作品タイトル不明
8
謁見の終わった玉座から控え室に入ったとたん、夫が宙に現れた。
「アイリーン。彼女たちを僕の愛妾にするなんて、本気なのか」
「クロード様」
「どうして――」
ぎゅっとその体に両腕をまわしてしがみつく。ぴたりとクロードが動きを止めた。
「わたくしだって、我慢しようと思っているのですわ! でも断れないでしょう!」
アイリーンの叫びに、クロードが真顔になった。
そっと優しくて大きな手が、結い上げたアイリーンの髪飾りを抜き、こぼれ落ちた髪をなでる。
「アイリーン……」
「しかもなんですの、人の夫を女王試験だとかそんな材料に使ってっ……クロード様の愛妾はわたくし直々に、もっと可愛い子たちを選ぶつもりだったのに!」
「……いや、アイリーン。僕はそもそも愛妾がいらないという話をしたい」
「でも我慢します! だってわたくし、クロード様の妻ですから!」
「僕がいらないと言っているんだと受け入れてもらえないだろうか?」
「運命の相手とやらがまざっていたとしてもぶちのめしてみせますわ!」
「毎回思うんだが、なぜ聞いてくれないんだ?」
「ですから誰が聞いても、完璧に角が立たない『お断りする理由』をさがさなければなりません。情報と時間が必要です。不意打ちをくらった分、急いで巻き返しますわよ」
ふっとクロードの体から力が抜けたのがわかった。
ゆるく背中にまわった両腕に、気持ちが伝わったことを感じる。
「……彼女たちを魔力で強制送還するのはだめか」
「全員、聖なる力の持ち主でしょう。きかない可能性が高いです。それに、他国の目もあります。ハウゼル女王国の女王試験に協力しない、これだけおいしい話を持ってきたのにそれを拒んだとなれば、いらぬ憶測を呼びます」
「やはり魔王だと警戒されるか。――僕は妻一筋なだけなのに」
「しばらくはクロード様は不在でごまかします。そう簡単にあなたをわたしません」
ぐっと両腕に力をこめると、頭のてっぺんに顎をのせたクロードが苦笑したのがわかった。
「そうか。僕をわたさないか」
「当然です。ハウゼルの女王なんて安い地位でクロード様を手に入れようだなんて、安売りにもほどがありますわ」
「他でもない君にだいぶ雑にたたき売りされてきた気もするんだが……」
「どこでそんな誤解をなさったの。わたくし、夫をたたき売りするほど心の広い女ではありません」
「――早く君を抱いておくべきだった」
「? 今、抱いておられ」
途中で意味に気づいたアイリーンは、ばっと両腕をほどいてクロードから距離をとろうとしたが、余計に抱きこまれた。
「だが、今からでも遅くないと思う」
「ひ、昼間からそういうことはおっしゃらないでくださいませ……皆が聞いています!」
「クロード様。アイリーン様のお着替えは寝室でなさいますか?」
助けをもとめてレイチェルを見たのに、笑顔でとんでもない質問を返された。見ればレイチェルのうしろの女官達まで、うんうん頷いたりガッツポーズを決めている。
今までこんなことはなかったのに愛妾なんてものが出てきたせいか、そういう方向に一致団結したらしい。
「それがいいな。僕が着替えさせよう」
「かしこまりました」
「レイチェル! クロード様!」
叫んでいる間に、軽々とクロードに横抱きにされてしまう。ざっと一糸乱れぬ動きで、女官達が控え室からの道をあけた。
扉の開閉を知らせる鈴がしゃんと音を立て、廊下へ続く扉が開き、伝令が走る。
「皇太子殿下・妃殿下のおなりです」
「お休みの時間でございます」
「寝室のご用意、整いましてございます」
なんだ、昼間からその手際の良さ。唖然とするアイリーンを差し置いて、壁際に居並んだ女官達がいっせいに頭をさげる。
「「「いってらっしゃいませ」」」
「どこへ!? クロード様、おろしてください! 今はそれどころではありません!」
「僕は今、この城にいないはずの皇太子だ。つまり寝室から出てこない生活をしても何も問題ない。そう考えると、押しかけ花嫁も悪くないな?」
「そんなことのためにクロード様を不在にしているわけではありません! それにわたくしは行かねばならないところがあるのです!」
「どこだ?」
沈黙した。それだけでクロードはさわやかな笑みを唇に浮かべる。
「また内緒か?」
こういうやり取りの結果、夫婦喧嘩を勃発させたことは記憶に新しい。
もごもごと言い訳のように口を動かす。
「な、内緒というわけではなく……聖剣のことで、その、リリア様に少々話を……」
「どんな話を?」
「……聖剣が中途半端だという点についての確認を……さきほどお父様が言っていたではないですか。聖なる力の強い女性しか魔王の子どもを身ごもれない、と」
アイリーンの聖剣はリリアから奪ったもので、聖なる力はいわゆる聖剣によってもたらされた後天的な力だ。しかも中途半端な聖剣と言われたら、不安になる。
「わたくし、クロード様の子どもを身ごもれないかもしれません……」
「心配しなくていい、アイリーン。それは、やることをやってから考えることだ」
その台詞と一緒に、寝室の扉が開いた。
優秀な女官達が日の光が差す寝室のカーテンをさっとひき、昼間の明るさを落としていく。
クロードも迷うことなく、一直線に寝台へと向かった。思わず叫ぶ。
「まさか本気ですか!? こんな昼間から!?」
「僕らの愛に昼も夜も朝も関係ない」
「節度! 節度をお願い致します!」
叫んでいる間にぽすんと寝台に落とされてしまった。
首元のタイを抜き取ったクロードが、燦々と光る太陽を遮る薄闇の中で真っ白な寝台のシーツをめくり、ゆっくりとささやく。
「節度? 君は魔王の妻だ。もっと淫らでいい」
「魔王の妻だからこそ節度を保ちたいので――」
指先にあたたかい何か当たった。ごそりとシーツの中がうごめく気配に、アイリーンもクロードも動きを止めて目を動かす。
そこには人間がいた。
「お待ちしておりましたわ、クロード様」
しなをつくり、シーツと同じ白いドレスを着た女が起き上がる。
「ベッドは既に温めておきました」
しかもひとりではない、ふたりだ。
見覚えはない。白いドレスから謁見の間に並んでいた女王候補たちの誰かだろうとだけわかった。
寝台のシーツからいそいそと抜け出たふたりは、早速とばかりに、それぞれ胸元を開いたり、腰帯を解いたりし出す。
「愛しております、クロード様」
「初めてお会いした気が致しませんわ。どうしましょう、この胸の高鳴り」
「一度だけでいいのです、どうかこの哀れな女にご慈悲を」
「この体の火照りはあなたでなくてはおさまりません」
片方はうるうると目をうるませて愛らしく、片方は恋の熱に浮かれた大人の女性のように、それぞれ距離を詰めてくる。
「「どうか、クロード様」」
狙いは明白だ。
固まっているクロードより先に正気を取り戻したアイリーンは叫ぶ。
「クロード様、お逃げくださいませ!」