かわりにバスローブが出てきた。
レイチェルにそれを回収してもらい、アイリーンはもう一度カーテンの中に呼びかける。
「クロード様、今日は古城のほうで休むのはどうでしょう。住み慣れた場所の方が落ち着くでしょう?」
「……。だめだ。あの女達は、魔物達も平気で人質にとってくる……」
こんなときでも魔物達を守ろうとする夫にきゅんとしてしまった。
「それに……こんな情けない姿を君に見られたくないんだ。しばらくここにいるから、出て行ってくれないか……」
「クロード様……そんな。わたくし今、ときめきまくってますのに……! 大丈夫です。わたくしが必ずお守り致しますわ!」
「えーでも実際、守れてないよね~?」
背後から突然声がわりこんできた。
「お義父さま……! 存在を忘れてましたわ」
「ひどっ! いやまあ、大変なのはわかるけどね……?」
カーテンにくるまって出てこない息子を見て思うことはあるらしい。いつもの調子でからんできたりせず、眉根をよせている。
「……クロード。そんなに運命の相手とは会いたくない?」
「……」
「さけていたら、ますます本体の怒りを買うよ。いっそのこと向き合ってみたら?」
カーテンの前に、しゃがみこんだルシェルがとんでもないことを提案した。
憤慨してアイリーンは仁王立ちする。
「わたくしの夫に浮気を勧めないでくださいませ!」
「魔物達が心配してるよ。ベルゼビュートも、アシュタルトもだ。お前だってわかっているんだろう。……人間の女に惚れこむもんじゃないよ。僕が言えた義理じゃないけど」
その声は、本物の父親のような慈しみと痛みに満ちていた。
「僕はお前に同じ想いをして欲しくないんだよ。このまま誓約を果たさないつもりなら、一緒に魔界に帰っ――ぐおっ!」
その背中目がけて垂直にそろえた指先を突き刺してやったのだが、食いこみはしても体を突き破ることはできなかった。
「何してるのかなアイリーン!?」
「実は聖剣が中途半端な原因がお義父さまの体の中にあったりしないかと思って」
「斬新な発想だね!? 背骨の隙間には入ったよ……!?」
「ところで先ほどのお話ですが、それはお義父さまの経験談であって、クロード様がこれから経験なさることではありませんわ」
アイリーンを見上げていたルシェルの目が眇められる。それを正面から見返した。
「わたくしはクロード様を守り抜いてみせます」
「……どうやって?」
「ねえちょっと、いるの?」
皇太子妃に向けたものとは思えない呼びかけが飛んできた。
うしろに控えていたレイチェルが真っ先に非難する。
「セレナ様、そういった態度はおやめくださいと」
「あ、そ。ならいらないのね? ハウゼル女王国の女王候補生どもの行動履歴」
レイチェルが諦めたように嘆息する。
アイリーンはゆっくりと微笑んだ。
「ありがとう、三日でまとめるなんてさすがね」
「どうも。特急料金加算するから」
「かまわないわ。クロード様の貞操がかかっているのだもの」
「それにしてもあんた、よく知ってたわね? 女王試験の試験規則なんて」
たとえ不敬罪で裁こうとしても他国の人間、ハウゼル女王国では無罪だ。それに、女王試験は他国を巻きこんでも有無を言わせないだけの強制力がある。今、クロードが追いかけ回されても文句を言えないように、ハウゼル女王国だけでなく他国からも無言の圧力があるのだ。
だが、女王試験そのものには規則がある。
ゲームでも抵触すれば一発でゲームオーバーになる条件として、いくつか強調されていた。
ゲームから何百年とたってはいるが、それらの規定が残っているだろうと踏んで調べたところ、アタリだった。
しかも何百年とたっているおかげで、規則はやたら細かくなっていた。そのせいで誰も隅から隅まで目を通していないらしい。
「じゃあ、穴を掘って突き落としましょうか」
「……アイリーン?」
ずっと聞き耳を立てていたのだろうクロードが、やっとカーテンの中から顔だけを出した。
少しやつれた気がする。アイリーンはできる限り優しく微笑んだ。
「少しお待ちくださいませ、クロード様。これで数は減らせます。――そして、お義父さま」
アイリーンはぱんと手を叩いて、レイチェルと優秀な女官達を呼ぶ。すでに取るべき作戦は決まっている。あとは実行するだけだ。
「いっそのこと、お義父さまが運命の相手をさがしてみてはいかがでしょう?」
「えっ? いや僕、今は魔王じゃないから誓約がないし、色々自分で縛りをかけてるからわかんないと思うんだけど……え、なに、なんなの」
髪の染料やら衣装やらを抱えた女官達に囲まれたルシェルが後退していくが、じりじりと距離は詰まっていく。
「ですが可愛いクロード様のためなら、喜んで犠牲になってくださいますわね?」
性格はまったく違うが、クロードそっくりの美貌と魔力。使わない手はない。魔力も必要ないため、聖なる力で見破る必要もない、優秀な身代わりだ。
――クロードに扮したルシェルが女王候補生たちから追い回されるのは、小一時間ほどあとからのことである。